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最近読んだ本から

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著者

元村 有希子(もとむら ゆきこ:毎日新聞・論説委員、元科学環境部長)

著書

科学のトリセツ

出版社等

毎日新聞出版、2022年4月5日、255ページ、『サンデー毎日』連載の「科学のトリセツ」、2018年4月3日発売号から2022年2月8日発売号に掲載された中から選び、加筆をしたもの

一言紹介

収められたエッセイは、その時々の科学がらみの話題を分かりやすく読み解いた‘トリセツ’(取り扱い説明書)であるとする。毎号読みきりであるが、数週にわたり同じテーマを取り上げることも。148編のエッセイは、「(複雑な)現代社会のトリセツ」「コロナ時代(とその後)のトリセツ」「人生100年時代のトリセツ(カガク味)」の3章に分類された。人類を救うことになる新型コロナウイルス感染症のワクチンを開発したカタリン・カリコ博士の言葉を紹介し、彼女の謙虚さを伝える。「研究者はロックミュージシャンと同じ。(演奏を)聴いてくれる人がいる限り、老いても続けるのです。呼吸をするように」(208~209ページ)。言論人として為政者に対する批判も忘れていない。「選挙で勝ったという事実を『全国民の信任を得た』と都合よく解釈し、やりたい放題やったのが安倍晋三政権であり、それを継承した菅義偉政権だった」(211~212ページ)。
(2022年5月)

<029>

 
著者

小松 貴(こまつ たかし:在野の昆虫研究者、特に好蟻性昆虫の研究)

著書

怪虫ざんまい 昆虫学者は今日も挙動不審

出版社等

新潮社、2022年4月20日、254ページ、新潮社『波』の2020年1月号から2021年8月号にかけて19回にわたり連載された「にっぽん怪虫記」に加筆修正を行い、再編集をしたもの

一言紹介

著者は信州大学で理学の博士号を取得した後、九州大学の熱帯農学研究所、国立博物館協力研究員を経て、‘主夫’となった。多くの著書を出版していたことから月刊誌『波』に連載を始める。直後、新型コロナウイルス感染症のパンデミックとなり、研究にとって致命的とも言える‘足’のない状態となる。本書はそのような状況下で奮戦する昆虫研究者の日常を記したもの。いろんな昆虫がいるものである。著者は井戸水を汲み上げたり、沢を掘ったりして、水の中や近くに棲む大きさ数ミリメートルのチビゴミムシ亜科(オサムシ科)の虫たちを探しまくる。これらの虫は乾燥を嫌い地下に潜ったのだそうだ。その結果目を退化させ、ある虫は現在‘メクラチビゴミムシ’と呼ばれている。なんとも凄まじい名前である。ところで、杓子定規に自然保護を声高に訴える人たちに対する著者の怒りは相当なものだ。本書に記された著者の主張はなるほどと思える。
(2022年5月)

<028>

 
著者

山極 寿一(やまぎわ じゅいち:出版当時は京都大学・総長、専門は霊長類学、特にゴリラの研究、現在総合地球環境学研究所・所長)

著書

スマホを捨てたい子どもたち 野生に学ぶ「未知の時代」の生き方

出版社等

ポプラ社、ポプラ新書184、2020年6月8日、192ページ

一言紹介

本書は、著者の研究対象であるゴリラ世界(社会)での体験に基づく提言の書。他者と頭(字面)だけで繋がるのではなく、「面と向かって声で話し、相手の表情や態度をきちんと読んで付き合うことが必要」であるとする。「人間の五感は人と会って身体で共感し合うために作られている」(188ページ)と断定する。すなわち、スマホに頼りすぎてはいけないとし、‘スマホ・ラマダン(断食)’を推奨する。また、「人間の社会性は、食料を運び、仲間と一緒に安全な場所で食べる『共食』から始まりました」(108ページ)とし、その重要性を強調する。実際、食べ物を分配する行為と共感力は密接に結びついているという。そして、動物は家族を持っているのが当たり前のように思われるが、実は人間だけであり、それには「共食」が大きな役割を果たしているという。AIに支配されないためにも、人間の幸福とは何かを考えるべきであるとする。この主張に私は共感する。
(2022年5月)

<027>

 
著者

中島 彰(なかじま あきら:サイエンスライター)

著書

早すぎた男 南部陽一郎物語り 時代は彼に追いついたか

出版社等

講談社、ブルーバックス(B2183)、2021年10月20日、318ページ

一言紹介

2008年に、益川敏英(1940-2021)さん、小林誠(1944-)さんとともに、ノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎さん(1921-2015)の生涯を、研究と人となりに焦点を当てて紹介した本。先見性と深い洞察力を持つことから、物理学分野の巨人とか巨匠と敬愛された南部先生も、実にいろいろなエピソードを持っている。「南部の欠点は、一つのテーマをコンコンと研究し続ける執着力・継続力の欠如だろう」(70ページ)。それでも、自発的対称性の破れ、量子色力学、ひも理論をはじめとする輝かしい業績を持つ。抜きんでて先駆けた多くの業績から、他の研究者からは、「預言者」、あるいは「魔法使い」、時には「宇宙人」と呼ばれてきた。「己の成果を派手派手しく外部にアピールするわけでない。謙虚で物静かで、それでいて同僚や学生からリスペクトを受ける。南部はいつでも南部のままであった」(248ページ)。南部さんは子供の教育のため米国籍をとったものの、最晩年は日本で過ごした。
(2022年4月)

<026>

 
著者

酒井 敏(さかい さとし:京都大学大学院人間・環境学研究科・教授、2021年度から静岡県立大学・副学長、専門は地球流体力学)

著書

野蛮な大学論

出版社等

光文社、光文社新書(1162)、2021年10月30日、174ページ

一言紹介

著者は京都大学変人講座を主宰する中心メンバー。本書は、その彼による「野蛮な大学」論であり、野蛮な「大学論」でもある。著者は主張する、大学は野蛮な研究者がいるところであるべきだと。研究者は、自分自身の興味の赴くままに、周囲の人や世間が何を求めているのかを忖度せず、未開の荒野に踏み込んでいく‘野蛮な’研究をすべきであると。そして、これまでの科学技術政策や大学改革では、ほとんどが失敗したり無駄であったりするのが研究の本質であることを理解してこなかったと指摘。教養教育に長年携わってきた著者らしく、教養を筋肉ではなく、脂肪に喩える。日常的に必要なものではないが、緊急時に役立つものだと。このような彼の主張に、私は全面的に同意する。私は著者と同分野であるが、研究者しての著者は、実にスマートで颯爽としているダンディな方である。
(2022年4月)

<025>

 
著者

砂原 浩太郎(すなはら こうたろう:作家)

著書

黛家の兄弟

出版社等

講談社、2022年1月11日、410ページ、冒頭の章「花の堤」は、小説現代2021年2月号に初出、他は書下ろし

一言紹介

本書は「高瀬庄左衛門御留書」に続く神山藩シリーズの第2弾。藩の筆頭家老黛家には3人の兄弟、栄治郎、壮十郎、新三郎がいた。長男は跡継ぎで藩主の次女を娶ることに、三男は名門大目付の黒澤家に婿入りすることに、しかし、次男は放蕩息子。次席家老漆原家は、藩主の妾原の子又二郎を藩主につかせようと画策し、筆頭家老の立場をも狙っている。そんなある時、壮十郎は漆原家の放蕩息子を切り殺すことに。この事件を裁くのは大目付見習いの進三郎であり、兄壮十郎に切腹を命ずる。この事件後も新三郎は漆原家をたてているように見えていたが・・・。実は栄治郎と新三郎は漆原家の野望を挫くため、十数年の時をかけて壮大な企てを行っていた。武士にとって家とは何なのだろうか。家に振り回される武士の悲哀が描かれる。前作に続き、著者に藤沢周平の姿を見る。なお、神山藩シリーズ第3弾は2023年の刊行と案内が出ている。次作も大いに楽しみである。
(2022年4月)

<024>

 
著者

須藤 靖(すとう やすし:東京大学大学院理学研究科・教授、専門は宇宙物理学)

著書

宇宙は数式でできている なぜ世界は物理法則に支配されているのか

出版社等

朝日新聞出版、朝日新書(849)、2022年1月30日、228ページ

一言紹介

本書の意図を著者は次のように述べる。宇宙物理学の研究を通じて、「宇宙を舞台とする自然界の諸現象はおろか、この宇宙そのものが法則に従っていることを認めざるをえない実例を数多く経験してきました。(段落)本書ではそれらを具体的に紹介することで、みなさんもまた『この宇宙が法則と数学に支配されていると信じる派』になってくれることを目指したい」(4~5ページ)と。また、「私たちが住む世界には法則があり、それを身の回りの自然現象だけでなく、宇宙そのものまでも支配していることを納得してもらうのが本書の目的です。さらに不思議なことに、その法則は数学を用いて具体的な方程式に書き下すことができるようです」(14ページ)とも述べる。本書ではこのような立場から、宇宙研究の最新成果が、数式も交えて分かりやすく紹介される。私は本書を読んで「信じる派」であることを再確認した。
(2022年3月)

<023>

 
著者

小川 糸(おがわ いと:作家・エッセイスト)

著書

針と糸

出版社等

毎日新聞出版、毎日文庫(お2)、2022年2月1日、243ページ、単行本は2018年11月に同社より刊行

一言紹介

毎日新聞日曜版「日曜クラブ」の、2016年10月2日号より2018年3月25日号に掲載された74編のエッセイが収録された。「日曜日の静けさ」「母のこと」「お金をかけずに幸せになる」「わが家の味」「双六人生」の5章構成。「第2章 母のこと」では、暴力的に支配していたという母親に対する‘屈折した思い’が14編のエッセイに赤裸々に綴られる。時間が‘心持ち’を変えるのだろうか、「2021年師走」に書かれた文庫版あとがきに、「いまだに物語の多くの源泉を与えてくれている母には心から感謝している」とあり、ホッとする。読了後、同じ著者による『真夜中の栗』(幻冬舎、幻冬舎文庫(お-34-19)、2022年2月10日、246ページ)も手に取った。こちらは著者がベルリンに住んでいた2019年1年間の日記風エッセイで、ほぼ1週間ごとの54編が収録されている。連れ合いの‘ペンギンさん’(音楽家水谷公生さん)と、この間別れたことが暗示されている。
(2022年3月)

<022>

 
著者

原田 ひ香(はらだ ひか:作家)

著書

そのマンション、終(つい)の住処(すみか)でいいですか?

出版社等

新潮社、新潮文庫(は-79-1)、2022年2月20日、280ページ

一言紹介

私自身、26年間マンション暮らしであったこと、同級生が終の住処としてマンションを選び始めたことなどの理由で、題名を見て思わず手に取った。著名な建築家小宮山吾朗の設計によるマンション「ニューテラスメタボマンション」(通称オッパイマンション)は、築45年が過ぎ、雨漏りなど、欠陥が目立つようになった。建て替えを考える住人などが出てくる一方で、歴史的建造物として保存すべきであると主張する住人もいる。著名建築家の娘、弟子の建築家、引っ越してきた住人、元女優の住人、などいろいろな立場からこの問題が論じられる。しかし、実はこのマンションは簡単に壊せないマンションであった。著名建築家が自ら住んでいた最上階のペントハウスには、石綿が使われていたのである。著者は、深刻にならないような言い回しで、悲劇・喜劇を盛り込みながらも、さらりと話を展開させていく。しかし、これはなかなか重い問題ですね。
(2022年3月)

<021>

 
著者

飯間 浩明(いいま ひろあき:三省堂出版の辞書編纂者)

著書

日本語はこわくない

出版社等

PHP研究所、2021年12月2日、189ページ、月刊『PHP』に連載の「なるほど! 日本語術」2018年8月号~2021年12月号分を再編集したもの

一言紹介

最近第8版が出版された小型辞書の雄「三省堂国語辞典(通称三国)」の編集委員である著者は、今の社会には「日本語警察」と呼ばれる人たちが跋扈していて、多くの人がピリピリしている時代だと述べる。著者は、別に気にしなくてもいい、正解を決められないものも多いとし、日本語恐怖症を解消する手伝いをしたいと本書を執筆したという。本書には微妙な日本語や言い回しなど、41項目が取り上げられた。その一つが、9項目目の「『ご苦労様』と「お疲れ様」の心構え」(45‐48ページ)である。一般には、目上の人には「お疲れ様」を使うことが多い、とされているが、著者は実例を挙げて、どちらでも構わないとする。その上で、末尾に「ポイント」としてアドバイスを以下のようにまとめる。「『ご苦労様』は目上の人に対して失礼」には根拠がない。どう使うかは、自分が属する集団の習慣にしたがいつつ、他の人の習慣も広い心で受け入れよう。
(2022年2月)

<020>

 
著者 阿川 佐和子(あがわ さわこ:タレント、作家、エッセイスト)
著書

いい女、ふだんブッ散らかしており

出版社等

中央公論新社、中公文庫、 2022年1月25日、247ページ、『婦人公論』に「見上げれば三日月」のタイトルで、2016年1月26日号から2018年4月10号までの掲載分から42編を選んで収録したもの

一言紹介

私は檀ふみさんとのエッセイ集「ああ言えば」シリーズをはじめ、阿川さんの初期のエッセイ集をずいぶん手に取った。その後は少し遠ざかっていたのだが、久しぶりに本書を手にした。阿川さんは2017年5月、63歳の時に元大学教授と結婚され、その出来事はマスコミで大きく取り上げられた。本書に収められたエッセイはこの時期に書かれた。阿川さんはとても嬉しかったのだろう、3つのエッセイにさりげなくその嬉しさを記している。「開かずの段ボール箱」では、「家族構成に変化をきたし(ってほどのことでもないですが)」(220ページ)と記す。「レンジレス」では、「同居人であるノラクラおじさんが一升瓶から徳利に日本酒を注ぎ」(226ページ)と記す。そして、「遅咲きシクラメン」では、シクラメンの花が咲くまで長い時間がかかったことを延々と記し、最後に「それにしても、花が咲くまで時間がかかったものである。持ち主に似るのかしら」(236ページ)と結ぶ。
(2022年2月)

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著者

内田 洋子(うちだ ようこ:イタリア在住のジャーナリスト、エッセイスト)

著書

海をゆくイタリア

出版社等

小学館、小学館文庫(う13‐3)、2021年9月12日、285ページ、平凡社から2001年に刊行された同名の単行本を加筆修正し、解説を加えて文庫化したもの

一言紹介

著者は1996年春にケッチ式木造船「ラ・チチャ」の共同船主となる。全長15メートル、幅4.6メートル、総トン数22.8トンのラ・チチャ号は、2本マストのエンジン付き帆船。世界に同型船が3隻しかないという優雅な帆船。この船に魅了された著者は、6年の間住みつく。この間、イタリアの多くの港を巡り、人と出会い、食事をし、そして交流する機会を得た。本書は、共同船主で船長のシルヴェリオが書いた航海日誌という体裁で、海から見たイタリアについて述べた紀行文風エッセイ集。5月中旬にフランス国境に近いリグリア州サンレモの港を出発し、半年間の航海を経て9月下旬にスロベニアの国境に近いジュリア州トリエステに到着するまでの半年間の出来事として描かれる。このような手法を「イマージョン・ジャーナリズム」と著者は呼ぶ。イタリアの海から、人が、文化が、歴史が、食べ物が、ワインが描かれる。長い歴史を持つ、複雑なイタリアが堪能できる。
(2022年2月)

<018>

 
著者

長谷川 眞理子(はせがわ まりこ:総合研究大学院大学・学長、進化生物学・自然人類学)

著書

人、イヌと暮らす 進化、愛情、社会

出版社等

世界思想社、教養みらい選書007、2021年11月30日、184ページ

一言紹介

2004年8月、長谷川家にとって初めてのイヌ、スタンダード・プードルのキクマル(雄)がやってきた。その後、2014年3月にはコギク(雄)が加わり、キクマル亡き後、2019年12月にはマギー(雌)が加わった。著者は進化生物学・自然人類学の研究者であり、夫(おとん)寿一氏(東京大学教養学部・教授、後に教養学部長、理事・副学長、現在名誉教授)は心理学の研究者。本書は、そんな二人がイヌと暮らして学んだことが記される科学エッセイ。イヌは4万年前(1万5千年前との説も)、サピエンスが狩猟した獲物の残りを漁るために近づき、狼から分かれることに。狩猟の助けをイヌにやらせたサピエンスは、ネアンデルタール人と短期間に交替する。人とイヌは‘コンパニオン(相棒)’の関係となった。本書の最後には、寿一氏による「おとんの視点から 社会の中のイヌ ―ヒトーイヌの関係再考」が収められる(163-177ページ)。イヤーこの本、イヌ好きの人にはたまらない一冊でしょう。
(2022年1月)

<017>

 
著者

杉山 慎(すぎやま しん:北海道大学低温科学研究所・教授、専門は地球環境科学・雪氷学)

著書

南極の氷に何が起きているか 気候変動と氷床の科学

出版社等

中央公論新社、中公新書2672、2021年11月25日、197ページ

一言紹介

急速な勢いで進行している地球温暖化の影響は、極域の環境にも現れていることは想像に難くない。本書は南極の氷床に起きている変化を、最新の成果を用いて紹介する。10年前の知識とは比較にならないほど、この間多くの発見や進展があった。南極の氷が確実に減少していることなどはその一端。海に浮かぶ棚氷が、融解あるいは壊れて離脱することによって、海へ流れ出す氷河の速度が格段に早まった。海面水位の上昇は、海水の昇温による熱膨張と、大陸上の雪氷の融解による海水の増加が同程度であったが、これからはグリーンランドや南極の氷床の融解が主な要因となる。著者は、棚氷の底面融解の実測を試みるなど、南極をフィールドとして研究してきた研究者である。第一線の研究者による最先端知識が、とても分かりやすく展開されている。著者が研究分担者となっている新学術領域研究、略称「南極の氷床と海洋」は、多大な成果を得て今年度終了する。
(2022年1月)

<016>

 
著者

杉浦 日向子(すぎうら ひなこ:漫画家・作家、故人1958‐2005)

著書

杉浦日向子ベスト・エッセイ

出版社等

筑摩書房、ちくま文庫、2021年9月10日、327ページ、文庫オリジナル

一言紹介

47歳という若さで亡くなった著者の、デビュー時から亡くなる直前までエッセイや書評を幅広く集めたもの。編者は松田哲夫氏。50編余りの作品が収められた。私も含め、現在も多くの杉浦ファンが健在なのだろう、第一刷発行後、1か月余りで第二刷となった。私の文庫本もこの二刷本。メディアに頻繁に登場していたころの杉浦さんは、和服を着て、いつもにこにこ顔で話している姿が印象的であった。江戸に魅せられた江戸っ子の杉浦さんらしく、タンカを切る調子で物事を裁いていく。読んでいてその気風(きっぷ)の良さにほれぼれする。しかし、1993年に血液の免疫系の疾患という難病に罹患する。それを経験してのことだろう、エッセイ集の後半「四 若隠居の心意気」や、書評を集めた「伍 いのちの読書」になると、ご自分の体調のことや、死を扱ったものが多くなる。そのころから死を冷静に見つめ、覚悟もしていたのだろう。
(2022年1月)