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ベトナム国家農大学駐在記5(1)

  私事になるが,ベトナム国家農業大学には特別な縁を感じる.2008年4月,私はこの大学に,本学小山学長(当時,副学長),安田副学長(同じく農学部長),大場副学長(同じく工学部長)などと,本学初の海外サテライト設置のために訪れた.当時,私は山形県職員として県内企業の海外展開支援を担当しており,企業の海外製造拠点や市場としての「チャイナ・プラス・ワン」を考える立場だった.その有力な候補としてベトナムが注目されていたことから,山形大学のミッションに同行し,現地調査に入る機会を得たのだった.

当時のベトナム市場調査においては,何よりとても山形県産農産物のマ-ケットとなり得ない状況であることに衝撃を受けた.果実等の上代価格が日本市場と比較にならないほど安かったのである.しかし10年を経た今,ベトナムは,欧州のアパレル・トップブランドの縫製工程の大半を担うなど,「世界の工場」となった.国民所得も増え,日系資本の巨大モールが進出するなど,市場としても各国から注目されている.隔世の感がある.

  成長著しいベトナムであるから,社会・経済情勢も様々な面で変わっているはずだ.昨年は数日のみの訪問で慌ただしかったが,今回は多くのベトナム人と接し,青果物の値段も見ながら,変化のいくつかに触れたいと思っている.まず目に付いたことは,多くの学生や市民がマスクをして行動していることだった.大気汚染の進行が著しいためである.

  ベトナムの天気予報では,降水確率などと共に,その日の大気汚染の見通しも伝えられている.「今日は,大気汚染の影響を受けやすい人にとっては注意すべき状況」という具合である.その大気汚染予報の芳しくない日に,乗合バスからハノイ中心部の空を見た.街の空気が濁り,大気が,どこかで見たことのある色をしていた.

そう,その色は,韓国ソウルに駐在していた頃(2009年ー2011年)に頻繁に目にした,青色がかった空気の色だった.韓国では,数年前には既にPM2.5による大気汚染状況をリアルタイムで伝えていた.そこで,汚染がひどい日に見た空気の色合いが,ハノイのそれにそっくりだ.ちなみに現在(2019年3月),ちょうど中韓両政府において,この問題(国を跨ぐ「越境大気汚染」)が話題となっている.

韓国ソウルにおける大気汚染の一因が,黄海の向こう,中国における内燃機関の排気ガスと産業活動であることが知られたのは,北京オリンピックの開催中だった.皮肉にも,中国側が,競技環境改善のために自動車利用などを制限したとき,ソウルの友人の言い方では「それまで見たことのない澄んだ青空がソウルに広がった」状況が見られ,越境汚染が疑われ始めた.思えば,ここハノイも,日本企業の多くが生産拠点を置くインドシナ半島の一角にあり,中越国境の向こうには広州や東莞の工場地帯がある.ソウルと同じような大気状態が見られても不思議ではない.

そのことに気付くと同時に,この大気汚染を,現在,「学生大使」としてハノイに滞在している山大生はどのように捉えているのだろうと考えた.「ベトナムの空気は汚い.それに比べて日本に生まれた自分は幸せだ」とまず思うかもしれない.しかし,ベトナム人学生との深い対話を経験し,互いへの「共感」も持ち合う「学生大使」には,そこで留まって欲しくないと思う.

  ハノイに廃棄ガス汚染をもたらしている自動車やバイクの大半は日本製ではないか,その生産拠点はどこにあるのか,日本企業の生産活動において十分な環境保全は図られているのか,身近な山形の企業でさえハノイ周辺,広州,東莞などに生産拠点を設けるのはなぜかなど,ベトナムに直に触れた山大生にこそ考えて欲しい.少なくとも彼らは,日本企業の生産活動と販路開拓がもたらす経済的豊かさに自分が浴していることと,途上国の発展や矛盾(大気汚染,水質汚染など)が直接つながっていることを直観してくれるだろう.

産業活動による環境汚染は,日本にとって「いつか来た道」であることは学生も知っている.一方,観光保全は企業活動においてコストであり,諸外国の関連規制が日本より緩ければ,企業は「甘えてしまう」こともある.それは,将来,学生がそれぞれの職業人生において直面しうる問題だ.そのとき,「世界の工場」ベトナムで先述の「共感」を得た山大生には,「いつか来た道」であるからこそ,同じ苦労は他国の人にさせまいと考える人間であって欲しい.それは理想に過ぎるだろうか.

昨日,「学生大使」としてベトナムに滞在する山大生が宿舎のロビーに集まり.しばらく静かに目を瞑っていた.暦は(2019年)3月11日だった.学生たちは,ここベトナムから遙か日本に向かい,東日本大震災の犠牲者に黙祷を捧げていた.その姿に一瞬疑念を抱いた自分を恥じながら,「他のいたみ」に素直に対する日本の若者には,臆面なく理想を語れるように思った.

バイク運転者も大半がマスクを着用の画像
バイク運転者も大半がマスクを着用

ベトナム国家農業大学近くの大型ショッピングモール(日系資本)の画像
ベトナム国家農業大学近くの大型ショッピングモール(日系資本)