つなぐちから #11

欠畑誠治×江口幸也

医工連携で
山形から世界のスタンダードへ
「モノ」づくりからはじまる
「コト」づくり、「ヒト」づくり

2023.03.15

医工連携で山形から世界のスタンダードへ「モノ」づくりからはじまる「コト」づくり、「ヒト」づくり

聞く・話すといったコミュニケーションに欠かせない感覚器官「耳」。私たちの身体の中でも生活の質に大きく関わる重要な部分だが、その手術は半世紀以上にわたり「顕微鏡を使って耳の裏側を大きく切開し、病変を切除する」というものが一般的だった。そんな業界の常識を打ち破ったのが、当学医学部の欠畑教授らが世界に先駆けて技術を確立した「内視鏡耳科手術(TEES)」だ。同手術は耳の穴から内視鏡を入れ、モニターで視野を確保しながら器具で患部を取り除くという最先端医療だ。しかも術後の入院期間は2週間から最短3泊4日に短縮、痛みが少なく大きな傷跡も残らないため患者への負担も大きく軽減できる。まさに耳科手術におけるパラダイム・シフト(価値の転換)だ。
業界をリードするこの取り組みを語る上で欠かせないのが、欠畑教授と山形の高度な生産技術を持つ地元企業が連携し共同開発した医療器具の存在だ。今回は10年目となるこの「医療とモノづくりの連携」に焦点を当てていく。

オリジナルから
世界のスタンダードへ。
その革命には「新たな機器」が
必要不可欠だった

――内視鏡下耳手術「TEES」と山形ものづくり企業にはどんな関係があるのでしょうか?
欠畑 私たちが始めた内視鏡耳科手術「TEES」は、業界に革命を起こすような非常に新しいもので、その手術を実現させるためには新しい機器の開発が必要不可欠でした。私たちは2011年から「オリジナルからスタンダードへ」をコンセプトに掲げ、自分たちのオリジナルを世界のスタンダードにすることを目的に活動を続けてきました。素晴らしい点は、それを山形のものづくり企業の技術で叶えることができたということでしょう。
私たちは「Powered TEES:パワードティース」という超音波器具やカーブバーなどを用いる術式を世界に先駆けて発表し、その適用を広げるために「ZAOSONiC」という超音波手術機器を共同開発しました。また、それに対して「non-Powered TEES:ノンパワードティース」という手技も開発しました。これらは細い鋭匙(えいひ:骨や軟らかい組織を掻き出す際に使用する手術器具)やノミなどの手術器具を耳の穴へ通して手術を行うため、エアロゾール(空気中に漂う微細な粒子)の発生が少ないコロナの時代にぴったりな手術としても注目を集めています。これらは山形発のオリジナルな技法です。

ZAOSONiC

ZAOSONiC使用中の写真

山形市のミクロン精密株式会社と共同開発した超音波を使った電動式骨切削装置「ZAOSONiC」。海外大手メーカーを競合に、約8年もの歳月を費やし商品化・市販化に至った。余分な力を入れずに操作ができ、学内における模擬手術のレクチャーにも使用されている。

欠畑 開発した道具のひとつに、上山市のものづくり企業とつくった“滑らない”鉗子というものもあります。これまでの顕微鏡手術では、左手に吸引管を、右手には機械を持ち、顕微鏡を覗き込んでやっていました。一方でTEESでは、直径6〜8ミリの狭い耳の穴の中に手術器具を入れて、モニターを見ながら進めていきます。そのためにはとても繊細な作業が必要になりますから、この滑らない鉗子を使うことがまず大事になります。

滑らない鉗子

山形県上山市のジャスト株式会社と共同開発した“滑らない”鉗子

滑らない鉗子

把持面にダイヤモンドを電着している

欠畑 モノづくりに関して、江口さんが日頃からおっしゃっていることがあります。それは「山形の企業は皆、シーズ(商品の持つ価値や強み)を持っている」ということです。しかし、それをどう育てたら良いのかが分からなかった。一方で、私たち医師にはこんなものがあったらいいなというニーズ(顧客が商品に対して求めるもの)がたくさんありました。けれど、それを実現してくれる人たちがどこにいるかが分からなかったのです。そこで、江口さんがコーディネーターを担い、そのシーズとニーズをマッチングさせてくれました。元々そういった実力が山形県にあったという前提が凄いことですが、なによりもそのつながりの仕組みが素晴らしいと思っています。

――医工連携による医療機器開発にはどんな背景があったのでしょうか?
江口 山形県内企業のものづくりは、大手企業からの受託製造がほとんどです。開発要素は不要で、生産能力や安価な労働力が競争力の源泉です。しかし、バブル崩壊やリーマンショックなどに代表される市場環境変化、顧客経営環境変化で受注数が増減し、それ以来、他力本願的な経営になってしまっている現状がありました。そこで、自助努力で経営できるようにするためにはどうしたらよいのか?という視点から、新たな産業分野への新規参入をはじめ、なかでも経営リスクの分散と市場環境に左右されづらいという特徴から、医療関連分野への期待が高まりました。
経済産業省による医療分野への参入促進事業も始まり、平成28年5月には山形県で『山形県次世代医療関連機器研究会』が設立され、医療・福祉・健康関連産業の振興を図るべく、さまざまな取り組みを展開しています。
そのような背景から、欠畑先生とは平成25年からご一緒させていただき、今年で早10年になります。医療器具開発でこれまでに5件で指導をしていただき、そのうち3件は市販化、2件は開発継続中です。

世界に認められた技術を
オープンにし
ひとりでも多くの人を笑顔に

欠畑 私たちはTEESの技術を一子相伝のものとするのではなく、オープンアクセスのものとして構築してきました。2012年以降、毎年開催しているハンズオンセミナーには、世界中から多くの医療従事者が集まります。私たちは日本だけではなく、世界中に技術を伝えたいと思っています。自分がきちんと指導した10人がまた次の10人に教えることができれば、より多くの世界中の人々を助けることができ、ひとりでも多くの人を笑顔にすることができますから。

ポスターを紹介する欠畑先生

ハンズオンセミナーのポスター。東北芸術工科大学の教授や生徒とともに、スタイリッシュかつ強いメッセージ性のあるサインやプレゼン映像を作成している。

2022年12月には、京都と山形でThe 4th World Congress on Endoscopic Ear Surgery(第4回内視鏡耳科手術世界会議)を開催しました。この時は40カ国から650人以上の耳科医が集まり「耳の手術の新時代」について討論したのですが、この時、私たちが山形で開発した手術機器が高く称賛され、世界中の参加者の皆さんがこの道具をこぞって購入して帰るということが起こりました。江口さんと共に活動を続けてきたことが、今回このような形で世界に認められることになり非常に嬉しいです。

次なるステージは
「モノ」づくりから
「コト」・「ヒト」づくりへ

欠畑 私たちは、この新しい技術を山形の新しいモノづくりの力を借りて実現しました。そして次は、さらに一歩踏み込んだ「コトづくり」へ歩みを進めています。そのひとつが医療技術職員の高木さんや工学部の古川研究室とともにつくった「YAMAGATAモデル」と呼ばれる3Dプリンターで作成した耳の模型を使った本格的な手術のトレーニングです。さらに今は、鼓膜を持つ耳のモデルや鼻のモデルもつくっているところです。

耳の3Dモデル

耳の3Dモデル

山形大学医学部と工学部で共同開発した耳の3Dモデル。「YAMAGATAモデル」として学会やセミナー等で紹介している。

欠畑 医学部の新しい技法、工学部の確かな技術、それをつなぎ合わせた「YAMAGATAモデル」を使い新しい術式をトレーニングするという「コト」を生み出す。僕たちはこういったモデルをつくることによって、山形の機械=モノを使って、山形の技術を伝え、人を育てていきたい。そして山形大学の強みを生かして、「モノ」から「コト」づくり、「ヒト」づくりへつなげていきたい。そんなふうに思っています。
江口 私は「新しい術式を開発したいがそれを具現化する道具がない」というニーズに、山形のものづくり技術を使い、多少はお手伝いできたかなと思っています。それを今度は、先生の目的である「標準化」、いわゆるスペシャルな人を育成するところにその技術を使ったり、商品化するという段階にきています。人を育てる教育機関とモノづくり企業が連携することで、目的は違えど、そのメリットは非常に大きいと感じています。そしてこの点が産学連携の面白いところですね。
モノづくりでは、モノにフォーカスするのではなく、そのモノを通して何をやりたいか?という視点がとても大切です。100円で売ろう、1,000円で買おうというのだけでは面白くない。先生がおっしゃるように、それを使ってその次の「ヒト」をつくったり、次の「マーケット(コト)」をつくるところが一番面白いところですね。そして先生には、その「コト」を広めるためのインフルエンサーも担っていただいているんです。

――最後に、今後のビジョンをお聞かせください。
江口 医療機器開発の商品化・市販化は進んでいますが、私の活動の本来の目的である「ものづくり企業の自律的経営の実践と定着」という点はこの10年でまだ達成できていません。今後はその目標を達成させるべく、日々一つひとつ積み重ねていくのみです。
欠畑 世界でも最先端を行くこの手術が山形大学で行われています。そしてその技術を伝える場があり、道具があります。しかしこれは、私ひとりだけ、一つの医局だけ、一つの大学だけでは決して実現できないものです。日本中の人たちの力を借りて、世界の人たちと一緒にやっているのです。そして私たちの究極の願いは、世界中の人をひとりでも多く笑顔にすること。しかし私たちはその頂上には達していない、まだまだ道半ばというところです。その目標を達成するためには今の道を一歩一歩進めていくしかありません。患者さんの負担が限りなくゼロに近く、しかも100%治る、そんな手術を目指して、これからも一歩ずつ着実に歩んでいきたいと思っています。

欠畑先生と江口さん

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かけはたせいじ

かけはたせいじ●山形大学医学部教授/博士。日本耳科学会理事長。専門は耳鼻咽喉科学。患者の心身への負担が少ない耳の内視鏡手術「TEES」を世界に先駆けて開発してきた。2022年12月には京都と山形でThe 4th World Congress on Endoscopic Ear Surgeryの学会長を務めた。40カ国から650人以上の耳科医が集まり「耳の手術の新時代」について討論した。

えぐちこうや

えぐちこうや●(公財)山形県産業技術振興機構 産学官連携コーディネーター。山形県出身。半導体製造メーカーを経て2007年より現職、在職中に山形大学大学院理工学研究科を修了。県内企業によるイノベーティブな経営活動を推進すべく日々奮闘中。

※内容や所属等は2023年3月当時のものです。

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