ささえるひと #14

玉手英利

山形大学将来ビジョン
「つなぐちから」に託す想い。

2022.04.15

山形大学将来ビジョン 「つなぐちから」に託す想い。

社会が急速に変化する予測不可能な時代、山形大学の将来あるべき姿を学生、教職員、地域のみなさんと共通認識として持って大学づくりを進めたいと、就任3年目の玉手英利学長が打ち出した将来ビジョンは『つなぐちから。山形大学』〜共育・共創・共生による持続可能な幸福社会の実現〜。この将来ビジョンを宣言するに至った経緯、そこに込められた想いを玉手学長自身が熱く語った。

山形大学将来ビジョン つなぐちから。

変化する社会の中、
大学の在り方とは。
その方向性を示す
「将来ビジョン」。

――「将来ビジョン」を策定した狙いを教えてください。
 出口の見えないコロナ禍、急速に発展するAI技術など、いまはまさに予想不能で不確実な時代です。誰もが不安を抱くこんな時代だからこそ、山形大学の将来あるべき姿を学生、教職員をはじめ社会に向けて示したいと思いました。それによって、未来への希望を共有して大学づくりを進めていきたいと考えたのです。
 将来ビジョンを策定するにあたって、今に至る山形大学の使命・理念の変遷を振り返りました(図1)。18年前、国立大学法人となった山形大学は「自然と人間の共生」を21世紀の基本テーマにしました。その後、第2期中期目標に掲げた5つの基本理念、第3期中期目標で掲げた3つの使命は、山形大学のすべての活動の土台になるものとして根付いてきたと感じています。
 これらの使命・基本理念はこれからも変わることがありません。しかし、社会が急速に変化するなかで、これらのミッションを変わらずに果たすためには、大学の在り方を変えていく必要があります。将来ビジョンではその方向性を示したいと思いました。

山形大学 使命・理念の変遷の振り返り

図1

大学の確かな「知」と
「自律性」を活かし、
教育・研究・社会連携で
存在感を発揮。

――“つなぐちから”に込めた想いをお聞かせください。
 「つなぐちから」は、山形大学がこれから目指す姿を一言で表現したものです。
 新たな知や価値を生み出す創造力は、異質なものとの出会いから生まれます。そのためには、さまざまな垣根を越えて、人と人、異なる知と知を結びつける「つなぐちから」となる存在が必要です。
 私たちの社会では、情報を集めて価値化する企業や組織が、「つながり」のサービスを提供しています。しかし、それは、私たちにとって安心できる「つなぐちから」になるでしょうか?
 一方、大学には、学術機関として質保証した情報(「知」)を提供するという信頼性があります。そして、特定の意図に支配されない自由な交流ができる学問的な自律性があります。膨大な情報のどれを信じればよいかわからない社会で、大学の確かな「知」と「自律性」から生まれる「つなぐちから」は、これからますます重要になります。
 山形大学は、6学部・6研究科を有する総合大学で県内4か所にキャンパスがあります。この特性を活かして、教育・研究・社会連携の全てにおいて、「つなぐちから」となる機能を高めて、社会に大きなインパクトをもたらしていきたいと考えています。

持続可能な幸福社会の
実現に向けて
社会と共に育ち、創り、
生きる大学。

――副題で掲げた共育、共創、共生とは何ですか。
 第4期中期目標期間で、地方に立脚する国立大学は、これまで以上に地域発展の中核として活躍することが期待されています。山形大学は、長年にわたり地域貢献・地域連携で数多くの実績を積んできました。さらに一歩進んで、これからは、全ての活動において、社会のさまざまなパートナーと共有する目標を立て、それを実現するための資源を集め、力を合わせて実現していくべきだと考えています。そのキーワードとして「共育・共創・共生」を副題に掲げました。
 副題では、共育・共創・共生がもたらすゴールを「持続可能な幸福社会の実現」としました。これには少し説明が必要かもしれません。
 将来ビジョンに関する学内意見では、幸福という、定義も尺度も多様なものを大学の目標として掲げるのはどうかという声もありました。たしかに幸福という言葉は抽象的ですが、OECDのBetter Life Indexのように、幸福については健康、環境、安全、主観的幸福感など、大学の教育・研究で取り組むことができる社会指標があります(図2)。このような指標の向上や解明に取り組む大学として、山形大学を社会から注目される存在にしていきたいと考えています。

大学の教育・研究で取り組むことができる社会指標

図2

地域と共に景観保全や
施設整備・新設公共財、
コモンズとしての大学づくり

――将来ビジョンで述べられたコモンズとはどのようなものですか。
 コモンズ(commons)のもともとの意味は、「入会地」のように共同体や社会全体に属する資源です。コモンズという表現で、山形大学が、社会にとってなくてはならない公共財であり、そこに集う人々が共育・共創・共生する場であることを示しました。
 山形大学が目指すコモンズとは、学生・教職員が世界中の人や組織と共にバーチャル空間で活動するグローバルなハブと、地域の人々と共にキャンパスで活動する地域コミュニティのコアになることです。
 このようなコモンズとしての大学づくりについて、例を挙げたいと思います。
 米沢キャンパスには、約110年前の1910年に開校した国の重要文化財・旧米沢高等工業学校本館があります(図3)。その横の東西約100メートルの通りに、見事なケヤキ並木が立ち並んでいます(図4)。
 このケヤキ並木は、旧米沢高等工業学校本館と共に、学生・教職員だけでなく市民からも愛される景観となっています。しかし、樹木の老朽化や歩道の安全確保などの問題から、一時は伐採することが検討されました。その後、保存を求める声が多く寄せられ、米沢キャンパスでは、クラウドファンディング型の山形大学基金「ケヤキ並木等景観保存プロジェクト」を立ち上げました。このプロジェクトでは、ご賛同いただいた方のご寄付をもとに、ケヤキ並木などキャンパスの貴重な景観を地域のコモンズとして将来にわたり保全する計画を立てています。
 米沢キャンパス以外でも、小白川キャンパスのグラウンドの改修、飯田キャンパスのYU-MAIセンターの整備など、コモンズとしての施設整備が進んでいます。さらに、令和4年度には、イノベーション・コモンズを目指した組織整備で、地域共創STEAM教育推進センターと、アグリフードシステム先端研究センターを設置します。
 今後、こういった事業が増えて、コモンズとしての大学づくりが進むことを期待しています。ただし、コモンズが適切に管理されないと、資源が枯渇する「コモンズの悲劇」が起こります。そうならないために、これからは、社会の様々なパートナーと責任ある互恵関係を結び、社会からの資源を集めてコモンズとしての大学を発展させる、この意識を大学全体で共有したいと考えています。

国の重要文化財・旧米沢高等工業学校本館

図3:約110年前の1910年に開校した国の重要文化財・旧米沢高等工業学校本館

米沢キャンパス内のケヤキ並木

図4:米沢キャンパス内の約100メートルのケヤキ並木

全てのキャンパスで
意見交換会を行い
将来ビジョンの意義や
方法論を共有


――それぞれのビジョン・目標については、どのような意見・質問がありましたか。
 「教育のビジョン」については、「AIの時代を生きる人間には、どのような人材や教育をイメージしているか」との質問がありました。
 人材については、私なりの考えとして、「課題を設定する能力、なすべきかなさざるべきかを判断する能力、経験則に捉われない新たな概念を生み出す能力を備えた人材の育成です」と答えました。具体的な教育については、その基礎となる数理・データサイエンス・AI教育の全学展開を第4期中期計画で進めます。
 また、目標2の「果敢に挑戦する心」をどうやって育てるのかについても、質問がありました。
 「挑戦する心」は、学生がキャンパスライフでの様々な経験を通じて自分の成長を実感することで育つものだと思います。そのような活動の場を多く設けることが大学の役割です。その場は教室だけではありません。例を挙げれば、基盤共通教育「フィールドラーニング―共生の森もがみ」で地域課題に取り組んだ学生の中から、授業終了後も地域住民との協働を続けるグループが生まれています。
 山形大学の学生は、まじめに物事に取り組む姿勢と自立心をもっています。コロナ禍でも内向きにならず、今まで経験したことのない新しいことに思い切って挑戦してほしいと願っています。そのために、授業や課外活動などで、さまざまなチャレンジの機会を設けて、学生が自分の成長を実感する「学び」を実現したいと考えています。
 「研究のビジョン」については、総合知について質問がありました。
 ここでいう総合知とは、多様な学問分野をつなげて、新たな概念や価値を生み出す研究の在り方です。研究は分野にわかれた縦割りになりがちです。しかし、複雑な問題については、特定の分野だけでゴールに辿り着くことは困難です。例えば、カーボンニュートラルについては、理工学の分野で技術開発が進んでいますが、その成果を社会で実装するためには人文社会科学系の研究も必要です。
 山形大学にはこの2年間で47名もの若手教員が加わり、総合知の研究コミュニティを創出する好機が訪れています。この機を逃さず、分野・部局・機関を超えた研究交流を一層促進する新たな取組を行いたいと考えています。
 「社会共創のビジョン」については、「地域」がどこを指すのかについて、質問がありました。
 山形大学が対象とする「地域」には複数の枠組みが考えられます。まず、山形県は本学にとって最重要の「地域」です。山形大学は、第4期中期目標期間に、山形県を活動の場とする「地域連携プラットフォーム」※を構築し、地域人材の育成と新たな地域価値の創出を進めます。さらに、学生の出身地、経済圏の広がり、医学部東日本重粒子センターの役割、大学間の連携などを考慮すると、山形大学にとっては、県を越えた「地域」での活動も大変重要です。
 目標1で、「地球的な視野」と表現した理由についても質問がありました。これは、大学の活動が地域に限定されないことを意味します。山形大学の社会共創が、山形県などと同様の地域課題、例えば農業や医療などに関する課題を抱える海外の国々にも広がることを期待しています。
 最後に、「経営のビジョン」についてですが、これまで述べてきたように、この山形大学将来ビジョンでは「コモンズ」がキーワードの一つになっています。多様な人々をつなぎ、活動するコモンズとして、地域にとって不可欠な存在となることを目指し、社会からの信頼と期待に応える大学経営を進めます。

「つなぐちから」のもと、
今後さらに
地域の持続的発展に
貢献する大学へ

――最後に、これからの山形大学への想いをお聞かせください。
 山形大学は、第2次世界大戦が終わって間もない昭和24年(1949年)に、山形県内に設置されていた5つの高等教育機関を母体として開学しました。当時は、他地域の国立大学との統合案もあったなかで、山形県に本学が設置されたことには、地域の発展を願う人々の大きな期待が込められていたと思います。その期待に応えて、これまで山形大学は10万人を超える有為の人材を世に送り出し、社会変革の原動力となってきました。
 人口減少が進む令和の時代、地域の持続的発展に貢献する山形大学への期待は、ますます高まっています。これからさらに地域との関係性を深め、地域から愛され頼られる大学になっていきたいと思います。将来ビジョンの「つなぐちから」が、多くの人に我々の想いを届ける力強い言葉となることを期待しています。

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たまてひでとし

たまてひでとし●宮城県出身。東北大学大学院理学研究科修了。専門は、進化生物学、生態・環境、生態遺伝学。理学部長、小白川キャンパス長を経て2020年4月学長就任。2022年度、山形大学将来ビジョン『つなぐちから。山形大学』を新たに策定。

※内容や所属等は2022年3月当時のものです。

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