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最近読んだ本から

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著者

内館 牧子(うちだて まきこ:作家)

著書

老害の人

出版社等

講談社、2022年10月22日、355ページ

一言紹介

「終わった人」「すぐ死ぬんだから」「今度生まれたら」の三部作に続く高齢者シリーズ第4弾。雀躍堂のカリスマ前社長戸山福太郎は娘婿に社長を譲っても、会社に出社しては若い社員に何度も自慢話をしてしまう。娘の明代からきつい諫言がなされ、‘しゅん’とするものの、同じ境遇の老人たちと新たな活動として、会社の一室に老人カフェを開く。その結末は・・・。「老害をまき散らす老人たちと、それにうんざりして『頼むから消えてくれ』とさえ思う若年層。両者の活劇のような物語」(353ページ、あとがき)。「(趣味に生きるような)『自分磨きで』はなく、『利他』ができないか。小さいことでも主体的にそれができれば、力が湧くはず」、「ところがそれも、若年層にとっては傍迷惑で、かえって困る。活劇は終わりません」。老人も若者も、互いが認めあえるような関係性をどう作れるのだろう、確かに難しい。十分老人になった今、本当他人ごとではないのです。

(2022年10月)

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著者

日本文藝家協会編(編集委員は、角田光代・林真理子・藤沢周・堀江敏幸・町田康・三浦しをんの6氏)

著書

ベスト・エッセイ THE BEST ESSAY 2022

出版社等

光村図書、2022年8月5日、337ページ

一言紹介

2021年発表の75編の珠玉のエッセイを収録。著者たちの鋭い感性に脱帽。「(笑)わない作家」(万城目学)、「落合博満への緊張感」(鈴木忠平)、「愚かさが導いてくれた道」(沢木耕太郎)、「機械はしない、終業挨拶」(黒井千次)は印象深い作品。どの作品も考えさせられてしまうし、とても読後はすがすがしくもなる。とりわけ、黒井さんの作品はとてもいいですね。毎年そうなのだが今年も亡くなられた方へのエッセイが多い。以下、取り上げられた方と著者を。坂上弘(三浦雅士)、立花隆(柳田邦男)、さいとう・たかお(辻真先)、白戸三平(田中優子)、河合雅雄(佐倉統)、田中邦衛(倉本聰)、エリック・カール(松本聡)、田村正和(谷慶子)、瀬戸内寂聴(横尾忠則と林真理子)、那須(高木のぶ子)、小松政夫(鈴木聡)、安野光雅(大矢鞆音)、山本文緒(角田光代)。ところで、面識のある天文学者柴田一成さんは「UFO」で地球防衛軍の創設を提言!

(2022年10月)

<043>

 
著者

渡邉 文幸(わたなべ ふみゆき:共同通信社記者を経て現在フリーランスのジャーナリスト)

著書

笑いの力、言葉の力 ~井上ひさしのバトンを受け継ぐ~

出版社等

理論社、2022年7月、228ページ

一言紹介

平易に書かれた‘井上ひさし研究の書’。本書で著者は、「(残した)作品を手がかりに、(井上ひさしの)バックボーンをつくった幼児期から青年期の時代を中心にたどることによって、その考え方や理念、思想を探」し、「いわば大河の源流、水源を訪ね、全体像に迫ろう」(はじめに)とした。井上氏はどうして方言にこだわったのかなど、著者は丹念に井上氏の生い立ちを追い、そして作品を読み解く中から彼のこだわりを説明する。巻末に奥様ユリさんのインタビュー記事を掲載。どんなに切羽詰まった状況でも、しっかりと睡眠をとっていたことや、誰も知らないことを調べることが大好きなことなど、井上氏の知られざる(?)一面が紹介されている。井上氏のことを知った気になっていたのだが、本書で読んで初めて知ることのなんと多いことか。専門書でないので仕方がないのだが、どの文献や誰の証言によって明らかとなったのかなどは示されていない。この点は残念。

(2022年10月)

<042>

 
著者

浅井 リョウ(あさい りょう:作家)

著書

正欲(せいよく)

出版社等

新潮社、2021年3月25日、379ページ

一言紹介

人は何を好み、何に興奮するのか。もちろん、人それぞれであり、他人からはまったく理解されないものも多い。本書はこのような‘嗜好’の一つを取り上げ、時にはそれを理解できない大多数(マジョリティ)側から、断罪を下されることもあることを問題提起した小説。動画サイトで知り合った‘水’の動きに異常に興奮を覚えるグループは、ついに公園で一堂に会し、水と戯れる動画を撮影する会を催すことになる。しかし、警察からは小児愛好者の集団とみなされ、逮捕されてしまう。多様性の重要性を標榜する社会であるが、現在社会はまだまだ多様性を許容する力を持っていないのでは、と問題提起する。本作品は、著者の作家デビュー10周年記念の書下ろし小説で、第34回柴田錬三郎賞などを受賞。2022年本屋大賞にもノミネートされ、第4位となった。

(2022年9月)

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著者

藤岡 陽子(ふじおか よううこ:作家、看護士)

著書

海とジイ

出版社等

小学館、小学館文庫、2022年9月11日、221ページ、単行本は同社より2018年に刊行

一言紹介

本書は、瀬戸内海の小島を舞台にした3つの短編小説、「海神-わだつみ」「夕凪-ゆうなぎ」「波光-はこう」で構成される。いずれも人生最後の舞台に立っているおじいちゃん(ジイ)の物語。海神では、東京に住む、ある失敗をしたことで不登校になった少年が、瀬戸内海の小島に住む余命短い曾祖父に会いに行く物語。少年はジイから父親の子供のころの秘密を知ることで登校を決意する。3編とも、信念を持って長い人生を歩んだジイの物語であり、読後はほのぼのとするとともに、心を打たれる。本編もさることながら、絵本作家きむらゆういちさんによる「長く読みつがれていく作品」と題する解説が素晴らしい。絵本が長い間読みつがれるのは、「絵本は文章量が少なく、(略)読者が残りの半分を頭の中で補っているからだ」とする。そして、本書は絵本のようだとし、人間とともに生きる海という普遍的なテーマを扱っているので、長く読みつがれるだろうと。きっとそうなのだ。

(2022年9月)

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著者

姜 尚中(カン サンジュン:東京大学名誉教授、専門は政治学)

著書

母の教え 10年後の『悩む力』

出版社等

集英社、集英社文庫(0953C)、2018年10月22日、236ページ

一言紹介

著者の100万部を超す大ベストセラー、『悩む力』(2008年)、『続 悩む力』(2012年)に続く第3弾が本書。60歳を過ぎた著者は、母親が今の自分を支えていることに気づく。その母親を失い、また、息子をも失った著者夫婦は、長年住んだ千葉県を離れ、軽井沢近くの山の中に移り住む。本書は、この山の中で暮らした日々を追いつつ、表題にあるように母への想いを振り返ったものである。字を書くことも読むこともできなかった韓国生まれの母親は、生活経験から生まれた教え(哲学)を息子に伝える。彼女は「『情理を尽くす』ことの大切さを、絶えず、諭し続けていた」。山の中の暮らしの中で、野菜作りのこと、ゴルフを始めたこと、妻百合子さんの企みで猫を飼う羽目になること、などがたんたんと綴られる。真摯に自分に向き合って認めたエッセイ集。残念ながら前2冊を私は読んでいないのだが、それらを手に取るのが楽しみになった。

(2022年9月)

<039>

 
著者

瀧羽 麻子(たきわ あさこ:作家)

著書

博士の長靴

出版社等

ポプラ社、2022年3月14日、255ページ、季刊『asta』2020年10月号から2021年4月号、月刊「ウェブアスタ」2021年7月号から9月号まで連載されたものに加筆修正したもの

一言紹介

大学で気象学の教授を務めた藤巻昭彦博士の家庭の、五世代にわたる物語。それぞれ10数年の間隔を経た6つの時期の短い物語から構成される。昭彦博士が‘坊ちゃま’時代、お手伝いさんに長靴をプレゼントする話(第1話 一九五八年 立春)から始まり、雨模様の中での散歩の時、ひ孫である玲に長靴を買ってあげる話(第6話 二〇二二年 立春)で終わる。本書の題名はこれらのエピソードによる。昭彦博士の長男和也は画家となり、市民文化センターで絵画教室の講師を務める。その子成美は、大学で祖父と同じ気象学を学び、博士課程まで進学する。玲は成美の息子。各世代で家族の構成も変わり、時代も変わる。それぞれが異なる経験をしつつ時が過ぎてゆく。多くの家庭は、こんな風にして代を重ねていくのでしょうね。本書を読んで、ほのぼのーとした気持ちになりました。

(2022年8月)

<038>

 
著者

天城 光琴(あまぎ みこと:作家)

著書

凍る草原に鐘は鳴る

出版社等

文藝春秋、2022年7月15日、333ページ

一言紹介

山羊を飼う遊牧民のアゴール族は、大事な部族行事の時、絵の前で繰り広げる劇を楽しむ。本書は絵と劇の製作責任者である‘生き絵師’マーラの物語り。ある時、アゴール族の人々は動くものが見えなくなるという事態に見舞われる。この事態は、アゴール族が遊牧のために訪れる稲城の国の人々でも同じであった。動くものが見えないのでは、これまでと同じ趣向の劇ではまったく意味をなさず、マーラは途方に暮れる。稲城の国の奇術師、苟曙(こうしょ)も同じであった。アゴール族は遊牧を止め、稲城の国に定着することを決めるが、受け入れる稲城の国王、禾王(かおう)はある企みを持っていた。これを知ったラーマと苟曙は・・・。動くものが見えないという奇想天外な設定で、著者は何を‘思考(試行)’しようとしたのだろう。結末がどうなるかワクワクして読んだのだが、モヤモヤ感も残った。本作は1997年生まれの著者の第一作目で、第29回松本清張賞を受賞した。

(2022年8月)

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著者

井上 ひさし(いのうえ ひさし:作家、故人1934~2010)

著書

発掘エッセイ・セレクションⅡ 客席のわたしたちを圧倒する

出版社等

岩波書店、2022年6月16日、185ページ

一言紹介

『客席のわたしたちを圧倒する』映画、テレビ、芝居、写真、絵、漫画、野球についてのエッセイ集。様々な媒体に掲載された単行本未収録の54篇のエッセイを収録。中でも圧巻は、「4 野球の本棚から」に収められた25編のエッセイ群で、本書のほぼ半分の分量。数編は新聞に掲載されたものだが、大部分は文藝春秋刊『Number』に掲載された「すぽーつ・ふらすとれいてっど」「にゅー・すぽーつ・ふらすとれいてっど」の欄に掲載されたもの。子供ころから大の野球好きの少年で、アメリカの野球雑誌を読んでいたとは驚き。著者と同時代の、白石高校でショートを守り、後に国鉄スワローズで大活躍をした佐藤孝夫選手のファンだったことから、ヤクルト・スワローズの大ファンになったという。さて、遅筆堂と言われるくらい著者の遅筆ぶりは天下に轟いているが、この圧倒的な量の作品群を前にすると、本当にそうなのか信じられなくなってしまう。

(2022年8月)

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著者

井上 ひさし(いのうえ ひさし:作家、故人1934~2010)

著書

発掘エッセイ・セレクションⅡ この世の真実が見えてくる

出版社等

岩波書店、2022年5月17日、195ページ

一言紹介

単行本未収録のエッセイ集。シリーズⅡは、本書を含め『客席のわたしたちを圧倒する』『まるまる徹夜で読み通す』の全3冊。井上ひさし研究家の井上恒(ひさし)さんが監修。1980年代、『新潮45+』に10回連載された「やぶにらみ情報の研究」の1・3・4・6の4回分も収録。3回目は「ディジタルかアナログか」(72~78ページ)と題した論考。この中で人間はアナログ的と断ずる。4回目の「跳び跳び性と連続性」(78~85ページ)では、世界の本質はディジタルかアナログかの問いにはディジタルと結輪する。それは、物質の構成要素は有限個であるからが理由。「ことばの世界の根本もディジタルに構成されている」とも結論。「ところが厄介なことに、人間の心はアナログ的である」とし、世の中の情報はディジタルであるので、新しい情報は‘人間である自分’の連続性の中に組み入れなければならず、それができないとき情報は雑音となる、という。分かります?
(2022年7月)

<035>

 
著者

群 ようこ(むれ ようこ:小説家・エッセイスト)

著書

今日は、これをしました

出版社等

集英社、2022年5月30日、240ページ、初出は、同社ノンフィクション編集部公式サイト「読みタイ」(2020年3月~2021年12月)、単行本化にあたり加筆修正した

一言紹介

日常の中から綴られた22編のエッセイを収録。書かれたのは、新型コロナウイルス感染症が世界中に広まり行動制限がかけられた時期。また、この間、22年もの長い間連れ添ったネコ「しい」が旅立ち、そして長年住み慣れたマンションから、別のマンションに引っ越した時期にもあたる。収められたエッセイは、表題にあるように‘日常’エッセイ。著者は1954年の生まれと、私と同世代のこともあり、共感できる場面が多々あった。著者のプラスチックに対する態度は徹底しており、雑貨品としてのプラスチック製品はもちろん、衣類や洗濯に関しても気配りしている態度はとても印象的(「プラスチックにため息をつく」、7~16ページ)。ところで驚いたのは「三十数年ぶりに新聞をとる」(140~148ページ)。著者は、この間新聞をとっていなかったのだ。ともあれ、「新しい情報を得られる楽しみの方が多くなった」とし、今後はとり続けるという。
(2022年7月)

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著者

ナンシー 関(なんしー せき:消しゴム版画家、コラムニスト、故人1962~2002)

著書

超傑作編 ナンシー関 リターンズ

出版社等

世界文化ブックス、2022年7月15日、366ページ

一言紹介

‘ナンシー関’さんは青森県出身で、本名は関直美。主に芸能人を批評対象とした版画付きのコラムで、1980~90年代に大活躍した。2002年、40歳になる直前に急死。今年は生後60周年、没後20周年にあたる。本書の出版もこれを記念してのこと。様々な雑誌に発表された多くのコラムが収められている。コラムには、人物の特徴をよくとらえた消しゴム版画が色を添えている。この版画も傑作。コラムも、他の誰にもまねのできない、思いもつかない切り口からの分析が述べられる。一例として「ジャイアンツ原」(140~141ページ)。書かれた1987年当時、原はジャイアンツの4番バッター。原は「なんだか情けない」とし、最大のライバルは「原クン」という呼び名であると喝破する。そして、これからの脱却は容易でないだろうとする。なるほどなるほど、監督となった今でも…。ところで、現在の若い人にとってナンシー関さんとはどんな存在なのだろうか。
(2022年7月)

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著者

内田 樹編(うちだ たつる:神戸女学院大学・名誉教授、専門は現代思想、映画論、武道論。著者は編者を含め16名)

著書

撤退論 -歴史のパラダイム転換に向けて

出版社等

晶文社、2022年4月30日、270ページ

一言紹介

本書は、編者内田氏を含め、感染症学者の岩田健太郎氏や劇作家・演出家の平田オリザ氏ら16名が論じた撤退論を集めたもの。ここで、「撤退とは、国力衰微に適切に対応すること」とする。では、なぜ今撤退を論じるのか?「国力が衰微し、手持ちの国民資源が目減りしてきている現在において、『撤退』は喫緊の論件のはずであるにもかかわらず、多くの人はこれを論じることを忌避しているように見えるから」(6ページ)とする。すなわち、「子供が生まれず、老人ばかりの国において、(略)豊かで幸福に暮らせるためにどういう制度を設計すべきかについて日本は世界に対してモデルを示す義務がある」とする。確かに、我が国は如何に撤退すべきかを、タブー視しないで論じ、国民の間でコンセンサスを形成する時期にあるのだろう。そうそう、著者の一人、平田氏は「下り坂をそろそろと下る」(講談社新書、2016年)で既に撤退を論じていたことを思い出した。
(2022年6月)

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著者

高橋 源一郎(たかはし げんいちろう:小説家)

著書

これは、アレだな

出版社等

毎日新聞出版、2022年2月25日、239ページ、『サンデー毎日』2020年9月20日号から2021年8月29日号に掲載された中から選び、加筆したもの

一言紹介

『サンデー毎日』に好評連載のエッセイの中から46編を選んだもの。著者はいう、「みんなが『こんなことは初めてだ!』とか、『こんなの初めて見た!』というなら、あえて、『いや、同じことは、前にもあったんだよ』と呟いてみたくなったのである。つまり、『これは、アレだな』と」。そして、楽しいときもワクワクするときも、がっかりするときも悲しいときも、「こんなことって、前にもあったんじゃないか」と思うことにしているのだそうだ。著者は、どんな事件も出来事も、まったく独立で新奇ということはあり得ず、以前のものと、何かしら似たような要素を持っているのでは、と主張する。そのような視点を持つことで、物事を相対化し、豊かな感性を得ることができるのではないか、そのようなことを実践しているエッセイ集である。
(2022年6月)

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著者

逢坂 冬真(あいさか とうま:小説家)

著書

同志少女よ、敵を撃て

出版社等

早川書房、2021年11月、429ページ

一言紹介

1942年、少女セラフィマが育ったモスクワ近郊の山村をドイツ軍が蹂躙する。母親が殺害され、本人にも危害が及びそうになるが、間一髪のところ元一流の狙撃兵で、今は狙撃学校の教官となったイリーナに救出される。セラフィマは同じような境遇の少女たちとともに、厳しい訓練を経て狙撃兵として育てられる。イリーナを隊長とする狙撃小隊は、スターリングラード戦などに参戦する中、セラフィマは一流の狙撃兵へと育っていく。軍人・民間人を合わせ、ソ連側で2000万人、ドイツ側で600万人が死亡したとされる独ソ戦は、ソ連軍の勝利に終わり、ドイツは敗戦へと突き進む。‘プーチンの戦争’が進行中の今、まるでそれを予感したかのように出版された本書は、戦争中の人間の生き方について考えさせられる書である。本書は著者のデビュー作で、第11回(2021年)アガサ・クリスティー賞を受賞、第166回(2021年下半期)直木賞の候補作となった。
(2022年6月)