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注目の研究数物系科学

陽子スピンの謎に挑む世界初の実験の結果を発表

掲載日:2017.09.05

教授 岩田高広(クォーク核物理学)

原子核を構成する陽子はクォークと呼ばれる基本粒子が結合してできており、陽子のスピン(自転にあたる量)はクォークのスピン(自転)に起因すると考えられてきましたが、最近の研究ではクォークスピンの役割が少なく、3割程度の寄与であることが判明しています。しかし、残りが何によるかは、いまだに解明されておらず、この謎の解明を目指し、山形大学のグループはCERN(欧州原子核研究機構)(※1)のCOMPASS国際共同研究プロジェクト(※2)に加わり、大型偏極陽子ターゲット装置(※3)の改造など、実験に貢献しながら、研究を行ってきました。

COMPASSではこれまでに高エネルギーのミュー粒子(※4)(160ギガ電子ボルト)を、陽子スピンの方向をそろえた偏極ターゲットに衝突させ、π中間子(※5)生成のスピン依存性を調べた結果、陽子内部でクォークの軌道回転運動(公転)の存在を示唆するデータを得ました。これが正しいならば、従来のクォークモデルの常識を翻す知見となります。また、異なる反応でも理論との整合性が確認できれば、陽子内部でクォークの軌道回転運動(公転)の存在を確定させることができるため、π中間子(190ギガ電子ボルトのπ-)を入射し、ミュー粒子対が発生するドレルヤン反応(※6)をとらえ、スピン依存性を調べました。偏極ターゲットを用いたドレルヤン反応での測定はこれまでに例がなく、世界で初めての試みでした。

理論上、上記のπ中間子生成反応とドレルヤン反応は関連しており、測定値(非対称度)にはある関係(非対称度が逆符号)が成立するため、これが確認できれば、軌道回転運動の証拠となります。今回の実験結果は、軌道回転の存在を許容するいくつかの理論的な予言と矛盾するものではありませんでした。これによって軌道回転の存在を補強するものとなりました。

本実験の結果を再確認し、さらに精度を向上するために今後も同様の測定を行う予定です。これによって理論との整合性をより精密に確認できることが期待されます。

ミュー粒子対(μ+とμ-)の質量分布の画像
ミュー粒子対(μ+とμ-)の質量分布

ドレルヤン反応での非対称度測定値(赤丸)の画像
ドレルヤン反応での非対称度測定値(赤丸)

論文公表情報

First measurement of transverse-spin-dependent azimuthal asymmetries in the Drell-Yan process
Aghasyan, R. Akhunzyanov, M.G. Alexeev, G.D. Alexeev, A. Amoroso, V. Andrieux, N.V. Anfimov, V. Anosov, A. Antoshkin, K. Augsten, W. Augustyniak, A. Austregesilo, C.D.R. Azevedo, B. Badelek, F. Balestra, M. Ball, J. Barth, R. Beck, Y. Bedfer, J. Bernhard, K. Bicker, E. R. Bielert, R. Birsa, M. Bodlak, P. Bordalo, F. Bradamante, C. Braun, A. Bressan, M. Buechele, W.-C. Chang, C. Chatterjee, M. Chiosso, I. Choi, S.-U. Chung, A. Cicuttin, M.L. Crespo, S. Dalla Torre, S.S. Dasgupta, S. Dasgupta, O.Yu. Denisov, L. Dhara, S.V. Donskov, N. Doshita, Ch. Dreisbach, W. Duennweber, M. Dziewiecki, A. Efremov, P.D. Eversheim, M. Faessler, A. Ferrero, M. Finger, M. Finger jr., H. Fischer, C. Franco, N. du Fresne von Hohenesche, J.M. Friedrich, V. Frolov, E. Fuchey, F. Gautheron, O.P. Gavrichtchouk, S. Gerassimov, et al. (159 additional authors not shown)

Phys. Rev. Lett. 119, 112002 – Published 12 September 2017
DOI: 10.1103/PhysRevLett.119.112002


https://arxiv.org/abs/1704.00488

用語説明(※)

  • CERN(欧州原子核研究機構):
    スイスのジュネーブにある素粒子、原子核の研究所。世界最大級の粒子加速器を用いて先端的な研究が行われている。山形大学はCERNとの研究協力協定に基づき、助教2名、大学院生(博士後期課程)1名をCERNに長期派遣している。
  • COMPASS国際共同研究プロジェクト:
    欧州、米国、アジアなど世界13カ国から200名以上の研究者が参加する国際共同研究。日本からは山形大学を代表研究機関として、宮崎大学、中部大学、高エネルギー加速器研究機構の研究者が参加している。なお、山形大学からは理学部担当の岩田高広教授、宮地義之准教授らのグループが参加している。
  • 偏極ターゲット装置:
    原子核のスピンの方向をそろえた特殊なターゲット装置。 陽子偏極ターゲットの場合、水素を含む物質(例えばアンモニア)中の水素核(陽子)のスピンをそろえている。COMPASSの偏極ターゲット装置は世界最大級の大きさを誇っている。
  • ミュー粒子:
    素粒子の標準模型で電子のグループに属する素粒子の一種。電子よりも重いが、同様の性質を示す。
  • π中間子:
    日本の湯川秀樹博士が中間子論において予言し、それが後に発見されたことでノーベル賞を受賞した、いわゆる湯川中間子のこと。クォークモデルではクォークと反クォークの結合状態だと理解されている。
  • ドレルヤン反応:
    陽子や中間子の衝突によって主に正電荷と負電荷のミュー粒子(あるいは電子、陽電子)が対になって生成される素粒子反応。陽子内のクォークやその反粒子(※7)である反クォークが消滅して、ミュー粒子対が作られる。陽子や中間子内部でのクォークや反クォークの状態を観測するのに適した反応と考えられている。
  • 反粒子:
    一般的に素粒子にはその素粒子と質量などが全く等しいが、電荷が逆符合を持つ素粒子が存在し、それを反粒子と呼ぶ。同じ種類の素粒子とその反粒子が出会うと消滅し、別の素粒子が生成されることがある。

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