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細胞のリン脂質が「動く遺伝子」の抑制に重要であることを発見~リン脂質と動く遺伝子トランスポゾンの予想外の関係~

掲載日:2020.03.05

本件のポイント

  • 過去の研究により,Pah1と呼ばれるタンパク質を欠損するとリン脂質の合成が増加することが報告されていた。しかし今回,過去報告とは異なりPah1が欠損するとリン脂質の合成が激減することを見出した。
  • 過去の研究と結果が異なる原因を追求したところ,Pah1が欠損した細胞では,レトロトランスポゾンと呼ばれるゲノムDNA上を動く遺伝子が活性化し,INO4遺伝子に転移することを発見した。このレトロトランスポゾンの転移により,リン脂質合成に必須の因子であるINO4遺伝子が機能できなくなり, Pah1が欠損した一部の細胞ではリン脂質合成が顕著に減少することがわかった。
  • この研究成果により,動く遺伝子トランスポゾンが関連する生物の進化の研究や,疾患の病態解明に役立つことが期待される。

概要

私たちの体を構成する細胞はリン脂質を主成分とする「脂質膜」で形成されています。しかし脂質膜の主成分であるリン脂質がどのように合成されているのかについては,不明な点が多く残されています。山形大学の田村康教授(分子細胞生物学)の研究グループは,独自に開発した実験手法により,Pah1と呼ばれるタンパク質の欠損がリン脂質合成の合成を著しく低下させることを見出しました。しかし驚いたことに,過去の研究ではPah1が欠損した細胞ではむしろリン脂質の合成が増加するという真逆の結果が報告されていました。そこで過去の研究と結果が食い違う原因を追求したところ,Pah1が欠損した細胞ではレトロトランスポゾンと呼ばれる「動く遺伝子」が抑制されにくくなり,リン脂質合成に関与するINO4と呼ばれる遺伝子上に転移することで,リン脂質合成が減少したことがわかりました。この研究成果は,一見関連性のない細胞内のリン脂質代謝とトランスポゾン遺伝子の活性制御の関係を明らかにした意外性の大きい発見です。予想外の発見を導く基礎研究の重要性をよく表した研究成果であるとも言えます。トランスポゾンは遺伝子の突然変異の一因となりうることから,生物の進化に重要な役割を果たすことが知られる一方で,その過剰な活性化は癌などの病気の原因となることも知られています。本研究成果が今後,トランスポゾンが関連する疾患や生物の進化の研究に役立つことが期待されます。本研究の成果は2020年2月10日(現地時間)付の米国科学誌FASEB Journalにオンライン掲載されました。

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【背景】
私たちの体を構成する細胞や,細胞内に発達した,核,ミトコンドリア,小胞体といったオルガネラ(※3)は,すべて脂質膜(脂質二重層:図1)で構成されています。細胞やオルガネラがその特徴的な構造や機能を維持するためには,個々の脂質膜が,適切な脂質組成を保たなければなりません。しかし,脂質膜の主成分であるリン脂質の合成と,その後の様々な脂質膜への分配が,どのようなメカニズムで行われているかについては不明な点が多く残されています。

【研究手法・研究成果】
田村教授らの研究グループでは,細胞内のリン脂質合成輸送反応のメカニズムを解明するために,細胞から取り出したミトコンドリアと小胞体膜を用いて,試験管の中でリン脂質の合成と輸送反応を評価できる実験手法を独自に開発していました(Kojima et al., Sci. Rep. 2016, 図2)。研究グループはこの独自の実験手法を駆使することで,リン脂質合成輸送に関与する新規因子の探索を行いました。具体的には,これまでの研究からリン脂質合成や輸送への関与が疑われる(しかし実験的に確かめられていない)タンパク質を約100種類選抜し,これらのタンパク質が欠損した脂質膜を用い,リン脂質の合成と輸送を測定しました。その結果,Pah1が欠損した脂質膜では,顕著にリン脂質合成が低下することを見出しました(図2)。しかしこの結果は,過去の研究から考えるとつじつまの合わない,意外なものでした。

Pah1はリン脂質の一種であるホスファチジン酸(PA)を脱リン酸化し,ジアシルグリセロール(DAG)に変換するタンパク質です(図3)。すなわちPah1が欠損した細胞ではPA→DAGの変換が起こらなくなり,細胞内にPAが蓄積します。PAは、リン脂質合成酵素遺伝子の転写(リン脂質合成酵素を作る働き)を抑制する因子Opi1と結合する性質があるため,Opi1はPAが豊富に存在する小胞体,核膜上に結合したまま,核内に移行できなくなります。その結果,リン脂質合成酵素遺伝子の転写が活性化し,リン脂質の合成も増加すると過去の研究では報告されていました。

しかし今回の実験結果では,Pah1の欠損により,PAが蓄積し,Opi1が核内に移行できなくなっていたにもかかわらず,リン脂質合成酵素遺伝子の転写が活性化されず,リン脂質の合成は減少していました。その理由を調べるため,Pah1を欠損した細胞に,正常なPah1遺伝子を戻したところ,リン脂質合成酵素遺伝子の転写は回復しませんでした。この結果はPah1以外の遺伝子に異常が生じていることを示します。そこで,どの遺伝子に異常が生じているかを調べたところ,Pah1が欠損した細胞ではレトロトランスポゾンと呼ばれる「動く遺伝子」が抑制されにくくなり,リン脂質合成に関与するINO4遺伝子が,このレトロトランスポゾンにより破壊され,リン脂質合成が減少したことがわかりました。(図4)。さらに解析を進めたところ,Pah1の欠損に加えて、細胞に飢餓ストレスなどがかかると,レトロトランスポゾンがINO4遺伝子に転移することがわかりました。これらの結果は,正常なリン脂質代謝がレトロトランスポゾンの活性化を抑制するために重要な役割を果たすことを示唆します。

【今後の展望】
私たち生物の設計図であるゲノムDNAには,動く遺伝子トランスポゾンが非常に多く含まれており,ヒトのゲノムDNAの40-50%を占めると言われています。トランスポゾン遺伝子は生物の進化に重要な役割を果たす一方で,その過剰な活性化は,不必要な遺伝子の突然変異を引き起こしてしまう諸刃の剣です。そのため,通常はトランスポゾンの転移活性は低く抑えられています。しかし細胞からPah1が欠損してしまうと,細胞にストレスがかかった際の,レトロトランスポゾン遺伝子の活性化を抑制することができなくなり,その結果INO4遺伝子への挿入変異を引き起こしてしまうものと考えられます。

本研究では,細胞内のリン脂質合成機構の研究の過程で見出した予想外の結果から,レトロトランスポゾン遺伝子の活性制御メカニズムの一端を明らかにすることに成功しました。今後,トランスポゾンが関連する生物の進化の研究や,疾患の病態解明に役立つことが期待されます。

掲載雑誌】
雑誌名: FASEB Journal 著者: 工藤真之介1, 椎野浩也1,古田詩唯奈1,2, 田村康1. 題名: Yeast transformation stress, together with loss of Pah1, phosphatidic acid phosphatase, leads to Ty1 retrotransposon insertion into the INO4 gene 所属: 1. 山形大学理学部 2.(現所属)大阪大学大学院

【助成】
本研究は,AMED-Prime革新的先端研究開発支援事業 「画期的医薬品等の創出をめざす脂質の生理活性と機能の解明」(JP19gm5910026 研究代表:田村康), JSPS科研費 新学術領域研究「細胞機能を司るオルガネラ・ゾーンの解読」(17H06414 研究代表:清水重臣 教授(東京医科歯科大学 難治疾患研究所 病態細胞生物学))および若手A「リン脂質輸送から理解するオルガネラ恒常性維持機構」,基盤B「オルガネラ間の安定な結合を仲介する因子の網羅的同定と機能解析」(15H05595 , 19H03174代表・田村康)の一環として行われました。

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