つなぐちから #01
寒河江康太×佐藤好明×千葉綺花
それはタニシから始まった!
「耕作放棄地復活プロジェクト」
2022.09.15
つなぐちから #01
寒河江康太×佐藤好明×千葉綺花
2022.09.15
鶴岡市中山地区、50年以上放置されて雑木林と化していた休耕田が、今年、水田として復活し、秋には黄金色の収穫期を迎える。それは、山形大学農学部の准教授、学生、留学生等が地元農家の全面的な協力を得て取り組んでいる「耕作放棄地復活プロジェクト」。水田をめぐる生態系を復活させたい、地域の過疎化に歯止めをかけたい、さまざまな思いでこのプロジェクトに参加し、重要な役割を担う3人が、プロジェクト発足の経緯や狙い、今後の展開について和やかに語り合った。
千葉 私は、この4月に佐藤智先生の応用生態学研究室(アグリサイエンスコース)に配属になったばかりで、この中山地区にお邪魔するのもまだ数えるほど。「耕作放棄地復活プロジェクト」の代表にはなっていますが、本格的な活動はこれからなので、佐藤さん、そして寒河江先輩、いろいろ教えてください。まずは、このプロジェクトはどんなきっかけでスタートしたんでしょうか。
佐藤 私が農学部の佐藤先生と出会ったのは、タニシがきっかけでした。先生は、タニシと稲作の関係に注目し、特に希少なマルタニシの研究をしていて、鶴岡中の田んぼを探し歩いていたらしいです。そのマルタニシが私の田んぼの水路で見つかったというので、いろいろ話をするようになりました。私も生き物が好きなものですから。佐藤先生がタニシやミズアブを生かした稲作をやってみたいというので、じゃ、私の田んぼでやってみようとなったわけです。
寒河江 以前は水田などでよく見られたタニシですが、圃場整備や農薬などの影響で急速に減少してしまったんです。特に、マルタニシは準絶滅危惧種で、山間部で発生するケースはほぼゼロです。それがこの山間部の中山地区で見つかったのには驚きでした。それに加えて、佐藤さんが研究にとても協力的なので私も先生も頻繁に通うようになりました。
佐藤 この辺は戦後の区画整理の対象にならなかったことが幸いしたんでしょう。タニシがいる水田ではいい米ができるというので、去年は、私の田んぼにタニシを放し、「タニシ米プロジェクト」をスタートさせました。その延長上で「耕作放棄地復活プロジェクト」へと発展したわけです。
千葉 50年以上前、その耕作放棄地はどんな田んぼだったんですか。
佐藤 私の親戚の田んぼで、今は私が管理を任されています。私が子供だった頃の記憶では、沢から水が直接水路に入ってくる、きれいな水に恵まれたいい田んぼでした。それが、土砂崩れで水路が塞がれてしまって復旧できずに、休耕田になってしまったと聞いています。
寒河江 木や雑草がうっそうと生い茂っていて、ここがかつて田んぼだったとは思えないような状態でしたよね。去年の秋、約3カ月かけて草を刈ったり、木を伐採したり、大変な重労働でした。
佐藤 なるべく自然を壊さないようにと、極力、重機は使わずに手作業でやったからね。学生さんたちが本当に頑張ってくれました。
寒河江 カメルーンからの留学生で、とても体格の良いヤツがいて強力な戦力になってくれました。
佐藤 そうだったね。焚き火の炎を灯りに、3人で夜中まで作業したこともあったな。水路も復活させてくれて。最後の最後だけは、トラクターを入れて木の根っこを掘り起こして、ようやく土を耕すことができたんだよね。そして、冬季湛水(たんすい)と言って冬季間に田んぼに水を張った状態で冬を越して生き物を復活させる方法をやってみたんだよね。
寒河江 4月にみんなで田植えをして、佐藤さんの下の方の田んぼで増やしたマルタニシを入れて、有機米デザインさんの除草ロボット「アイガモロボ」にも協力してもらって。アイガモロボが水田内を自動で動いてスクリューで水を濁らせて光を遮断することで雑草の成長を抑えてくれるんだ。除草剤を使わずに雑草が生えにくくしてくれる、有機栽培の心強い助っ人でしたね。冬季湛水と無農薬除草にこだわったおかげでヤマアカガエルやクロサンショウウオなどの希少生物たちの産卵も確認できた。夏にはトンボが大量発生して、地元紙で話題になったくらいです。これからも、無農薬栽培を行うなど、生物多様性をさらに高める取り組みを継続していくことになると思います。
千葉 寒河江さんの研究テーマは生物多様性ですよね。どうして休耕田の木の伐採や草刈り、田植えまでやっているんですか。
寒河江 水田の生物多様性を高めるには田んぼを昔のような状態に戻す必要があるからだよ。昔、田んぼにタニシがゴロゴロいた頃は、タニシのフンが肥料になって稲作にもいい影響があったし、田んぼの周りにはいろんな生き物がいて食物連鎖が成立していた。生物多様性を高めるためには、昔ながらの稲作が有効だということをデータで示したいと考えていたんだ。実際、復活田で調査したところ、水田害虫のウンカ類の天敵であるクモ類が増え、アマガエルやクロサンショウウオ、アカハライモリなど、生き物の数も、近隣の田んぼと比較しても圧倒的に多いことがわかった。それに、様々な生き物たちの力を借りて、美味しいタニシ米ができてそれを高く販売することができれば、この地区の農家さんに還元もできて、いいことの連鎖も起きるというわけだ。それに何より、佐藤さんが美味しいものを食べさせてくれたり、泊めてくれたり、本当に良くしてくれるので居心地が良くてね。
佐藤 もう、寒河江君のことは自分の子どものような気持ちでいるんだわ。うちの農作業もいっぱい手伝ってもらっているしね。
寒河江 佐藤さんは他人を本当に快く受け入れてくれる人なんです。去年の秋、稲刈りの頃には毎日のように通わせてもらって、いろいろ学ばせてもらいました。研究対象は生物でも田んぼのことをちゃんと知らないとダメなので、佐藤さんとの出会いは自分の中ですごく大きかったです。ところで、千葉さんはどうしてこの研究室を希望したの。
千葉 実は私、虫が苦手で、それを克服したかったのと、佐藤先生の研究室には留学生が多くてコミュニケーションは英語、いろいろ刺激的で面白い研究室だと思ったからです。まだ数カ月ですが、虫が少し可愛く見えてきました。佐藤さんとお会いするのもまだ2回目なんですが、前にお会いした時に佐藤さんご夫妻が、私たちに差し入れをしてくれて、その時に、豚肉が食べられないムスリムのインドネシア人留学生のために、別の食べ物も用意してくれていたので、すごいな、インターナショナルだなって思ってとても印象に残っています。
佐藤 留学生や学生さんを受け入れることに慣れているというか、抵抗がないというか、私自身も世界中いろんなところに行った経験もあるし、北海道とカナダにいる親戚がいろんな人と当たり前に交流したり、面倒みたりしていたので、そんな環境が身近にあったからじゃないのかなあ。
千葉 これから本格的にプロジェクトに参加する私としてもとても楽しみになってきました。これから私にもいろいろ教えてください。
佐藤 もちろん、いいですよ。去年、私の親父は留学生に刈り取った稲を天日で乾燥させるために杭に稲を掛ける「はさがけ」のやり方を教えて、それがとても楽しかったみたいで、今年も教えるんだとはりきっていますよ。やっぱり、天日で干した「はさがけ米」は美味しいからね。復活田もこの方法でやることにしています。復活田は、一番高い所の田んぼなので、沢と直結していて一番番いい水が入ってくるんですよ。さらに美味しい米ができると思いますよ。
千葉 収量という面ではどうなんですか。佐藤先生は約20アールだから10俵ぐらいかなあとおっしゃっていましたが。
佐藤 それぐらいでしょうね。平野部に比べたら労力は倍以上で収量は約半分。
寒河江 量は取れないけど、明らかに美味しいですよ。持続可能な農業、環境保全といった観点でも、理想的な米づくりだと私は思っています。
寒河江 復活田の米の品種は、山形を代表する「はえぬき」。無肥料・無農薬の自然栽培、様々な生き物の力を借りて実った安心安全で環境にやさしい付加価値の高いお米としてSNSを活用して販売する予定です。
千葉 ぜったい美味しいですよね。今から食べるのが楽しみです。佐藤さんの取り組みを見て、近所の農家の方たちの反応はどうですか。
佐藤 こういった取り組みが広がっていくとすれば、これからでしょうね。なんと言っても、この辺の住民の約8割が高齢者ですから。60歳の私が若手で、この地域の田んぼの約半分を任されているんです。遊んでいる畑が1㌶ほどあるから、田んぼだけじゃなくて、野菜や果樹もやってみようと思っています。それから、鶏を飼って、佐藤先生が研究しているミズアブを飼料にして増やそうかと準備を進めています。
寒河江 佐藤先生は、ミズアブを使った研究もはじめていて、ミズアブは食品廃棄物を食べてくれて、ニワトリの餌としてもいいらしいですから、この地域で循環型農業を回していこうという試みですね。肥料や飼料も高騰しているので、そういった面でも、将来的に役に立てるのではないでしょうか。
佐藤 今後、このプロジェクトに期待することは、皆さんのような若い人たちがどんどん入ってきてくれて、地域に活気をもたらしてくれること。こうして大学生と一緒に取り組んでいることで私自身も若返っているような気がします。とにかく過疎化が深刻な地域ですから、移住してきてくれたら一番うれしいけど、まずは、いろんな人に気軽に来てみてもらえるといいかな。ここは山だけど、少し行けば三瀬の海、山あり海ありで、いろいろ楽しめるんだから。
寒河江 私が取り組んでいる水田の生物の研究は、巡り巡って過疎化対策にもつながるかもしれないということですね。
佐藤 その通り。
千葉 その可能性を高めるためにもこのプロジェクトのメンバーがもっと増えてくれるといいですよね。そのために、昔ながらの稲作や昭和の田園風景、水田の生物たちに興味のある人たちが、学部とか大学とかの枠を超えて、誰でも気軽に参加できるようにサークルという形をとっているんです。佐藤さん、寒河江先輩が卒業したあとは、復活田の管理を私が引き継がせてもらってもいいでしょうか。
佐藤 是非是非、逆にやってくれる人がいないと困りますよ。
千葉 寒河江さんのようにはいきませんが、私も頑張って通います。
寒河江 私も就職先は庄内だから、なんかあればアドバイスするよ。
千葉 本当ですか。ありがとうございます。とても心強いです。秋に復活田でお米が実ったら、収穫祭とか人を集められるイベントをやりたいですね。
佐藤 前は、餅つきとか、芋掘りとか、いろいろやっていたんだけどね。コロナでいろんな行事が軒並み中止。早く収まってくれるといいね。
千葉 そうですね。アフターコロナは、お楽しみがいっぱいですね。お二人とも、これからもよろしくお願いします。
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さとうよしあき●鶴岡市中山地区で100年以上続く旧家で農業・林業を営む。生き物好きで農学部応用動物学研究室の佐藤智准教授と意気投合。「耕作放棄地復活プロジェクト」の中心人物の一人。世界各国を旅した経験も豊富で研究室の外国人留学生とも積極的に交流する国際派。
さがえこうた●山形大学農学研究科修士課程2年。山形県出身。応用生態学研究室で水田の生き物たちを調査・研究。「耕作放棄地復活プロジェクト」の前代表として雑木林となっていた休耕田の伐採や草刈りに尽力。修了後は地元に就職し、プロジェクトを近くで見守ることに。
ちばあやか●山形大学農学部アグリサイエンスコース3年。岩手県出身。2022年4月より応用生態学研究室に配属。留学生との英語でのコミュニケーションに奮闘中。「耕作放棄地復活プロジェクト」の新代表として、今後はより頻繁に中山地区を訪れようと決めている。
※内容や所属等は2022年8月当時のものです。