はばたくひと #12

千葉麻里絵

化学を強みに日本酒の世界へ。
「ありがとう」が何よりのやりがい。

2019.10.30

化学を強みに日本酒の世界へ。「ありがとう」が何よりのやりがい。

学生時代に人見知りを克服しようと経験した接客業。そこで耳にしたお客様からの「ありがとう」が忘れられず、一度はSEとして会社勤めをするも再び接客の世界へ。工学部で学んだ知識を武器に日本酒を化学的に分析。お客様の好みに合った日本酒のセレクトと、日本酒と料理の絶妙なペアリングが話題に。独立してプロデュースしたお店「GEM by moto」は、今や予約のなかなか取れない人気店。“好きに一途”が、千葉さんの天職の見つけ方。

就職活動の面接対策として
接客業で人見知り克服を目指す。

 現在の活躍ぶりからは想像しにくいが、極度の人見知りだったという千葉麻里絵さんは、高校時代からのリケジョで特に有機化学分野に興味があったことから本学工学部の物質化学工学科に進学。千葉さんが1年生から自らに課したミッションは、人見知りの克服だった。人と接する際に圧迫感を感じる、人の目を見て話せない、これではやがて訪れる就職活動の面接で不利になると考え、先輩からの紹介で山形市内の居酒屋でアルバイトを始めた。その店は、約50種類の日本酒を取り揃え、「本日の魚」の名前を覚えて、お客様におすすめの料理法を説明してオーダーをもらうという、初めてのアルバイト先としてはかなりハードルの高い、厳しい店だった。しかし、自分の説明次第でオーダーが取れたり取れなかったりする事にやりがいを感じ、どんどん楽しくなっていったという。心を込めて接客をすれば「ありがとう」とハッピーな反応が返ってくるし、失敗をしても謝れば誠意は伝わる。多くを学び、売り上げの成績も上がり、ご褒美ももらえた。思えば、接客の喜びを知った、ここが千葉さんの接客業愛の原点。そして、この荒療治のおかげで人見知りも徐々に緩和されていった。
 それでもまだまだと感じた千葉さんは、2年生からはさらにハードルを上げ、カウンター越しにお客様と対面する飲食店でのアルバイトを志願。お客様との会話から逃げられない場に身を置いて対話力を磨いた。天気の話、ネクタイの柄、今日の昼食の話…など、会話のきっかけとなる話題をメモしたワード集を作り、それをこっそり見ながら接客をしていた。鍛錬の甲斐あって、相手の目を見て話せるようにもなっていった。もちろん、当時はあくまでも面接対策としての接客業という認識しかなかった。

GEM by motoの画像

2015年オープンの「日本酒は宝物」をコンセプトにした日本酒バー。店長の千葉さんがお店全体をプロデュース。

化学的アプローチを強みとして
日本酒ブームに乗って繁盛店に。

 大学の研究室では、有機化学の中でも食品系を専攻。卒論テーマは「抗酸化作用によるビタミンCの効果」、タバコやアルコールなどを摂取することで大量に発生する活性酸素を除去するための食品の研究を行った。将来的にアルコールを多く摂取する仕事に就くことを予見していたかのようだ。これらの学びを生かして食品系への就職を希望していたが、最終的には生命保険会社にシステムエンジニアとして勤務することになる。やりがいのある仕事ではあったし、生活も安定していた。しかし、どんなに素晴らしいプログラムを完成させても人と向き合うことの少ない仕事に無機質さを感じた。それは、大学時代のアルバイトで味わった、お客様から直接言われる「ありがとう」の体験があったから。俄然、接客業に就きたいという思いが膨らんでいった。
 石の上にも三年、3年間勤めた後に何の当てもなく接客業への転職をめざして会社を辞めた。その時は、日本酒店に限定していたわけではないが、縁あって「日本酒スタンド酛」にオープニングスタッフとして採用され、ここから日本酒との向き合い方が本格化していく。造り手の思いを知るために蔵元を巡り、お客様が注文する“辛口”の曖昧さに悩み、料理とのペアリングで味が変わる日本酒の可能性にときめいた。ベテラン揃いの日本酒業界の中で生き抜いていくための強みとなったのは、大学で学んだ化学。それまでは雰囲気や経験値だけで選んだり勧めたりしていたものが、日本酒の味や香りには化学的根拠があることに気づき、カテゴリー化することで、お客様の好みに合った日本酒を的確に提供できるようになった。お客様から「麻里絵さん、すごーい。どうして私の飲みたいお酒がわかるの?」こんな言葉をかけてもらえるシーンも増えていった。そして2015年、“日本酒は宝物”というコンセプトの「GEM by moto」の店長となり、現在に至っている。

店内壁面に書かれた有名人・著名人のサイン

店内壁面には有名人・著名人のサイン白を基調としたおしゃれな雰囲気の店内。多彩な日本酒ラインナップと千葉さんの絶妙のペアリングを目当てに訪れるお客様は多く、壁面は有名人・著名人のサインでいっぱいだ。

ペアリングでおいしいのその先へ
日本酒への好奇心は常に更新中。

 お客様の好みに合わせた日本酒のセレクト同様、その日本酒に合う料理とのペアリングにも定評のある千葉さん。その代表格が、どぶろくとブルーチーズハムカツ。どぶろくをソース代わりに飲んで口内調味してほしいと紹介したところ「おいしい」「おもしろい」と評判になり、これをきっかけに様々なジャンルの料理人とのコラボレーションが実現していった。さらに、最近ではチョコレートやお茶の専門家など、異業種の方々との交流も増え、そこから新たなペアリングの発想が生まれて来る。その間、千葉さんは清酒に関する官能評価の専門家「清酒専門評価者」のセミナーを受け、化学的根拠に裏打ちされた自身のアプローチ方法をより確固たるものにしていった。

ペアリングの代表 どぶろくとハムカツの画像

ペアリングの代表 どぶろくとハムカツ千葉さんイチオシのペアリング。ブルーチーズハムカツを食べた後にソース代わりにどぶろくを飲んで口内調味すると、驚きのおいしさに。著名なシェフも「おもしろい」と絶賛。

 今では利酒師として日本酒のカリスマとまで呼ばれる千葉さんだが、これもSEからの転職だったことがプラスに作用したのだと自己分析。当時は、転職するということは大変なことで、後がないとの覚悟を持って接客業に飛び込んだからこそ大変なことも乗り越えられた。今後の目標は、利酒師という仕事をソムリエのように憧れられる職業にすること、そして、日本酒の素晴らしさをペアリングも含めて世界に発信すること。そのためにアメリカやアジアでの出店を目指している。そこで1つ悔やまれることは「大学時代にもっと勉強しておけば良かった、特に英会話。これからは必須ですよね」と苦笑い。これが後輩の皆さんへのメッセージでもあるという。日本酒という“好き”に出会えた千葉さんは、好きだから楽しく頑張れている。むしろ、大変なのは好きを探すこと。大学での学業はもちろん、海外留学やアルバイトで視野を広げられる大学時代は、好きを見つける絶好のチャンス。千葉さんは「好きを極める幸せ」を体現するロールモデルと言えそうだ。

氷温庫で熟成中の日本酒の画像

氷温庫で熟成中の日本酒店内には、飲食店としては珍しいマイナス5℃の氷温庫を完備。日本酒をちょうどいい状態で熟成できるようにしており、ベストコンディションでの提供にこだわっている。

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ちばまりえ

ちばまりえ●岩手県出身。工学部卒業。生命保険会社にSEとして3年間勤務の後、アルバイトを経て、日本酒バー「GEM by moto」の店長に。「日本酒に恋して」「最先端の日本酒ペアリング」を出版。「カンパイ!日本酒に恋した女たち」にも出演。

※内容や所属等は2019年当時のものです。

みどり樹

この内容は
山形大学広報誌「みどり樹」
Vol.76(2019年10月発行)にも
掲載されています。

[PDF/3.7MB]

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