INTEGRATED REPORT 2022 山形大学 統合報告書2022

座談会

山形の可能性と未来をつなぐ社会共創

山形大学将来ビジョンに掲げている
「社会共創のビジョン」を踏まえ「頼れる知のパートナー」として
地域と共に発展を目指す山形大学。
2022年には「社会共創推進室」が立ち上がり
総力を挙げた活動がはじまった。その未来像とは? 
玉手学長と社会共創推進室の4名のメンバーが語り合った。

山形大学 学長
玉手 英利(たまて ひでとし)

宮城県出身。東北大学大学院理学研究科修了。山形大学理学部長、小白川キャンパス長を経て、2020年度より学長に就任。専門は進化生物学、生態・環境、生態遺伝学。

山形大学 副学長/社会共創推進室 室長
大森 桂(おおもり かつら)

東京都出身。山形大学副学長(社会共創担当)。地域教育文化学部長を経て、2022年度より社会共創担当副学長に就任。専門は健康教育、家庭科教育、食教育。

社会共創推進室 副室長
下平 裕之(しもだいら ひろゆき)

福島県出身。山形大学人文社会科学部教授。2022年度より社会共創推進室副室長に就任。専門は経済学史、経済思想、コースは地域公共政策。

社会共創推進室 副室長
川田 正之(かわた まさゆき)

山形県出身。山形大学総務部企画IR課・課長。小白川キャンパス事務部教育企画係長、医学部研究支援係長を経て、2021年度より総務部企画IR課長。

社会共創推進室 室員
伊藤 雅彦(いとう まさひこ)

山形県出身。山形大学運営支援室・事務専門員。工学部入試広報係長、小白川キャンパス事務部学生課長、教育・学生支援部長兼国際交流室長、総務部長を経て現職に。

これまでのあり方とは異なる「社会共創」というビジョン

大森 県内全自治体が参画する、山形県内の産学官金医連携による「やまがた社会共創プラットフォーム」の本格的な始動に向け準備が進んでいます。これまでの社会共創活動をまとめ、見える化する「社会共創ポータルサイト」での情報発信も進んでいるところです。本日はまずは学長から、山形大学の社会共創構想の始まりについて、そして、参加の皆さんからは山形大学の社会共創についてのそれぞれの取り組みについてお聞かせください。
玉手 私は山形で暮らして21年目になります。山形は多様な文化と地域性があり、長く過ごすほどその素晴らしさを実感しています。一方で多様性があるがゆえに、それらを集約して推進力を生み出すことは難しいとも感じています。

山形県には、人口減少や全国的にみた場合の大学進学率の低さなど、多くの課題があります。それらの課題と向き合い取り組もうとするとき、最も大切なのは地域がひとつになることです。大学には、市民・自治体・企業などのさまざまなプレーヤーを結びつける役割があります。その役割を活かす必要性を感じ、地域が一丸となって取り組むための新たな枠組みを作りました。これが「社会共創」のビジョンです。

学生が考えるまちづくりプランに市民が意見をフィードバックする「金山町フィールドワーク」

下平 私は山形に来て27年になります。経済学が専門のため、当初は地域連携には全く縁がありませんでした。大きな契機になったのは、2005年から始めた金山町での学生のフィールドワークを地域活性化につなぐ事業(写真1)です。地域と連携してつくるプログラムが成果をもたらすと実感した例でした。そしてもうひとつが2010年から始めた長井市との第5次総合計画での連携です。ここでは市民が地域について考える「市民未来塾」(写真2)という仕組みをつくりました。社会共創プラットフォームでは、これらの事業を他の自治体や大学と共有できるのではと期待しています。


伊藤 私は長く学生関係の仕事に携わっていますが、学生たちの多くは都会に憧れ県外に出たがります。それは、まちに元気がないからだと私は思うのです。社会共創推進室では、まちを元気にしたいというのが私の一番の願いであり期待です。
山形大学では、2005年に「エリアキャンパスもがみ」(写真3)という地域連携の先進的なプロジェクトが動き出していますが、最上地域出身の私が社会共創推進室の一員として、このような意義ある地元の取り組みに携われることを本当に嬉しく思っています。


川田 私が山形大学で働き始めたのは16年ほど前になります。当時所属していた戦略・企画部門では、すでに社会との連携というキーワードが上がっていました。しかし、なかなか形にはならず、先生方は各々で活動を続けていましたが、全体像が見えにくかったんです。今回15年越しで、それらの活動を一元化する社会共創推進室に携わることができ、日々、喜びを感じています。


大森 地域の中核大学が社会とつながるニーズはより一層高まっています。以前から上がっていた連携の声をしっかりと位置づけたのが、この社会共創プラットフォームです。これまでの山形大学のある地域での活動事例を他の地域に横展開する動きも徐々に始まり、期待が高まっているところです。

月1回ペースで開催する長井市「市民未来塾」
学生・市民・自治体担当者が町について意見やアイデアを出し合う

最上地方全域をキャンパスに見立てて
教育・研究・地域貢献を展開するプロジェクト「エリアキャンパスもがみ」

「社会共創」から生まれるさまざまな可能性

玉手 大学はこれまで「地域貢献」という言葉を多く使ってきましたが、そこから一歩進み「共に取り組む」という想いを込めて、あえてこの言葉を選びました。また、想いを実現するだけでなく、積極的にモノやインフラを共有していくという体制がこれまでとは大きく異なります。


下平 最上地域は「エリアキャンパスもがみ」の活動からスタートし、今では金山町を中心に「Team道草」というサークル活動で、毎年学生が100名ほど地域に入っています。サークル活動の良いところは授業や単位に関係なく、学生が自主的に地域に関われるところです。この仕組みが他の自治体でも応用できると面白いのではないでしょうか。


玉手 私は社会共創の枠組みの中で学生たちが活躍することに大いに期待しています。そしてそれが結果的に大学としての教育向上につながると考えています。
さらに期待するのが、これまで単独だったあらゆる活動や事業が連携することによって起こる相乗効果です。例えば、庄内地域で循環型の経済圏を目指す「庄内スマート・テロワール構想」からは、山形大学ブランドの加工品が誕生しました。学生は地域で起こっていることに目を向け、彼ら自身が「つなぐ」役割となり、新しいものを生み出していくことができます。それから山形大学には「東日本重粒子線センター」という重要ながん治療施設拠点があり、これを核にして医療と産業振興をつなげるなど、さまざまな新しい事業を創出していくこともできるでしょう。


大森 私は地域教育文化学部で「食」を主題にした取り組みを行ってきました。2021年からは学生と共に食育をテーマにしたカレンダー(写真4)をつくっています。これを「健康」や「Well-being」の視点で展開させたり、市町村ごとの食を取り上げたら面白いと思います。農業県である山形らしい事業に発展させることもできるでしょう。

「山形市産農産物カレンダー」と「やまがた食育カレンダー」

下平 まちづくりのアイデアを地域経済の活性化につなぐためには、最後は企業の力が必要です。そういった意味で私が最も期待するのは、大学が出したアイデアをもとにお金や人を集める仕組みづくりです。このプラットフォームを活用すれば、予算が少ないまちでも効果が出やすい仕組みをつくることができるのではないでしょうか。


川田 私は自治体窓口を一元化し、地域連携活動をサポートできるような仕組みづくりにも期待します。先生方独自の自治体とのつながりや連携経験を社会共創推進室で取りまとめることができれば、支援体制がより強化され、社会共創を促すエンジンになっていくはずです。


玉手 プラットフォームのワンストップ化は、大学の経営改革という面からも重要性を感じます。自治体との関わりという点では他に、まちの発展計画に結びつけていくための、いわゆるEBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング: 証拠に基づく政策立案)という視点も欠かせません。他県ではAIを使って効果検証を始めているところもありますが、特にデータサービスや効果検証では、大学が研究対象として関わることもできます。

地域資源を活かした事業に取り組む卒業生の佐久間麻都香さん

「社会共創」と「持続可能な幸福社会」

玉手 社会共創の究極のゴールは「ここで暮らすことが幸せである」という姿をつくることだと思うのです。山形には、だだちゃ豆、舟形マッシュルーム、赤根ほうれん草など美味しい食べ物がたくさんあります。私はそういうことに幸せや豊かさを感じるのですが、これは将来ビジョンの「持続可能な幸福社会」の中で、「主観的幸福」をいかにつくっていくかということにつながっています。それは決して抽象的なものではなく、何を食べるか、どう住むか、あるいは医療・教育といった生活そのものの姿なのです。我々は社会共創を通じて、生活の質の向上を目指せるはずです。ここに住んで「いいね」と思える姿を明確にできれば、若者が山形に定着する選択肢がより明快になりますし、そんな実感が生まれる教育がいま必要とされています。


大森 私は東京出身なので、山形に来て地元の宝の多さに驚きました。庄内柿をエナジーバーにするという事業を始めた卒業生(写真5)がいます。山形大学のウェブマガジン「ひととひと」で紹介していますが、地域の宝=資源を発見し、それをグローバルに価値化するという素晴らしい活動です。


下平 地域の資源を活用するという点では、地域の歴史文化の保全・維持も重要なテーマです。いかに記録を残すかという課題では、東北芸術工科大学に強みがありますが、これもプラットフォームを活かして連携し、展開を図れる例でしょう。
玉手 大学が持つさまざまな資源を活用し、地域を価値化していくということは、社会共創の柱のひとつである「地域の保全と活用」にあてはまります。


伊藤 働く場所がなくこのまちを出ていかざるを得ないというのであれば、学生たちの「起業マインド」を育てていくことも大切ですよね。


下平 そういった教育を考えるのも社会共創の役割のひとつでしょう。文理融合的な発想ができる人間を育てるという側面として、社会共創がもたらす効果は大きいと期待しています。


伊藤 大学は「人をつくること」ができます。山形県の進学率の低さからも、学校教育から一旦離れた後でも学び直せる「リカレント教育」の場も必要ではないでしょうか?市民が身近に抱える課題を公開講座にするなど、多くの人に教育が行き渡るような仕組みを考えていけるとよいですね。


川田 教員だけでなく山形大学の職員が大学外に出て積極的に人と関わり合えば、いわゆるコーディネーター職を担うこともできます。若い人材が“つなぐ”力を培っていく場にもなりえます。


下平 地域経済の活性化からは、これまで別々だった動きがつながることで、山形のポテンシャルをうまく引き出すことができるのではと考えています。生活におけるWell-beingは、医療や子育てなどライフステージに対応する仕組みがあり初めて成立します。経済からWell-beingを考えれば、やはりこのプラットフォームが中心となり社会共創を推進していくことがますます重要になってくるでしょう。


大森 私は学生とともに「自分ごと」としてワクワクする新しい価値を見出していきたいと思っています。これまでの堅苦しく敷居が高い大学のイメージを払拭し、学生が「ここ、いいよね!」という感情を自然に持てるような、彼らの感性に少しでもフィットする価値を実現できたら嬉しいです。
また、この社会共創プラットフォームがこれまで地域活動に踏み込めなかった先生方を後押しする存在になれたらとも願っています。


玉手 大学はいつの時代も既存とは異なるアイデアで閉塞した社会を打破する装置として存在してきました。予測不可能なこの時代に、社会を先導するという大学の役割を見つめなおし、形にしたのが今回の「社会共創ビジョン」であり「つなぐちから」という言葉です。
今日はみなさんの活動事例やアイデアから、社会共創の今後の展開と可能性をより具体的にイメージすることができました。これらのアイデアを実現するためにも、今後も将来ビジョンに込めた想いの発信と、活動への提言を積極的に行っていきたいと思います。


大森 みなさん、ありがとうございました。「つながる共創の場づくり」の輪郭が見え始めてきましたね。特色と活力のある地域創りに向け、今後も自治体や企業と共同し、一歩ずつ着実に前に進んでいきたいと思います。よろしくお願いします。