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折に触れて

(02:2021年9月20日)

IPCC-WG1第6次評価報告書(AR6)の公表

 先月(2021年8月)10日の新聞各紙は、前日にパリで公表されたIPCC報告書の衝撃的な内容を報道していた。IPCCとは、「気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change)」のことで、世界気象機関(WMO)と国連環境会議(UNEP)を共同スポンサーして、1988年に設置された国連の一機関である。IPCCには第1作業部会(WG1)から第3作業部会(WG3)までの3つのワーキンググループ(WG)があり、今回の報告書は地球温暖化の自然科学的根拠を評価するWG1が公表したものである。設置以来6番目となる評価報告書であるので、通常AR6(6th Assessment Report)と呼ばれる。

 どの新聞も大きな扱いであったが、朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞は第1面の紹介記事に加え、他の面に解説記事も掲載した。掲載された記事の見出しを取り出してみると、次のようになる。

 「20年以内 1.5度に上昇/IPCC報告書 対策した場合も」(朝日新聞、第1面:複数の見出しを/で区切った。以下、同様)、「『人間が生んだ危機』断定/気候影響 数千年続くと予測」(同紙、解説記事)。「気温『21~40年に1.5度上昇』/IPCC 温暖化対策講じても」(読売新聞、第1面)、「最悪シナリオ『4.4℃上昇』/温室ガス『ゼロ』対策訴え」(同紙、解説記事)。「気温1.5度上昇10年早く/IPCC報告『21~40年に』」(日本経済新聞、第1面)、「気候変動リスク 切迫/『50年排出ゼロ必須』」(同紙、解説記事)。

 評価報告書には、進行している地球温暖化への自然科学的評価に加え、数値モデルを用いた将来予測も記載される。今回のAR6のポイントは二つあり、その一つが3紙とも見出しで表現した内容である。すなわち、産業革命が起こる前の気温から1.5度上昇する時期は、これまで今世紀半ば(2050年前後)と予測されていたのに対し、最新のモデル結果では10年以上も早く達するとの結果が出たというのである。

 産業革命以前の気温から2度まで、可能であれば1.5度の上昇に抑えたい、というのが世界各国の共通理解となっている。2013年に公表された第5次評価報告書(AR5)では、1.5度に達するのは2050年ごろと想定されていたのだが、今回のAR6では、これが10年も早く到達してしまうことが予測されたのである。もちろん、私たちの努力で二酸化炭素等の温室効果ガスの増加を抑制することができるが、精いっぱい努力したとしても、すなわちどんな対策を講じたとしても、1.5度上昇はもはや避けられないとの予測結果である。

 二つ目のポイントは、「政策決定者向け要約(SPM)」の最初のヘッドライン・ステートメント‘A.1’で述べられた「現在進行中の地球温暖化は人為起源である」と断定したことである。以下に、具体的な英文表現とその和訳を示しておく(英文はIPCCのウェブサイト、和訳は気象庁のウェブサイトより:末尾にURLを示す)。

A.1 It is unequivocal that human influence has warmed the atmosphere, ocean and land. Widespread and rapid changes in the atmosphere, ocean, cryosphere and biosphere have occurred.

A.1 人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことは疑う余地がない。大気、海洋、雪氷圏及び生物圏において、広範囲かつ急速な変化が現れている。

 IPCCの報告書では、どの国のいかなる人でも同じ理解になるよう、言葉を定義して使ってる。今回の表現は、99%以上の確率で確かであるときに使う「virtually certain(ほぼ確実)」よりもさらに強い「it is unequivocal that ~(~ということは疑う余地がない/~ということは明確だ)」なる表現が使われた。新聞各紙は、この表現をもって「断定した」との表現で紹介したのである。

 2001年公表の第3次評価報告書(TAR)では66%以上の確からしさ(英語ではlikely)で、私も主執筆者として参加した2007年公表の第4次評価報告書(AR4)では90%以上の確からしさ(very likely)で、そして2013年公表の第5次評価報告書(AR5)では95%以上の確からしさ(extremely likely)で、地球温暖化への人類の関与を指摘してきた。今回は99%以上の確からしさ(virtually certain)を超えて、「断定」(unequivocal)したことになる。

 IPCCの評価報告書は、‘現時点で大部分の研究者が同意できる内容’を取りまとめたものと位置付けられている。もちろん研究者の中にはこのような結論に納得しない人(地球温暖化懐疑論者と呼ばれている)がいる。しかし、残念ながら彼らからの反論は情緒的なものはあって、科学的な反論はほとんどない。したがって、彼らと議論しても、議論が深まらないままに終わることが多い。

 この11月、英国グラスゴーで、第26回の「国連気候変動枠組み条約締約国会議」が開催される。この会合は、「国連気候サミット」や単に「COP」(次回はCOP26)と呼ばれることも多い。当初、昨年秋に開催予定であったが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにより、延期されていたものである(パンデミックが収まらない中、再延期を望む声もある)。

 COP26では、今回のAR6の報告書に基づき、各国がこれまで以上に温室効果ガス削減のための施策を打ち出すことへの期待がかかる。

 我が国の温室効果ガス排出削減の目標であるが、昨年10月26日に、菅総理大臣が所信表明演説で、「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言し、国民に衝撃が走った。さらに、今年の4月22~23日に開催された米国気候サミットにおいて、菅総理大臣は「2030年度に、2013年度比で46%の削減を行う」ことを宣言した。これらの目標は、米国からの圧力により政治的に決まったと捉えられているが、その実現可能性はともかく、諸外国からは好意を持って受け止められた。

 現在の技術で2050年までにカーボンニュートラルの社会を作ることは容易ではない。しかし、このような原因を作ったのが人類であれば、これを解決するのも人類しかないことは当然である。COP26では、世界各国が‘宇宙船地球号’に対して同じ認識を持ち、これまで以上に積極的な施策が講じられることを期待したい。11月のCOP26は注目である。

【文書のURL】
 英文(IPCC-WG1-AR6 SPM):
 https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg1/downloads/report/IPCC_AR6_WGI_SPM.pdf

 和文(気象庁暫定訳)
 https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar6/IPCC_AR6_WG1_SPM_JP_20210901.pdf