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阿部奈和 工学部 建築・デザイン学科  2 年  

派遣先大学:ラトビア大学

派遣期間:令和元年 8 月 20 日~9 月 23 日 

〈日本語教室での活動内容〉

私は最初にラトビアに到着した。初めは日本人の人数が少なかったため生徒2人に対して1人ずつ教えるような形式だったが、徐々に日本人の人数が増え 1 対 1 もしくは複数人で生徒を受け持つ形に変化していった。

生徒から日本人が教える人を固定することで生徒の日本語のレベル、授業の進度などが分かりやすいという要望を頂いたので人の行き来はあるものの前半はなるべく同じ生徒を担当するようにした。使用した教材は、生徒のレベルに合わせて小学生の国語の教科書や日常生活でよく使う英単語の絵本などを使用して行った。私が担当した生徒は日本が大好きで将来は日本に住む予定もあり、国境を越えたラトビア人が日本に興味を持ってくれているのがとても嬉しかった。また、彼女は日本のファッションや日本、韓国のドラマが好きでその話題でも盛り上がった。

授業は、ビギナークラスではひらがなやカタカナ、数字など基本的なことから自己紹介、簡単な文法、日本に来たときの買い物、観光などで使う文を教えたりした。ビギナーは英語を使って教えるためうまく伝えられないときはジェスチャーや動画を使うなど教え方を変えた。また、生徒の方々もそれをくみ取ってわかりやすく質問してくれたり、一緒になって考えてくれたりと助けられることも多かった。形容詞の種類を教えたとき、日本語ってすごい、面白い!と言ってもらえて私は普段何気なしに使っているがその法則がラトビア人の心を揺さぶることに感銘を受けた。アドバンスは助数詞、接続詞、敬語の使い方などから漢字、日本の物語の音読と読解、会話練習、ディベートなどを行った。ディベートは難易度が高かったがテーマに対してラトビア人同士日本語でお互いの反論をぶつけ合っていて面白かった。授業をしている中で質問をもらったり準備をしていて、自分自身でもわからないことが出てきてそれを生徒や友達と考えたり悩んだりする時間も多くあった。その時間は大変だったが楽しかった。そうしたことから日本語の難しさを実感すると同時に自分自身きれいな日本語を普段から意識して使いたいと思うようになった。 

〈日本語教室以外での交流活動〉

    日本語教室以外でも教室に来てくれたラトビアの方々に様々な場所に連れて行っていただいた。ラトビアで有名なバーには何度か行ったがそこでは毎週水曜日と週末の夜にダンスをする伝統文化があった。小さい子供からお年寄りまで年齢に関係なくとても笑顔で踊っている姿を見て、日本にはクラブに行かないとなかなかこういった機会はできないので新鮮さを感じたし、とても素敵なことだなと思い、シャイと聞いていたラトビア人の印象が変わった。ラトビアの海水浴場に一緒に行ったこともとても思い出深い。バルト海の海は海水もきれいで砂もサラサラで感動した。そこでビーチバレーをしたりビリヤードバーに連れて行ってもらったりして、一緒にスポーツをして笑い汗を流して、言語は違うがスポーツは世界共通で楽しめるし心が通じ合えるんだなと感じた。生徒のお母さんが小学校の教員だったので小学校の遠足に同行させていただき、ハイキングをすることもあった。ラトビアの小学校にはいろいろな人種の子供がいて様々な言語が飛び交っていた。とても自由だしみんな元気で歩き回っていたけれど、お互いがお互いを認め合って尊重し合っている雰囲気が心地よかったし、いつか日本にもこんな時代が来るといいなと感じた。

    また、寮の人とも交流した。特にウズベキスタン人で日本語を勉強している方と仲良くなった。その方と話していてお互いの国の食べ物や宗教、伝統文化などについてたくさん話した。ウズベキスタンでは日本のお茶会があったり、日本語を勉強する環境があったりと今まで繋がりが見えなかった国と日本が交流を持っていることを知ってとても嬉しかった。しかし、自分がどれだけ世界に目を向けられていないのか改めて実感させられた。よく知らない国について住んでいる人に話を聞いて知って想像するということがこんなに楽しいことだと初めて知る機会にもなった。 

〈参加目標への達成度と努力した内容〉

私が今回このプログラムに参加するにあたり立てた目標は、日本語教室では英語がうまく話せないからといって生徒とあまりコミュニケーションをとらないのではなく、英語を使って日本語をうまく伝えようとすることよりも伝えようとする気持ちを大切にして積極的に行動するということとその時々の状況に合わせて臨機応変に対応するということだった。日本語教室では基本的にビギナーは英語でアドバンスは日本語で授業を行ったが、初回の授業ではどんなことを教えれば楽しんで学んでもらえるのか、どう伝えたらより理解してもらえるのか、自分の頭で考えすぎてそれをうまく言葉で表現できず苦労した。しかし、回数を重ねるごとに意識が考えるより行動するという風に変わっていき、とりあえず声に出して伝えてみることで生徒も言いたいことを察してこういうこと?と聞いてくれたり、興味を持ってさらに深いことを質問してくれたりして私も教えている側だがとても楽しかったし、学んだり感心することも多くあった。例えば、漢字が好きな生徒と一つの部首を決めてその部首を持つ漢字をどれだけ思いつくか勝負したとき、私は思ったより全然出てこなかったが生徒はスラスラと漢字を書きだしていた。私は言われれば意味は知っているが漢字が出てこない一方、生徒は意味は知らなくともたくさんの漢字を思いついていてこんな違いが生まれるのかと驚かされた。また、生徒や日本人の人数によって教える生徒を変えたり、時間外に来てしまった生徒に授業をしたり、生徒が日本語をどんな風に扱えるようになりたいかによって授業スタイルを変えたりと変化に対応することができた。

日本語教室以外の生活での目標は、海外の街並み、文化や宗教、食文化、その国の情勢など身をもって感じることで今までの自分とは結び付かなかった、関連性のなかったことを知って、少しでも視野を広げたいということと日本人とは違った感性を持っている現地の人と交流することで自分の考え方の幅を広げ、物事に対して柔軟な思考を持てるようにしたいというものだった。私は派遣期間が他の人より長かった分、ラトビアでは海や森、動物園に行ったり、歴史的な建築を見たり、オペラ座でバレエを鑑賞したり、またバルト三国すべてに行くことができた。バルト三国には古い街並みが残っており、教会の塔や丘の上から見た茶色い屋根が並んだ景色は絵に描いたようで忘れられないほど美しかった。食べ物も日本より安価で主食はジャガイモがメインで乳製品もとてもおいしく、充実していた。しかし、治安は日本よりはるかに悪いところが多く、夜道を歩くにも覚悟が必要で日本がどれだけ安全な国か実感させられる場面もあった。交通機関もバスだけでなくトラムやトロリーバスがあり、エコだし景色を眺めながら移動できて楽しかった。また、ラトビア人や寮の留学生と話す中で日本語を話せるようになるまでの努力や日本に留学した際の苦労や楽しみを聞いたりラトビアの国民性や国の状況を知ったりして、日本の良さも悪さもわかったし自分に足りない部分もだからこそ頑張りたいことも見つかってとてもよい経験になった。この期間で私はいろんな場所に行き、たくさんの経験をしようとして毎日計画を立てて様々なことをして時間の有用性にも気付くことができた。自分から行動を起こすことで考え方も少し変わったし成長することができたと思うので今後もこの気持ちを忘れずに大学生活を送りたい。 

〈プログラムに参加した感想〉

    このプログラムに参加して、今まで目も向けていなかったラトビアという国が好きになった。ラトビア人は日本人と似ていると聞いていたが、バスに乗れば年配の方に必ず席を譲ったり当たり前のように後ろの人のためにドアを開けていてくれたり日本人には足りない気遣いもあって感動した。そして、この期間でたくさんの人に助けられそのおかげで生活ができたことをとても感じた。誰かにとっては小さな親切のつもりでも私にとっては大きな助けであることが多くあって、私も感謝の気持ちと次は自分がみんながしてくれたように相手の立場に立って行動し日々生活しようと強く思った。 

〈今回の経験による今後の展望〉

    私は何度かヨーロッパに行ったことがあるが行くたびに新たな発見や出会いがあり、同時に自分の小ささを感じる。今回ラトビア人とたくさんの話をし、また、英語が使いこなせず悔しい思いをした経験を通して、言語の勉強に対するモチベーションも上がり大学卒業までに英語を身につけたいと思ったし、他の言語への興味もわいた。卒業後、どんな仕事をしたいか具体的に考えるきっかけにもなった。将来仕事をする上で日本だけにとどまらず常に世界に目を向けられる人でありたい。これからもこの気持ちを忘れず大切にして 1 日 1 日を過ごしたい。

日本語教室での授業風景の画像
日本語教室での授業風景

聖ペトロ教会の棟から見たリガの街並みの画像
聖ペトロ教会の棟から見たリガの街並み

リーガ大聖堂のステンドグラスの画像
リーガ大聖堂のステンドグラス

最後の日の写真の画像
最後の日の写真