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大崎教授の海外駐在記「ガジャマダ大学駐在記3(8)」

 学生から、イスラム暦では、一日は日が沈んだ瞬間から始まり、日が沈んだ瞬間に終わる、と聞いて、色々と納得できたことがありました。例えば、イスラム教徒(モスレム)は、一日5回の祈りをしますが、日没直前と日没直後の祈りの時間の間隔が、他と比べて非常に短いので、何故なのか、不思議でした。しかし、日没直前が一日の最後の祈りで、日没直後が一日の最初の祈りと分かると、なるほど、と納得いきます。

 6月18日から7月17日までの一カ月間は、断食(サウム)月間です。イスラム暦で「第9番目の月」で「ラマダン」と言います。つまり、ラマダンとは9月のことです。その断食(サウム)が始まると言う前日の6月17日の日没後、近隣のモスクから流れてくる祈りの言葉は、いつもよりも長く、いつ果てるともなく続いていました。そこで思い出したのは、日没から新しい日が始まる、と言うことです。ラマダン(第9番目の月)は、正しくは6月18日に始まるのではなく、その前日の6月17日の日没から既に始まっていたのです。

 断食(サウム)をするのは、日の出から日没までの太陽の出ている時間帯です。したがって、人々は日の出前の午前3時頃から、たっぷりと朝食を摂ります。そして日没を待ちかねたように、お祭り騒ぎで夕食を摂ります。それで、一日の食物の摂取量は1年12カ月の中で、ラマダン(9月)が最も多いそうです。(白夜の北欧に移住したモスレムは、今、大変なことになっているそうです。)

 この断食(サウム)では、水も飲めません。しかし、子供、病人、妊婦、重労働者には例外が認められています。実際に断食が始まる年齢は中学生からだそうです。とは言っても、中学高校は、ラマダン(9月)には、授業は普段よりも2時間早い正午に終わるそうです。大学生に対しては、そのような配慮は無く、学年末の試験中にラマダン(9月)になりました。もっとも、2週間の試験期間が終われば、9月の新学年開始まで長期休暇です。

 イスラム暦の正式な名称は、ヒジュラ(聖遷)暦です。イスラム教の開祖、メッカで隊商貿易をしていたマホメットが、西暦622年に敵対する貿易商との争いに敗れ、メッカから逃れてメジナへ移住した年が、ヒジュラ暦元年です。その2年後の624年に、マホメットとその信者がメッカの隊商を襲おうとし、それを阻止しようとやって来たメッカの武力部隊を返り討ちにしたそうです。その勝利を神の恩寵として感謝し、始めたのが断食(サウム)で、その月が9月(ラマダン)だったそうです。

 ヒジュラ暦は太陰暦で、1カ月間は、新月に始まり新月に終わります。したがって、1カ月間は約29.5日で、1カ月間が29日と30日の月を交互に繰り返し、1年は12カ月354日です。かつて日本が用いていた陰暦は、閏月を設定して、太陽暦のように、各月と季節を同調、反映させていました。しかし、ヒジュラ暦は閏月のような調節をしないので、ラマダン(9月)は、太陽暦に換算すると、毎年11日ずつ早めにずれてきます。このように、季節を全く反映してない暦なので、農事作業の目安となる、農事暦は発達しなかったそうです。

 しかし、熱帯の当地にいると、農事暦の必要性を感じません。雨が良く降る年は米を年に3度収穫し、雨が降らないならば2度の収穫です。

断食、試験期間中に開いてくれた送別会。断食開けの日没を待っているところです。の画像
断食、試験期間中に開いてくれた送別会。断食開けの日没を待っているところです。

南の空には、南十字星が輝いていました(農学部構内食堂で)。の画像
南の空には、南十字星が輝いていました(農学部構内食堂で)。