つなぐちから #08

宮田剣×高橋政幸×近江秀雄×三浦龍一

産学官連携
「地元企業と大学生が
お互いを視る・聴く・知る」

2023.01.31

産学官連携「地元企業と大学生がお互いを視る・聴く・知る」

山形県内にはたくさんのモノづくり企業が存在する。県の北東部に位置する尾花沢市及び新庄市にも優れた技術を誇るさまざまなモノづくり企業があり、大手メーカーや海外企業を取引先に持つ企業も少なくない。それらの企業や尾花沢市及び新庄市の魅力を工学系の学生に知ってもらおうと、山形大学と尾花沢市及び新庄市が連携し、この地域の中核企業を視察するツアーを実施している。本事業を牽引する工学部の宮田剣准教授、最上総合支庁に常駐する産学連携研究員の高橋政幸さん、尾花沢市企業振興室の近江秀雄さん、三浦龍一さんがこの取り組みの狙いや成果、今後の課題などについて和やかに語り合った。

地域と企業を知り
学生が将来を考えるきっかけに

――本事業がスタートした経緯とその内容を教えてください。
宮田 私は工学部のシステム創成工学科で1年生を担当しており、基本的な勉強に加えて地域や自分の将来に目を向ける教育を授業の一環として実施しています。その一つがこの連携事業で、尾花沢市、新庄市の企業さんに協力いただき、地域企業の視察を通して自分の将来を考えるきっかけにしてもらおうという狙いがあります。産学連携研究員の高橋さんが新庄市で始めたこの取り組みに私は3年前から関わらせてもらっています。
高橋 新庄市では5年前からこの事業を展開しており、それを知った尾花沢市さんが一緒にやりたいと手を挙げてくれたわけです。同じ県北で雪が深く、地域性も似ているということもあって4年前から合流しています。
宮田 システム創成工学科の1年生は50人ほどいるので、尾花沢市25名、新庄市25名に分かれて、尾花沢市と新庄市で9月22日に企業見学ツアーを実施しました。
近江 我々尾花沢市は、新庄市や村山市と気候条件や地域性が似ていることもあって行政も含めて地域間交流、情報交換を盛んに行っています。
高橋 新庄にも尾花沢にも世界と渡り合えるような企業があるので、学生さんたちが見て学べることも多いと思います。企業側も大卒者を採用したい、企業のことをもっと知ってほしいという思いは強いです。
近江 そのためにも山形大学の技術系である工学部の学生さんたちに企業見学してもらうのはとても有効な事業と言えます。尾花沢には特徴ある中核企業が5社ほどあって、今回もその中の3社を見学してもらいました。3社とも事業内容も全く被らないので学生さんたちには同時にいろんな業種を見てもらえたことになります。見学ツアーは1年生が対象ですが、それが3年次のインターンシップにつながってくれればと考えています。
三浦 ここのところ、コロナの影響で思うような活動ができないこともありましたが、昨年のズーム開催など、いろいろ工夫して続けてきたことが良かったのではないかと思っています。
宮田 他の学部学科は1年次を小白川キャンパスで過ごしますが、システム創成工学科は特殊で、4年間ずっと米沢キャンパスなんです。そのせいもあって外に目を向ける機会が少なく、自己主張が控えめな学生も多いです。大学側としては、そういった学生たちに1年生のうちから地域や企業に目を向けさせる、意識づけをするという意味でこの機会は非常に有用だと捉えています。就活が始まる3年次では企業見学ツアーを行う時間などありませんからね。今後も継続し、さらに発展させていきたいと考えています。
高橋 我々の使命は、学生たちの選択肢を増やすこと。ネットで調べても働いている人の思いまでは伝わりません。実際に企業を訪問すればOBが対応してくれて給料のことなどリアルな話もズバズバ聞けて、自分が働くイメージも描きやすいと思います。
近江 視る、聴く、知るが本当に大事。特に、大学に入ってまだ半年しか経っていない感受性の強い1年生で見学の機会を得ることは、同じ技術系でも自分の興味は電気系なのか機械系なのかとか、いろんな判断の材料にもなります。
宮田 システム創成工学科の学生は比較的県内出身者が多く、県内や隣県での就職を希望している学生も多いです。でも、どの企業がいいのかの答えがなくて、その点でもこの見学ツアーは大変有意義だと思っています。

企業見学ツアー

企業見学ツアーの様子。様々な企業を視察し、実際に見て、聴いて、知ることができる。

学生と企業
双方から得られた反響や変化

――学生の反応や企業側の手応えなど、この事業の成果をお聞かせください。
高橋 先行してスタートした新庄市では昨年あたりからこの見学ツアーに参加した学生が就職したという実績も出てきています。
宮田 見学ツアーに参加して、インターンシップでより深く知って、就職するというのが一番いい流れですが、尾花沢市ではまだインターンシップまでつながっていないのが現状です。しかし、回を重ねるごとに受け入れる企業の方々も見学内容を工夫してくれているようで、地元企業の魅力は十分に伝わり、少しずつ成果が現れていると思います。参加した学生たちのアンケート結果を見ても、「中小企業の理解が進み、興味を持った」「いろんなモノづくりの現場を見ることができてよかった」「海外との取引なども多く、グルーバル企業が多いと感じた」などの声が聞かれ、地方で頑張る中小企業への関心が高まっているようです。
高橋 確かに、企業側の案内の仕方もバージョンアップしていて、当初は総務の人が案内して、最後に山形大学卒業の社員と語り合うといった構成にしていたある企業が、今年は最初からOBが案内して、親しみやすく丁寧に説明するようにしていました。専門性の高い工場だと見学してもよくわかりませんが、専門が違う学部でも入社してからでも十分に学ぶ機会はあるとOBから聞かされて安心する学生もいました。
近江 今回、見学ツアーを行った尾花沢市の山陽精機さん、オプテックス工業さん、最上世紀さんの3社には「御社の特徴的なところを紹介してほしい」とお願いしました。仕事の中身、面白さが見えてくると自分の能力が生かせるかもしれないと興味が湧き、問い合わせにつながることも期待できます。どの会社にも山形大学のOB・OGがいますから、より親近感を持って見学してもらえたのではないでしょうか。それに、この3社はそれぞれに特徴があり、提案したことをすぐにやってみようという企業が多いんです。
高橋 中小企業の良さは、まさに意思決定が早いこと、ですね。
近江 そう、社長がいいと言えばいい、失敗してもいい、即断即決。こういったところを学生たちにアピールしてかっこいい企業と印象付けるようにとアドバイスもしています。
宮田 やりたいことが特にない、自己主張をしない、そんな学生が多い昨今、大学としては受け身ではなく積極的にやりたいことを見つけてやれる人材、会社に魅力を感じて一緒に頑張ろうとする人材を育てていかなければと考えています。
三浦 私は、市の企業振興を担当しておりますので、どうすれば若い世代に入社してもらえるか、人材不足に苦しむ企業さんのお手伝いをしています。大学生に企業を見て知ってもらうことが大事と考えていますので、山形大学さんとのこの取り組みには大いに期待と感謝をしております。
近江 有難いことに尾花沢には銀山温泉があります。今やその人気は全国区で、特に3月ごろは卒業旅行で訪れる若い人たちで大混雑。その知名度を企業の人材確保にも生かせるといいのですが。もちろん、企業自体も魅力的なところがいろいろあります。全国の主要産業に寄与している企業もあれば海外との取引が多い企業もあり、お隣宮城県にあるメーカーの精密加工部門を担っている企業もあり、その点では山形県も一目置くモノづくり地帯です。また、この見学ツアーをきっかけに参加企業3社の間にも働き方や組織、制度など、お互いに良いところを参考にし合うといった連携が生まれています。
高橋 工学部のある米沢キャンパスからこちらに向かうバスの中では学生たちに尾花沢の立地の良さをアピールしています。雪国ではあるが道路の除雪は完璧だとか、雪かきという筋トレができるとか。東北中央道が米沢から新庄まで繋がったことでアクセスもさらに良くなりましたからね。
宮田 学生たちの尾花沢市や新庄市に対する印象としては「自然が豊かで美しい」「程よく田舎で住みやすそう」「スイカのイメージが強かったが、産業面でも魅力があることを知った」「レストランの昼食も最高だった」など、好印象だったようです。バス代や昼食代までご負担いただき、尾花沢市、新庄市の行政及び企業さんの対応にはこちらこそ大変感謝しています。企業ごとに希望者を募って行う見学会は結構ありますが、一度に複数社を巡るツアーは公的機関の協力がないと実現できません。米沢市や宮城県にも希望する企業が多いのですが、日程調整の難しさなどもあって実現していません。システム創成工学科と尾花沢市、新庄市の規模やニーズが合致してできているのでしょう。

宮田先生

高橋さん

行政のサポートを生かし
成果を焦らず継続を

――この取り組みの今後の課題や展望はどのようにお考えでしょうか
近江 この取り組みも回を重ねて手応えも感じられていますから、今後もまだまだ続けていきたいものですね。
高橋 そうですね。早々に成果を求めずに継続することが重要です。地域企業のモチベーションを上げて取り組んでまいりましょう。企業は日々成長していますから、見学ツアーで訪れた企業をインターンシップで再び訪れるとその変化に気づくはずですし、先輩の話を聞くことで自身の企業観にも反映されるはずですから。
近江 受け入れ企業には、インターンシップの学生がどんな体験がしたいかを聞いて、それに応える形で作業や体験をさせてほしいとアドバイスしています。1週間から2週間、インターンシップ期間中の交通費や宿泊費などについてもかなり厚遇する企業が多いですよ。
宮田 毎年、一年生を見学ツアーに参加させていますが、その後の成果が私からは見えにくいので今日はいろいろな話が聞けて良かったです。もともと地域に目を向けている学生もいますが、どうしていいかわからないといった学生にとっては本当にいいきっかけになっていると思います。
高橋 やはり企業も1〜2年生の学生と接点を持つことで企業に欠けているものに気づいてもらい、地元採用にこだわらず、広いエリアから採用しないと厳しいということも理解してもらいたいですね。
近江 尾花沢に住んで働いてもらえれば一番良いですが、職種によってはリモートでも十分働けます。実際、山形や東京の事務所に勤務して設計等をやっている社員もいます。県外出身の山形大学生が地元に帰ってもこちらの企業の仕事ができる環境があるということです。企業のオーナーも全面的に支援していこうという考えを持っています。尾花沢の企業で働くことのやりがいや幸せを感じてもらえる風土を築いていきたいと思っています。
三浦 中小企業の頑張りを知ってもらうことはとても大事だと思っていて、地元を元気にするために今後も企業任せではなく、私たち行政も積極的に関わっていく方針です。尾花沢市の企業に就職した新卒者への激励金や人材育成に取り組む企業に対する補助金、社員の資格取得をバックアップする補助金など、企業と伴走し、尾花沢で働きたくなるような魅力ある支援策を用意しています。
高橋 企業にも新入社員の採用と併せて、今いる人材を育てるという意識も高まってきています。
近江 社員の資格取得は企業に入ってからも学ぶ機会があるということで人材の定着にも、企業自体のレベルアップにもつながりますからね。加えて、次の開発提案ができる技術系の学生が可能性に溢れている尾花沢の企業に就職してもらえれば、より付加価値の高い仕事ができるようになるものと期待しています。
宮田 この事業の実施後には必ず振り返りを行い、課題が見つかれば解決のために見せ方や制度をバージョンアップしていきたいと考えています。みなさん、今後もご協力のほどよろしくお願いいたします。

近江さんと三浦さん

学生と企業が関わることで相乗効果を生み出せるよう、今後も事業を展開していく。

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みやたけん

みやたけん●本学准教授。工学部システム創成工学科で1年生の導入教育およびキャリア形成教育を担当している。学生が早くに広い視点を備え自分の将来を主体的に考える機会を提供。専門分野は高分子包装の要素技術研究と成形加工。50年後の包装技術を研究している。

たかはしまさゆき

たかはしまさゆき●本学産学連携研究員・コーディネーター。山形県出身。包装容器メーカー、山形県企業振興公社等を経て2013年より現職。最上地域の活性化に尽力中。2014年イノベーションコーディネーター賞を受賞。

おうみひでお

おうみひでお●2013年7月株式会社新庄エレメックス代表取締役を退任後、顧問を経て2014年4月から尾花沢市企業対策専門員に任用。地域、企業、行政が相互補完しながら連携する「稼げる産業のまち尾花沢」を目指し、企業振興活動を展開している。

みうらりゅういち

みうらりゅういち●尾花沢市役所 企業振興室 企業振興係長。1995年4月に入庁し、これまで主に建築行政に携わる。2022年4月から企業振興室に配属され、近江専門員と共に地元企業の伴走者と成るべく奔走中。

※内容や所属等は2023年1月当時のものです。

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