はばたくひと #13

高橋怜子

エンジニアから海洋生物写真家へ。
今やりたいことへまっすぐに。

2019.11.15

エンジニアから海洋生物写真家へ。今やりたいことへまっすぐに。

2つのことをきっかけに20年以上勤めた会社を退職。趣味の写真とダイビングが1つになって、撮り始めたクジラやイルカたち。何気なく応募した「2018ナショナルジオグラフィックコンテスト」でいきなりグランプリを受賞。それが海洋生物写真家として生きていくきっかけになり、覚悟になった。今では、世界中の海に潜り、大いなる生命の写真を撮り続ける日々。これが“今”を最優先する高橋さんのサクセスストーリー。

高校教師を目指した大学時代
海洋生物写真家への突然の転機。

 ネイチャーフォトグラファー界に彗星のごとく現れ、いきなり「2018ナショナルジオグラフィックコンテスト」でグランプリを受賞した高橋怜子さんは、本学理学部で無機化学を学んだ卒業生。同賞を受賞する一年ほど前までは、半導体のエンジニアとして働く普通の会社員だったという経歴でも周囲を驚かせた。正式名称“National Geographic Travel Photographer of the Year”は、BBCやスミソニアン等と並び、世界中の写真家が目標とする最高峰の写真コンテスト。ネイチャー、シティ、ピープルの3部門でそれぞれの優勝作品が選ばれ、その中から総合優勝・グランプリ1点が選ばれる。受賞作品『MERMAID』は、沖縄の久米島で遭遇したザトウクジラを捉えたダイナミックな一枚。世界が注目するこのコンテストの受賞を機に高橋さんを取り巻く環境が激変したことは言うまでもない。

グランプリ受賞作品『MERMAID』の画像

グランプリ受賞作品『MERMAID』沖縄県の久米島沖でのシュノーケリングで初めてザトウクジラの親子と遭遇し、無意識のうちにシャッターを切った一枚が2018ナショナルジオグラフィックコンテストで、グランプリを受賞。

 そんな高橋さんの大学時代はというと、基礎化学を勉強するために理学部を選び、高校教師を目指していた。家庭教師のアルバイトを2〜3件やっていたため、そこそこリッチで、時間もたっぷりあった。1・2年の頃は硬式テニス同好会の友人たちと遠出するなど、キャンパスライフを謳歌していた。研究室に配属になってからは学業に追われたが、そんな中で出会った社会人学生から、人生について多くを学んだという。「理学部に入ったことで将来の方向性が限られていると思わなくていい。理学部という枠や日本という枠にもとらわれないで、やりたいことをもっといろいろ考えた方がいい。大学院に進むなら他大学や、医学や薬学といった他分野、海外も視野に入れて考えてみて」そのようなことを話してくれた。当時は、ずいぶん難しい事を言う先輩だという認識しかなかったというが、今の高橋さんの生き方を見ていると、それらのアドバイスが潜在意識の中にあって、高橋さんを突き動かしたようにも思える。

今日を大切に生きることに目覚め
2つの趣味に導かれ新しい道へ。

 会社員時代に夢中になった趣味がダイビング。長期休暇には決まって国内外の海に潜りに行っていた。一方で、愛犬「ラブ」の写真を撮りたいがためにカメラを手にするようになった。東北の四季と愛犬というテーマでたくさん写真を撮っていたが、愛犬が亡くなったことを機にファインダーを覗くこともできない日々が続いた。しばらくして、写真とダイビングという2つの趣味が1つになってサメ、マンタ、ギンガメアジなど、いろいろな種類の海洋生物を撮影するようになっていった。その頃は、せいぜい長生きをして定年後はもっと自由に、海洋生物の出産や群れの移動の時期などピークを狙って撮影しようと考えていた。

写真を始めるきっかけとなった愛犬の画像

写真を始めるきっかけとなった愛犬愛犬ラブラドールレトリバーの「ラブ」を撮るために始めた写真。会社員時代の趣味として“東北の四季と愛犬”というテーマで撮り続け、展覧会にも出品していた。

 ところが、ある2つのことをきっかけに、高橋さんは定年を待たずして退職を決意する。1つは、公私にわたりお世話になった会社の先輩を突然失ったこと、そして、もう1つは故スティーブ・ジョブス氏のスピーチ「今日が人生最後の日だとしたら、今日やるつもりのことをやりたいだろうか?」「答えがノーという日が何日も続けば、何かを変える必要がある」という言葉だった。人生には限りがあると痛感し、本当に好きなことに時間を使いたいと考えたのだ。当時は、プロジェクトリーダーを任されるほどの立場にあった高橋さんだけに、会社側も慰留に必死。意思表示からほぼ1年を費やしてようやく2017年8月、20年以上勤務した会社を退職することができた。その時は、写真家になるといった明確な目的があったわけではなく、ただがむしゃらに働いてきた軌道から一旦離れて、2〜3年自由に過ごしたかったというのが本音。しばらくしたらまた会社員に戻るのだろうと思っていた。

作品『miracle』の画像

『miracle』2019年6月、イワシの群れを狙って訪れた南アフリカにて撮影。不意に現れたザトウクジラのジャンプと虹という奇跡的な構図の一枚。高橋さん、今年一番のお気に入り。

トンガでザトウクジラを撮影中の画像

トンガでザトウクジラを撮影中2019年8月に訪れたトンガで撮影中の高橋さん(左上)とザトウクジラ。

受賞によって固まったプロの覚悟
目指せBBC受賞・南極・白クマ。

 タイ、エクアドル、フィリピン、与那国島、石垣島…退職後は自由に存分に、撮影の旬を狙って行って、潜る、撮る日々。そして、2018年2月久米島、じかに見たいと願っていたザトウクジラの親子に遭遇。遊び好きの子クジラが近づいてきて、尾やヒレを盛んに動かして見せた。その特別な瞬間を夢中でカメラに収めた渾身の一枚が、グランプリ作品『MERMAID』。受賞直後から世界各国のメディアやバイヤーからの問い合わせなどに追われ、既成事実として海洋生物写真家・高橋怜子が誕生した。海外の反響から遅れること数ヶ月、日本の新聞やテレビでも取り上げられ、一躍、時の人となった。さらに、2019年はアジアやロシアのコンテストでも受賞。スミソニアンではファイナリストに入った。今後の目標はBBCでの受賞と、南極など寒い地域での撮影、氷河や白熊、ペンギンにも魅力を感じている。「日々、好きなことをやっているから、明日死んでも後悔はない」と豪語しながらも、やりたいことは無尽蔵にありそうだ。

高橋さんが撮影で訪れた国・地域を示した画像

 「ターニングポイントに立った時、10年、20年先を考えて行動すると小さくまとまってしまうから、今日、明日やりたい方にスパッと乗り換えるバランスの悪さも大切。多少リスクを背負うくらいの生き方が楽しい。いくつになってもやり直しはきくから」と、後輩たちに向けられたメッセージも、高橋さんらしいズバッと潔いものだった。

作品『Dolphin Line』の画像

ネイチャーズベストフォトグラフィーアジア2019オーシャンズ部門WINNER伊豆諸島の御蔵島で撮影。高橋さんも感動した瞬間だった。タイトル『Dolphin Line』がアジア各地より応募された約7,700点の中から、オーシャンズ部門のWINNERに輝いた。

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たかはしれいこ

たかはしれいこ●岩手県出身。理学部化学科卒業。2017年8月、半導体のエンジニアとして20年以上勤務した会社を退職。海洋生物写真家に転身。2018ナショナルジオグラフィックコンテストでグランプリを受賞。北上市在住。

※内容や所属等は2019年当時のものです。

みどり樹

この内容は
山形大学広報誌「みどり樹」
Vol.76(2019年10月発行)にも
掲載されています。

[PDF/3.7MB]

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