ホーム > 大学紹介 > がっさん通信 > 折に触れて_03

折に触れて

(03:2021年10月20日)

最近読んだ本から(2021年4・5月)

 がっさん通信「最近読んだ本から」の欄はこの8月から始めたが、原稿はこの4月から7月までも作成していた。そこで、これらの本も2回に分けてこの「折に触れて」の欄で紹介したい。なお、それぞれの本に付けた番号は、前の大学時代からの通し番号とした。

<325>

 

著者

佐藤 優/松岡 敬(さとう ゆう:作家、同志社大学・特別顧問[東京担当]、神学部客員教授/まつおか たけし:同志社大学・学長、専門は機械工学)

著書 いま大学で勉強するということ ー「良く生きる」ための学びとは
出版社等

岩波書店、2018年8月3日、150ページ

一言紹介

本書は、同志社大学の現学長松岡氏と、同大卒業生で元外務省に努め現在は作家として活躍する佐藤氏の対談をまとめたもの。現代に必要な大学教育を考える。1991年、いわゆる「大綱化」によって教養教育は専門教育の陰に隠れてしまった。今の時代にこそ教養教育が大事だと復権を訴える。「教養教育を第一義的に設定し、そこをしっかり捉えた人物を養成する。社会に出てから専門性を高めていく」、「教養は『土壌』、解を生み出すための統合データベース」、「知識基盤となる教養教育の位置づけは非常に大切」。多くの学生は修士課程までは進むとし、最初の3年間は教養教育に充てる、グローバル・リベラルアーツを副専攻とするカリキュラムを作る、などのアイデアが提出される。ところで、同志社大学の創設者の一人、D.W. ラーネット博士愛誦句に、「Learn to Live and Live to Learn」というのがあるのだそうだ。いい言葉である。
(2021年4月)

<326>

 

著者

田澤 拓也(たざわ たくや:ノンフィクション作家)

著書

1976に東京で

出版社等

河出書房新社、2021年4月30日、201ページ、書下ろし作品

一言紹介

主人公のタカザワは、太宰と同郷の津軽出身。早稲田大学法学部を出て文学部の学士課程に再入学する。そして1976年4月、蒼学館(小学館)に入社し、「週刊マンデー(週刊ポスト)」編集部に配属される。忙しい毎日を送る中、大学時代に同棲し結婚していたKと離婚する。その後、スナック知り合った放送作家Fと半同棲することになるが、Fは急死してしまう。社会人1年目の1976年、春、夏、秋、冬はこうして過ぎていった。この年は、田中角栄前首相がロッキード事件で逮捕された年であり、本作品は作者の自伝的小説(のようである)。著者と同じ年に生まれた私は、1976年に大学院に進学した。それまでは学内での学習よりも学外での活動で学ぶことが多かったが、研究室での専門分野の学びに大きく舵を切った年であった。自分の思いでも絡ませながら、私はこの作品をほろ苦く味わった。
(2021年4月)

<327>

 

著者

古賀 太(こが たけし:日本大学芸術学部・教授、専門は映画史)

著書 美術展の不都合な真実
出版社等

新潮社、新潮新書(831)、2020年5月20日、210ページ

一言紹介

著者は、国際交流基金や朝日新聞社で展覧会の企画に携わってきた経歴を持ち、美術展の裏表に精通している。その著者が見た不都合な真実とは何か。日本の美術展では「何々美術館展」がやたらに多い。世界の常識は、美術館間の作品の貸し借りには借料はないのだそうだ。それがどうだろう、海外の著名美術館が建物を改修するとき、日本の美術館は多額の借料を払い多くの作品を一挙に借り上げる。貸すほうも高額の収入となることから、修復ための費用の一部に組み入れるのだそうだ。美術展は従来、学芸員が長期間かけて企画を練って行うのが常であった。それがいつしか新聞社が企画を持ち込み、そしてテレビ局が番組の制作も含めて主導するようになった。必然的に美術展は大規模化し、イベント化し、入場料も高額になる。ある美術展では2,500円の入館料となった。著者は、学芸員が育つためにも、地道なしっかりした企画で美術展の開催を期待していると結ぶ。同感である。
(2021年4月)

<328>

 

著者

柏 耕一(かしわ こういち:交通誘導員、元編集者・著述業)

著書

交通誘導員ヨレヨレ日記:当年73歳、本日も炎天下、朝っぱらから現場に立ちます

出版社等

河出書房新社、2019年7月20日、208ページ

一言紹介

今や大人気となった「日記シリーズ」の第1弾。この後、「派遣添乗員ヘトヘト日記」、「マンション管理人オロオロ日記」、「メーター検針員テゲテゲ日記」などが出版される。さて、本書の話。出版業界で編集の仕事をしていたが、数千万円の借金を作ってしまう。出版の仕事をしながらも、仕方なしに始めた交通誘導員の仕事。雨の日も風の日も、そして晴れた日も、交通誘導に取り組む。悲喜こもごもの毎日。交通誘導員にとって何が問題なのか。多くの場合、一人の仕事はなく、チームを組んでの仕事となる。息の合わない相手と組むことは最悪の状況、などなど、知らないことばかり。ところで、交通整理ではなくあくまでも誘導員であるので、ドライバーは従う必要はないのだそうだ。インターネットで調べたら、この本は大ヒットし、漫画版も出版されたそうだ。金銭的に一息ついたのであろう、現在著者は交通誘導員の仕事はしていないとのこと。
(2021年5月)

<329>

 

著者

野口 卓(のぐち たく:小説家)

著書

からくり写楽 蔦屋重三郎、最後の賭け

出版社等

新潮社、新潮文庫(の-16-3)、2021年4月1日、491ページ、同社より2018年9月に刊行した『大名絵師 写楽』を改題して文庫化したもの

一言紹介

1794年の皐月、歌舞伎役者の大首絵28枚が突然出版された。その後の10月間で百数十点描いて、忽然と姿を消した謎の絵師、東洲斎写楽の真相に迫った小説。活躍した期間の短さと、写楽の実像を伝える資料がないことから、当時から写楽の正体について憶測が飛び交ってきた。この小説は、写楽は阿波徳島藩の隠居したお殿様、‘蜂須賀重喜’であるとする。写楽の活動のシナリオは、すべて版元の蔦屋茂三郎の手による。写楽は、幕府の取り締まりにより資産半減のお咎めを受け、窮地に陥っていた蔦屋の、起死回生のための絵師であった。歌舞伎の皐月興行の役者絵は爆発的に当たるも、続く盆興行、そして顔見世興行の役者絵では、次第に平凡な作品になってしまう。それは何故なのか。ところで、現在写楽は、徳島藩お抱え絵師斎藤十郎兵衛というのが定説だという。では、斎藤と蔦屋の結びつきは何か、写楽にまつわる話、なんとも興味が尽きない。
(2021年5月)

<330>

 

著者

山本 義隆(やまもと よしたか:学校法人駿河台予備校講師、科学史家)

著書 リニア中央新幹線をめぐって 原発事故とコロナ・パンデミックから見直す
出版社等

みすず書房、2021年4月9日、177ページ+8ページの注記、「10・8山崎博昭プロジェクト」ウェブサイトに掲載された2つの記事に、大幅に加筆・改稿して書籍化したもの

一言紹介

リニア中央新幹線の建設がいかに不合理かを多角的・多面的に問うた書。現在の日本は、果たして東京と大阪を40分間で結ぶ高速交通網を必要としているのだろうか。リニア中央新幹線が1人を運ぶのに必要なエネルギーは、現在の新幹線の4倍であり、原子力発電所の再稼働を前提とした計画である。経路のほとんどがトンネルとなるが、掘削に伴う残土処理問題、地下水脈に与える影響・水枯渇問題など、環境にも深刻な影響を与えかねない。推進者は活動圏の拡大を主張するが、高速交通網の整備は「ストロー効果」により、ますます東京一極集中をもたらすことは、歴史が証明している。JR東海の事業であったものが、いつしか日本を巻き込んだ事業となった。それは、JR東海の葛西社長と安倍総理大臣の蜜月関係にあったからに他ならない。事業の進行を止めること、すなわち、開発の中止がもっとも賢明な選択肢である。まったく同感である。
(2021年5月)