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折に触れて

(24:2023年7月20日)

                   観測史上最も暑い日と温暖化懐疑論者

 この(2023年)7月10日(月)、「速報値によると、観測史上最も暑い週となった。前例のない海面水温と南極海氷の消失(Preliminary data shows hottest week on record. Unprecedented sea surface temperature and Antarctic sea ice loss)」なる見出しを持つ記事が、WMO(世界気象機関)のウェブサイトのNewsの欄に掲載された。(末尾にURL記載)

 この記事によると、日本の気象庁が公表している「JRA-3Q」(気象庁第3次長期再解析データ)を用いて解析したところ、7月7日(金)の世界平均気温が17.24℃となり、これまでの記録である、強力なエルニーニョが起こっていた2016年8月16日の16.94℃を、0.3℃も上回る値であった、とのことである(図1)。なお、エルニーニョが起こると、世界平均気温は0.1~0.2℃上昇することが知られている。

 記事の見出しで、dataにpreliminaryが付いているのは、気象庁のデータが確定値でなく、まだ速報値であることを意識してのことである。後に確定値が出た段階で正式なものとなるが、この日が過去一番暑かったとの結果は、定評のある他の2つのデータの速報値とも整合的であったとのことである。

 また、先月6月の平均気温も、ヨーロッパ連合コペルニクス気候変化サービスとWMOの共同解析によると、1991年から2000年の平均に比べると、0.5℃も高い気温であり、それまで最高であった2019年6月の記録を、はるかに更新したという。

 このような高温は、5月と6月の海面水温が同じく記録的に高温だったことによる。とりわけ北大西洋の高温が顕著であった。この理由は、短期の特異な大気循環と長期の海洋変動とが組み合わさった結果であると推測されている。

 また、南北両半球の海氷面積についても言及されている。6月の南極の海氷面積は、人工衛星による観測が始まって以来、最小の面積だったという。最小だった2022年の面積よりも、さらに120万平方キロメートルも縮小していた。なお、北極の海氷面積は平均よりもやや縮小しているだけであり、過去8年間の6月の平均面積よりはだいぶ広かったという。

 さて、記事はここまでであるが、WMOの主要解析データとして気象庁のデータが使われたことは大変喜ばしいし、以前、一連の事業の推進に関係していたものとして誇らしい。「JRA-3Q」の正式名称は、「Japanese Reanalysis for Three Quarters of a Century」の略で、直訳すれば、「3四半世紀間の日本の再解析」となる。JRA-25(2005年公表)、JRA-55(2013年公表)に次ぐ、3回目の再解析事業で、データは2022年に公表された(末尾にURL)。このデータは、その後、日々更新されている。

 「再解析」は専門用語で、可能な限り入手した様々な過去の観測資料と、数値予報で使用されるその時代の最良の数値モデルを用いて計算し、時間的・空間的に均質で高精度のデータを作製することをいう。こうして再生されたデータを、「再解析データ」と呼ぶ。

 観測値だけでは、時間的・空間的に‘まばら(疎)’であり、それらのみの利用では現象の全貌にせまることは難しい。そこで、数値モデルに観測値を入れて計算することで、物理(運動学)的にも、熱力学的にも、互いに整合性のあるデータを作製することができる。世界の主要気象センターで試みられている事業である。中でも多く使われているのは、世界で6つの再解析データで、JRA-3Qがその一つであることは言うまでもない。

 ところで、先月(2023年6月)24日(土)のS新聞の記事に目が留まった。小さな囲み記事であったが、同紙が主催した講演会で、ある方が講演したことを伝えていた。そしてこの記事には、講演の概要も記されていた。

 この方は、「顕著な気温の上昇や台風の頻発、豪雨の激甚化は起きていない」と指摘し、さらに、「WMO(世界気象機関)が『異常気象が50年で5倍に増えた』と気候危機をあおっているのは、脱炭素を仕掛けるためだ」との見解を示したのだという。

 さて、この方の講演の内容である。講演者が述べている「顕著な気温の上昇」や「豪雨の激甚化」は、既にデータできちんと証明されている、と私は考えている。一方、温暖化と台風の関係については、台風の数の増減は不明瞭で、むしろ減るのではないかとの指摘もあったし、現在のところ頻発もしていない。ただ、強い大型の台風、スーパー台風などと呼ばれているが、その出現割合は増えるのではないかと予測されている。すなわち、台風については、「頻発は起きていない」とのステートメントは私も同意する。

 ともあれ、この方は地球温暖化を否定する立場に立っていることは明白である。現在、温暖化の議論に対して、異を唱える人たちがいる。①温暖化それ自体を認めない立場、②温暖化していることは認めるが、その原因が温室効果気体の増加とは無関係とする立場、③温暖化も、その要因が温室効果気体であることも認めるが、現在の一連の温暖化抑制の施策に反対の立場、という、大別して3つの立場の人たちである。①や②の立場の人たちを総称して、‘温暖化懐疑論者’と呼んでいる。

 20年も前であれば、確かに①の立場の研究者も多かった。1970年代半ばより、顕著に世界平均気温が上昇し始めたが、自然が持っている変動、これを自然振動(natural oscillation)と呼ぶが、その影響もあるというので、気温の上昇は、即温暖化である、と判断することに慎重な研究者である。しかしながら、1970年代半ばから既に50年を経て、温暖化は観測資料としても、計算機によるシミュレーション結果からも、疑いようのない事実として多くの研究者に受け入れられている。

 さて、この方は、S紙に定期的に執筆している方で、現在叫ばれているような地球温暖化防止策を進めることは、日本経済にとって好ましくない、との立場をとっている。この方がそのような主張を繰り返していることは分かっていたが、それでも温暖化それ自身を否定しているとは考えてもいなかったので、驚いた次第である。

 温暖化が起こっていないとする温暖化懐疑論者の人たちを納得させるにはどうすればよいのだろう。これまでの私自身の経験もそうなのであるが、何を言ってもこの人たちは耳を貸さないのだろう。『ローマ人の物語』(新潮社、全15巻)の著者、塩野七生さんは、ユリウス・カエサルの言葉、「人間ならば誰にでも、現実の全てが見えるわけではない。多くの人たちは、見たいと欲する現実しか見ていない」を紹介した。確かにそうなんだろうな、とため息が出る。

【参考となるURL】
1.WMOの記事を掲載しているウェブサイト
  URL: https://public.wmo.int/en/media/news/preliminary-data-shows-hottest-week-record-unprecedented-sea-surface-temperatures-and

2.「JRA-3Q」を紹介している気象庁のウェブサイト
  URL: https://jra.kishou.go.jp/JRA-3Q/index_ja.html#JRA-3Q

 

図1.気象庁JRA-3Qデータを用いてWMOが解析した、世界平均の日平均気温の時系列。黒の滑らかな線は平年値(1991年から2020年までの30年間平均値)。青い線は2016年、オレンジの線は2023年。2023年は最後のところが低温側に折れ曲がっているので、7月9日ごろまで書かれていると推測される。出典はWMO(URL参照)。