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大崎教授の海外駐在記「ケニア駐在記(10)」

 暮に10年前に住んでいた、西ケニアのカカメガの森を再訪しました。森は中央アフリカの熱帯降雨林に連なるギニア・コンゴ降雨林の東の端にあります。広さは琵琶湖の3分の1ですが、ランの花が65種、チョウは450種もいます。チョウは日本全土で240種、山形県では100種に満たないと思いますから、カカメガの森の生物多様性の高さが窺えます。

 ナイロビから西へ車で8時間行くと、世界第二の淡水湖ビクトリア湖に出ます。その湖畔に人口20万の港町キスム市があります。かつての宗主国イギリスが、奥地のウガンダ、タンザニアで得た物資を、船と鉄道でインド洋に面したモンバサに運ぶために100年前に創った、瀟洒な洋館のある街です。キスムから進路を北にとり、赤道を南から北に越えると、1時間半で人口5万のカカメガ町に至ります。この町の東側にカカメガの森があります。

 私は、カカメガ町からさらに北に車で30分、森に接したブヤング村に住んでいました。家は赤土と牛糞を混ぜて造る茅葺のバンダで、窓は開閉式の木の板でできており、電気も井戸もなく、中国製の石油ランプとコンロを用い、泉で水を汲む生活でした。そのバンダで、私は妻と日本から連れてきたシェルティー犬と3人で1年間を過ごしました。

 当時、進化生態学の未解決の問題に、チョウのベイツ型擬態がありました。チョウの翅の色は2通りに分かれ、鳥にとり味の良い種は周囲の環境に溶け込む隠蔽色を持ち、まずい種は、味のまずさをアピールする目立つ警告色を持ちます。ベイツ型擬態種は味が良いにもかかわらず、警告色を待つ種で、味のまずい種に擬態しています。しかし、メスだけが擬態し、しかも一部のメスだけが擬態します。

 ベイツ型擬態は1862年にイギリスのベイツがアマゾンで発見し、1864年にウォレスがマレー群島の調査から、メスだけが擬態していると指摘しました。そして、1859年に「種の起源」を発表したダーウィンも加わって、メスだけが擬態する理由が議論され仮説が生まれたのですが、謎は現代まで持ち越されました。しかし、カカメガの森にはオスも擬態するチョウがいて、私はベイツ型擬態の謎を解く絶好の調査地と考えました。成果は2005年にイギリス動物生態学誌に発表し、2009年に「擬態の進化(海游舎)」を出版しました。

 10年前に、キスムに大型スーパーのナクマットがあり、サイバ・カフェがありました。私は週末にナクマットに行き現代文明を楽しみました。ナクマットには、孤児院などでボランティア活動を行っていた欧米の女子学生達も沢山集まって来て、「私達、ナクマットがあるから、ここに住んでいられるのよね」と言い合っていました。そのナクマットがカカメガ町にもできて、道を挟んで対面には、ケニア第7番目の国立大学マシンデ・ミュリロ大学が創設されていました。そして、ブヤング村の数軒の家に電気が引かれていました。

 キスムのナクマットは24時間営業になり、大きな第二店舗もありました。キスム国際空港が中国によって作られ、整備されたチャイナ・ロードが空港まで通じていました。街の繁栄のあおりで、ビクトリア湖は富栄養化し、湖面は70キロ先までホテイアオイで埋め尽くされ、連絡船は運休し、漁師は休漁、ビーチに人影はありませんでした。中国がホテイアオイを取り除くことを約束した、という噂が観光業者に流れていました。

バンダの画像
バンダ

ホテイアオイで埋まったビクトリア湖 の画像
ホテイアオイで埋まったビクトリア湖