ホーム > 大学紹介 > がっさん通信 > 折に触れて_04

折に触れて

(04:2021年11月20日)

ノーベル賞とイグ・ノーベル賞

 今年(2021年)のノーベル物理学賞受賞者の一人は真鍋淑郎博士であった。地球温暖化や気候変動の研究をしている世界中の研究者の誰もが知っている研究者である。私も1980年代以降、真鍋さんの研究の‘追っかけ’をしていた時期があった。発表される論文のどれもが、数値モデルを用いた新しい試みと、新しい成果で埋め尽くされていたからである。

 10月5日(火)の夜、ノーベル財団から物理学賞の受賞者が発表されて1時間ほどたってからであろうか、毎日新聞科学環境部から取材があった。博士を知っている者としてこの受賞はとても嬉しいこと、日本人として大変誇らしいこと、1990年代プリンストン大学で真鍋さんの研究室を訪問した際に最新の研究成果をまくしたてられたこと、真鍋さんの出版する論文のどれもが必読の論文であったこと、などをコメントした。これらのコメントの一部は、毎日新聞電子版で紹介された。

 私の専門である海洋物理学を含む地球物理学の分野はノーベル賞の対象ではないので、真鍋さんの受賞にはみんな驚いている。しかし、その授賞理由、「for groundbreaking contributions to our understanding of complex systems」を読むと納得できる。すなわち、「複雑系についての私たちの理解に対する画期的な貢献に対して」として受賞したのである。真鍋さんの場合の複雑系とは、多くの要素が複雑に絡み合い、かつ相互作用する系である「気候システム」に他ならない。真鍋さんの研究の偉大さは、物理学的な手法で複雑系の解明に迫るための道筋と、大気海洋結合(気候)モデルとい研究のツール(手段)を作ったことにある。

 さて、ノーベル賞の発表に続いて、10月10日(日)には、イグ・ノーベル賞が発表された。今年も‘動力学賞’として、スマホを持って歩行する人がいると対面通行がどれくらい乱されるかを実験的に調べた、「歩きスマホ」の研究で日本人研究者3名が受賞した。

 イグ・ノーベル賞は、インターネット・ジャパンナッレッジ版『日本大百科全書(ニッポニカ)』では、次のように説明されている(末尾にURLを示す)。

 「ノーベル賞のパロディとして1991年に創設された、世界中の独創性に富んださまざまな研究や発明などに対して贈られる賞。イグ ノーベル Ig Nobel という名称は、ノーベル賞と英語の『ignoble(あさましい、不名誉の)』を組み合わせたもの。接頭語としてのigには否定的な意味があり、『裏ノーベル賞』ともいわれる。」

 「1991年にイスラエルの科学関係雑誌『The Journal of Irreproducible Results(再現不能な結果ジャーナル)』の編集者エイブラハムズ Marc Abrahamsによって創設」され、「1995年からは、アメリカでエイブラハム自身により創刊された『The Annals of Improbable Research(ありそうもない研究年報)』が主催」となった。この賞は、「人々を笑わせ、そして次に考えさせる業績」という選考基準を重視して選ばれるという。

 今回の受賞で、日本人の受賞は15年続いたことになる。私は、イグ・ノーベル賞の受賞はその国の研究(者)の層の厚さを物語るもので、その意味で大変喜ばしいことと思っている。

 さて、この賞の受賞者が発表になってしばらく経った10月17日(日)の河北新報朝刊に、「『シマウマ』で虫よけ/山形・小国で効果検証/吸血中の接近減らす?/放牧時 ストレス軽減も」の見出しを持つ記事が掲載された。

 牛に幅5センチメートルほどの白い縞を何本も、シマウマの縞のように描いたところ、「頭を振る」、「足踏みをする」などの虫を忌避する行動が、4割から8割も少なくなったことが分かったというのである。もともと、牛を縞模様に塗ると、近寄る吸血中の数が減るという実験結果があり、これに着目した実験であった。この実験は、遊休農地を放牧地としての活用に向けた準備の一環だという。

 この実験を主導したのは米沢市にある県置賜総合支庁で、小国町の畜産会社が協力したという。会社の人は、「こんなに効果があるとは思わなかった。来年は機会があれば放牧場に出してみたい」と話しているそうだ。この記事には、白い塗料でシマウマのように白い縞が描かれた牛の写真が掲載されていた。来年は放牧場で‘シマウシ’を見ることができるかもしれない。

 ところで、白い縞が、どうして吸血虫の接近を抑制するのだろう。日本の吸血虫は本物のシマウマを知る由もない(?)ので、白と黒の帯状の模様が、吸血虫を遠ざける何らかの効果を持っているのだろう。また、シマウマ(哺乳綱ウマ目ウマ科ウマ属のうち白黒の縞模様を持つ系統)がいるのに、どうしてシマウシはいないのだろう、などと思ってしまった。

 このような実験を続けて一層定量化し、考察をもっと深堀して研究論文まで持っていければ、今後立派なイグ・ノーベル賞候補の研究となりうると思うのだが、さて如何だろうか。

 【日本大百科全書(ニッポニカ)のURL】
 https://japanknowledge.com/introduction/keyword.html?i=232