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木村珠里 地域教育文化学部地域教育文化学科 4年

派遣期間:平成30年2月19日~3月16日(26日間)

日本語教室での活動内容
 モンゴルは派遣先が大学ではなく学園だ。そのため小学生から大学生まで様々な歳の子と関わることかできる。新モンゴル学園では英語の授業が小学3年生から始まり、日本語の授業が高校1年生からはじまる。そのため高校生以上の生徒のほとんどは、ある程度日本語を話すことができる。
 今回は第1回目の派遣だったため、臨機応変な対応を求められることが多かった。他の派遣国では平日毎日日本語教室をやることになっているが、新モンゴル学園では決まった時間の日本語教室というものはなく、先生方に依頼されることをその都度こなすことが多い。以下が、現地の先生方に依頼され、私たちが行った業務である。
・チューター業務
・10年生の日本語の授業
・10,11年生の音読チェック
・清掃員の方の日本語の授業
・日本語スピーチコンテストの審査員
 チューター業務では、日本への留学を目指す高校生の作文指導を行った。新モンゴル学園の高校生は、国外の大学への進学希望者が多い。その中でも、日本への留学を希望する生徒は大きな割合を占めている。
 10年生の日本語の授業では、各クラスから一コマもらい、自分の得意分野で日本文化に関する授業をした。私は日本のものづくりについて勉強していたので、和紙でランプシェードをつくる授業を計画した。和紙についての説明に興味を持って聞いてくれる子が多く、ランプシェードは楽しい雰囲気で作ることができた。
 10,11年生の音読チェックではプリント1枚程度の日本語の音読を聞いて、間違いなく読めているかどうかチェックをする。これは平日の午後3時からほとんど毎日行った。
清掃員の方の日本語の授業では「おはようございます」などの簡単なあいさつを教えた。清掃員の方の希望で始まった授業だったため意欲が高く、あいさつはすぐに覚えてくれた。
 日本語スピーチコンテストの審査員では、高校3年生の旅行に行きたい国のプレゼンを聞き、発音や内容などをチェックした。このコンテストは強制ではなかったが、50人近くの生徒が自主的にコンテストに参加しており、意識の高さを感じた。

日本語教室以外での交流活動
 学校の活動以外では、ホストファミリーの方や、新モンゴル学園の卒業生との交流が多かった。ホストファミリーの方には毎週土日にモンゴルの観光地に連れて行ってもらった。特に印象に残っているのが、モンゴルの雪山でソリすべりをしたことと、ゲルを訪問したことである。
 雪山でのソリすべりは、なだらかな坂がずっと続いているためどこまでもとまらない。モンゴルはウランバートル郊外に出ると景色が全く変わる。モンゴルの山は低く、木があまり生えていないため、一面真っ白の丘がどこまでも続く。日本では見たことのない途方もない広さの大地に感動した。
 ゲルを訪問させていただいた際はモンゴルの人の暖かさに触れ、また古くからあるモンゴルの人の暮らし方を垣間見ることができた。モンゴルは冬場の気温が-30℃にもなる。私が滞在した期間も-10℃ほどだったがゲルの内部はとても暖かかった。羊毛のフェルトで建物を包むなど、厳しい寒さをしのぐための様々な工夫がしてあり、その土地の自然の中で生きる人々の知恵を知った。
 また、本当の家族のように親戚の集まりに連れていってもらったりもした。モンゴルの家族や親せきは本当に仲が良い。言葉はほとんど通じなかったが温かく迎えいれもらい、とても嬉しかった。

参加目標への達成度と努力した内容
 私の参加目標は、他国の文化を知り、考え方の幅を広げることだった。1人で海外に行って現地の人と話をして、観光するだけでは知ることのできない、その国の人たちの習慣や考え方を知りたいと思った。今回はホームステイ先を準備していただき、モンゴルの人の生活を知るまたとない機会を得た。毎食必ず肉が出ること、3歳までの男の子のおしっこは飲めることなど、一緒に住むことでしか分からない様々な文化や習慣を知ることができた。
 海外に行くと日本という国が世界中に無数にある国の中のたった1つでしかないと気づく。ものごとを考えるとき、そのことが分かっているだけで考え方の幅は確実に広がると感じた。

プログラムに参加した感想
 とにかく行ってみる、それだけで価値観は大きく変わる。ただ一方で、自分から動かなければなにも始まらないということも実感した。今回の派遣は、第1回目だったこともあり、やるべきことが決まっていなかった。そのため、先生方の依頼があるときは忙しく、充実した1日を過ごすことができたが、依頼のないときは時間を持て余すことが多くあった。日本人として、自分がすべきことは何なのか、自分は何のためにモンゴルに来たのか、改めて考えさせられた。とにかく行けば何か得られるものがあると思っていたが、しっかりと目的や目標を持っていなければ、それ以上のものは得られないということが分かった。

今回の経験による今後の展望
 今回の経験を通して最もよかったと思うことは、日本がどういう国なのか、少しだけ見えるようになったことだ。これまでは日本の中にしかいなかったために、日本のことがよく見えなかった。今回海外に行って初めて比較の対象ができ、日本のいいところや誇るべきところ、変えていくべきところが自分なりに見えてきた。
 これからの世界はより一層、人種や国境を越えた交流が盛んになる。それにともなってその国独自の文化も徐々に消え、統一されていくのだと感じた。今回もモンゴルというと、草原やゲルでの暮らしを想像していたのだが、首都のウランバートルは都会であり、日本でみたことのあるチェーン店がたくさん立ち並んでいた。モンゴルには牛や馬、羊などの動物がたくさんいて、そこから生まれる産物を利用して人々は生活してきたはずだ。そうしたかつての生活が顧みられることなく、他国の文化を取り入れるのみになってしまうのはもったいないことだと感じた。
 私は将来ものづくりを仕事にしたいと考えている。かつての日本人が生み出したものづくりの技術は、どんなに科学技術が発展しようと日本の風土に最もよく合い、日本の自然を最大限に生かす技である。今後の展望として、古くからある日本の技と日本の自然を大切に、日本であることを生かした仕事がしたいと考えた

ゲルの前での画像
ゲルの前で

モンゴルの自然の画像
モンゴルの自然

ランプシェード作りの画像
ランプシェード作り