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折に触れて

(05:2021年12月20日)

最近読んだ本から(2021年6・7月) 

 今年(2021年)4月から7月まで準備していた「最近読んだ本から」の欄の原稿を2回に分けて紹介している。本稿はその2回目で、6月分と7月分である。なお、それぞれの本に付けた番号は、前回と同じく前の大学で行っていたものからの通し番号である。

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著者

橘木 俊詔(たちばなき としあき:京都大学名誉教授、専門は労働経済学)

著書

大学はどこまで「公平」であるべきか 一発試験依存の罪

出版社等

中央公論新社、中公新書ラクレ(714)、2021年1月10日、189ページ

一言紹介

著者は、「本書執筆の動機は『大学入試共通テスト』の構想が頓挫して、宙に浮いている現状を憂えたことにある。(略)日本の入学試験が『公平性』に価値を置いているのは悪いことでないと述べたが、教育全般に関して入試以上に大切な『公平性』があるとも主張したことになる」(183ページ)と述べる。本書は大学活動全般における公平性を振り返ったもので、その意味で「一発試験依存の罪」なる副題はミスリーディングである。また、著者の留学の経験から、アメリカ・フランス・ドイツの入学試験や大学教育の状況との比較も本書の特色である。本書で著者は、進学率が5割を超える現在、研究(教育)に特化する大学や学部、教員がいてもいいのでは、との問題提起を行う。教員で言えば、研究と教育のどちらが‘上’ということではなく、各人の特質を活かすことが大切であるとする。また、東京の一極集中の危うさを指摘し、大学の地方分散を訴える。
(2021年6月)

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著者

前田 啓介(まえだ けいすけ:読売新聞文化部記者、戦争に関するテーマで取材続ける)

著書

辻政信の真実 失踪60年-伝説の作戦参謀の謎を追う

出版社等

小学館、小学館新書、2021年6月8日、446ページ

一言紹介

故半藤一利は辻政信を‘絶対悪’と呼んだ。2021年は辻失踪の60周年にあたる。「今だからこそ見えてくる真実がある。(略)この作戦参謀の実像に迫ってみたい。辻政信とは一体、何者であったのか、神なのか、悪魔なのか、あるいはーーと」(14ページ)。本書は新たに見出された失踪時の資料も加えて、辻の生涯が描かれる。ノモンハン事件で果たした役割で語られることの多い辻であるが、本書で別の一面を垣間見ることができる。「(略)何とか本書を書き上げてはみたものの、結局、辻政信という人間が何者であったのか、最後までつかみきることができなかった、というのが正直な思いだ。もちろん、どこか一面を切り取って辻の人物像を断ずることはまったく難しいことではない。ただ、どうしてもそれはできなかった。辻に会った人の証言になるべく忠実に、そして資料をもとに淡々と辻を書ききったことこそ、本書を刊行した意義だと自負している」と結ぶ(436ページ)」。
(2021年6月)

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編集

昭文社編集部(「トリセツ」編集チーム)、アッシュ(田口学)、MOVE(三浦桜子)、執筆者11名の氏名は省略

著書 山形のトリセツ 地図で読み解く初耳秘話 
出版社等

昭文社、2021年8月1日、111ページ

一言紹介

地図作りに定評のあるの昭文社が出版している「トリセツ」シリーズの1冊。すでに30都道府県は出版済みで、本書は31冊目。山形県がどのように紹介されているのか、副題のキャッチコピーに魅かれて手に取った。「地図で読み解く山形の大地」「山形を駆け抜ける鉄道網」「山形で動いた歴史の瞬間」「山形で育まれた産業や文化」の4パートからなる。網羅的でも、全体を俯瞰しているわけでもなく、つまみ食い的な記述であり、また、取り上げられた話が秘話と言っていいかも疑問で、欲求不満であった。とは言いつつも、山形県を手っ取り早く知るには格好の冊子かもしれない。山形県の地域区分とそれぞれの文化を知るには、江戸時代の‘藩’の配置とその歴史などを知ることが肝要であるが、その点は上手に紹介しているのではなかろうか。
(2021年6月)

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著者

ヤマザキ マリ(やまざき まり:イタリア在住の漫画家、エッセイスト、コロナ禍の中、現在は日本滞在)

著書

ヤマザキマリの世界逍遙録

出版社等

JALブランドコミュニケーション、2021年3月31日、173ページ、JALグループ機内誌『SKYWARD』で連載中の「ヤマザキマリの世界逍遙緑」から30編と、JALカード会員誌・機内誌『AGORA』掲載の「タイ北部紀行」前後編を再編集したもの

一言紹介

著者は、14歳の時、母親の‘たくらみ’でドイツ・フランスを一人で旅行するはめに。結婚後も著者は、連れ合いの仕事の関係からあちらこちらと世界中を飛び回り、そして居を構えることになる。本書は、世界各地で感じたり、考えたりしたことを、‘心象風景画’を添えて書いたエッセイ集。記述する対象により、30編のエッセイは、温泉、文化、動物、家族、グルメ、遺跡に分類された。また、チェンマイを中心とした「タイ北部紀行」と題する、写真を多用した紀行文も収められた。著者は、世界中の多様な文化、人々、そして生き方を見て、触れて、それらのあるがままを受け入れる姿勢は、清々しい。
(2021年7月)

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著者

片岡 龍峰(かたおか りゅうほう:国立極地研究所准教授、専門は宇宙空間物理学)

著書

日本に現れたオーロラの謎 時空を超えて読み解く『赤気』の記録

出版社等

化学同人、DOJIN選書087、2020年10月31日、175ページ

一言紹介

著者の属する国立極地研究所は、国文学研究資料館と同じ建物にあり、双方とも総合研究大学院大学(総研大)所属の学生を指導している。総研大では5年間にわたる「オーロラ4Dプロジェクト」が行われ、著者はその代表を務めた。本書はこのプロジェクトの軌跡と成果を記したもの。副題の赤気(せっき)は赤色のオーロラのことであり、日本の文献に古来より記載されてきた。第一章は藤原定家『明月記』で記載された1204年2月21日の例が、第二章では『星解』に記載された1770年9月17日の例が、第三章では1958年2月11日に出現した例が、第四章では『日本書記』に記載された620年12月30日の例が述べられる。写生した図も残っており、日本で観察された赤気はちょうど扇子の骨のように、水平線の1点から上空へと広がっているものが多い。著者は低緯度でオーロラを観察すると、形状はまさにそうなることを証明した。本書はまさに文理連携の成果の書である。
(2021年7月)

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著者

辻 政信(つじ まさのぶ:帝国陸軍軍人、ノモンハン事件時の関東軍参謀、戦後は国会議員、1961年に東南アジアで失踪する) 

著書

ノモンハン秘史 [完全版]

出版社等

毎日ワンズ、2020年8月7日、298ページ

一言紹介

戦争の勝ち負けは、何で判断するだろう。目的があった戦争なら、それが達成されたかどうかが判断の基準となる。であるならば、国境を巡って争われたノモンハン事件(モンゴルではハルハ河の戦いと呼ばれる)は、ソ連の主張していた国境を認めることでこの戦争は終結した。したがって、日本の敗けである。しかしながら、著者は「勝ったとはいえないも、断じて負けてはいない」と強弁する。本書に前文を寄稿した某大学教授は、死者の数の多さをもって勝ち負けを主張し、勝ったとする。ノモンハン事件とはいったい何であったのか、現在でも議論の的である。多くの歴史家がノモンハン事件の首謀者と見る辻政信自身による本書、後味が悪いだろうなと覚悟して読んだのだが、やはりそうだった。全編自分本位で、‘浪花節の世界’に浸っている。本書には、著者が起草しこの戦争の原因となった『満ソ国境紛争処理要綱』の記述は一切ない。それはないだろうに!
(2021年7月)