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大崎教授の海外駐在記「ベトナム国家農業大学駐在記(4)」

 12月に入り、キャンパスは急激に人の気配が無くなり、日本語クラスの参加者も激減しました。11月末にほとんどの授業が終わり、12月15日から期末試験が始まるそうです。試験前の約2週間を、多くの学生は、一部屋約12人の学寮を出て実家に戻り、期末試験に備えて勉強しているそうです。この間、日本語クラスに参加している学生は、遠隔地に実家があり、帰省には、汽車とバスとバイク・タクシーを乗り継いで、2~3日は掛かると言います。ちょうど、日本に新幹線が無かった頃の状況なのだろう、と想像しています。

 ほぼ皆勤で日本語クラスに参加している、農業・農村開発学部の女子学生のTuyenさんは、ベトナムとカンボジアとラオスの国境近くの村の出身だそうです。最寄りの都市はベトナム中南部の人口約17万のPleikuで、ここには飛行場があって、飛行機を利用すれば一日で家に戻れるけどもね、ということでした。「今、あなたは、何を最もしたいですか。」という日本語での質問に対しては「私は家に帰りたいです。」と答えていました。

 彼女に、実家近くの国境は、川なのか、山なのか、と尋ねると、ただの森だと言います。村人は、国境を特に気にせず出入りしているそうです。この辺りの写真を見ると、私が約30年前に約1か月間過ごした、マレーシア領ボルネオ島の、カダザン族のバンブーハウスに良く似た、風通しの良い、開放的な家が映っていました。

 彼女が、日本語クラスの学生5人とゲスト・ハウスに遊びに来た時、私はユーチューブでクラッシック音楽を聴いていました。そこで、学生達はクラッシック音楽談義を始めました。彼女は17世紀のドイツの作曲家、パッへルベルのカノンDが好きだと言い、私のパソコンに手を伸ばし、室内楽のカノンDを流しました。しかし、もっと好きなのは、カノンロックなのだと言い、韓国人のエレキギタリストの弾くカノンDに切り替えました。

 山形大学サテライト・オフィスの管理人は、私が着任した2年半前から毎年代わり、現在は3人目のThuさんです。最初のHa君は、ハノイ国家大学外国語学部日本語学科の学生でした。今年の6月に卒業しています。2人目は、Luc君で、ベトナム国家農業大学農学部卒業直後に、同大の国際教育発展院の職員になり、サテライトも担当していました。しかし、彼は、この9月から、タイのバンコクにある、アジア工科大学院(Asia Institute of Technology)という大学院大学に留学しました。当面は修士課程の2年間の予定です。

 Luc君の後任がThuさんです。2年前に農業・農村開発学部を卒業して、国際教育発展院の職員になりました。しかし、今年の9月に農業・農村開発学部の修士課程に入学しました。ベルギーからの奨学金を獲得したそうで、それで大学院に入り、国際教育発展院の職員も兼ねているそうです。もう一人の職員である院長のHa先生は、ドイツに留学中で、現在は、Thuさん一人で仕事を切り盛りしています。最初に出会った時には、キャリア・ウーマン風の印象でしたが、今は日本語クラスの学生と見分けが付かない無邪気な対応です。

 今回は、寿司パーティーをしない予定でした。登録学生数が多く、山形大学のリーダーシップ論プログラムで料理実習の交換会もありました。しかし、実家に戻らない学生達から、寿司パーティーの問い合わせ頻りになり、帰国前日の12日に行うことにしました。

サテライト担当のThuさんの画像
サテライト担当のThuさん

日本語クラス、Beginners'の画像
日本語クラス、Beginners'