はばたくひと ♯27

阿部公一

学習塾講師と起業支援、
二足のわらじで山形の未来を開く。

2023.06.15

学習塾講師と起業支援、二足のわらじで山形の未来を開く。

 山形県内でカフェや学習塾を営む「株式会社やまのむこう」(南陽市)取締役の阿部公一さん。同社が主宰する「探究教室 ESTEM」は、数学や英語といった普通科目を行わず、自ら考え行動する力を育む独自のプログラムを展開している。同教室で講師としても活躍する阿部さんは、大学4年生の時に学生の新規事業支援などを行う「インキュベーションポートやまがた株式会社」を仲間と共に起業した。「実践的な学びが地域を変える」との思いを胸に、自らの経験を踏まえながら、将来山形で活躍するリーダーのサポートに力を注ぐ。

起業家育成プログラムを受講、
大学在学中に会社を立ち上げ。

 高校時代から理数系が得意だった阿部さんは、工学部システム創成工学科に進学。将来の進路を模索しカリキュラムをこなす傍ら、山形大学工学部・米沢女子短期大学・米沢栄養大学の3大学合同で開く学園祭「吾妻祭」の実行委員長を大学3年生のときに務めた。周囲に推される形で引き受けた役目だったが、責任者として企業とのやりとりや、地元住民らと交流する中で、まちの活性化や地域の魅力発信に資する活動に興味を持つようになった。
 転機となったのは、NECパソコンの企画・開発責任者などを経て、2017年に山形大学の国際事業化研究センター長に就任した小野寺忠司教授との出会い。阿部さんは小野寺教授から、同センター主宰の起業家育成教育プログラム「山形大学EDGE-NEXT」に誘われ、大学4年生のときに1期生として入講した。
 「会社を興したり経営したりすることは全く考えていなかった」という阿部さんだったが、若手起業家の話を聞いたり、自分たちでビジネスアイデアを練ったりするうちに考えが変わった。受講生4人と共に2019年3月、学生が新規事業を行う際の支援や商品開発などを行う「インキュベーションポートやまがた株式会社」を設立し、2020年からは代表取締役を務めている。

阿部さん2

「山形大学EDGE-NEXT」の受講生と小野寺教授をはじめとした講師陣。各業界の第一線で活躍する外部講師を招き、起業家精神と起業に必要なスキルについて学んだ。

探究教室で講師のアルバイト、
会社の思いに共感し取締役に。

 「探究教室 ESTEM」に関わることになったのは、大学時代の後輩から「教育事業の立ち上げを手伝ってほしい」と持ちかけられたことがきっかけだった。教育分野の知識がなかった阿部さんは現場を知ろうと、たまたま見つけた「探究教室ESTEM」の講師募集のアルバイトに応募した。子どもたちとの時間を過ごす中で「実践的な学びが地域を変える」という教室のコンセプトに強く共感。ESTEMを創設した大垣敬寛さんが代表取締役を務める「株式会社山のむこう」に加入し、2021年から取締役を務めている。  
 ESTEMは米沢校に加えて今年4月に山形校が開校。小学校低学年から高校生までの約60人が学ぶ。英語や数学といった普通科目はなく、阿部さんを含むスタッフがさまざまな観点からテーマを考え、授業を作成している。「今後、人工知能が学校教育に浸透することが予想される中、必要になるのはティーチングよりコーチング。単に学問の知識を与えるのではなく、より実践的な授業を行い子どもたちの興味・関心を引き出してあげることで、主体的に動き問題解決に導く力が養われる」と力強く話す。
 地元の魅力を伝えるPR動画を自主制作したり、地元の茶屋さんが抱える茶器の在庫を、ECサイトで販売するためプロの写真家に商品撮影のコツを教わったりと、授業の内容はバラエティーに富んでいる。一貫しているのは子どもたち自身で課題を掘り起こし、そこで得た知識で解決に取り組むことだ。

阿部さん3

理系の知識を生かし「サイエンス・ラボ」の授業を担当する阿部さん。元素の仕組みを学ぶため気体を爆発させたり、紙飛行機が飛ぶ原理を知り、どうすれば長く飛ぶようになるか考えたりと、子どもたちの興味・関心を引くテーマで授業を行う。

阿部さん4

授業で興味が沸いたことをさらに探究する「ESTEM研究部」の小学生チームが、「サイエンスキャッスル2022東北大会」に参加。中高生研究者が集まるアジア最大級の学会で、小学生ながら堂々と研究の成果を発表した。

学生起業家を全面サポート。
「失敗を恐れずに進もう」。

 阿部さんが代表を務める「インキュベーションポートやまがた株式会社」は、「山形大学EDGE-NEXT」の受講生から生まれたビジネスアイデアを具現化し、社会実装するための支援を目的に設立された。学生が新規事業を立ち上げる際に壁となる資金確保や、知識面のサポートなどを行っている。2019年には同社の取締役を務める安孫子眞鈴さんが、山形大の大学院在学中に発案した米粉グミの開発をサポートするため、クラウドファンディングで資金を調達。時間がたつと弾力が変わる蜂蜜漬けの米粉グミ「米TIME(マイタイム)」を2021年に商品化へと導いた。
 「本当はやりたいことがあるのに、何も行動しないまま『自分には無理』とあきらめてしまう学生が多いのではないかと思います。それはすごくもったいない。ESTEMに来ている子どもたちには、自分がやりたいと思ったことに真っすぐに挑戦する楽しさを感じてほしい。そして近い将来、『山形で事業を始めたい』と相談されたときには、真っ先に力になれるよう僕も頑張っていきたい」と阿部さんは笑顔で夢を語る。
 インキュベーションポートやまがたのウェブサイトに掲げられた言葉は「失敗を恐れずに進もう」。今後、阿部さんの存在が起業を目指す学生たちの大きな支えとなっていくはずだ。

阿部さん6

「ボードゲーム発明体験」の授業をきっかけに小中高生9人が開発したオリジナルボードゲーム「はるたいる」。サイコロを振って駒を動かし、決まったマスに止まると自分のタイルが置ける。スペシャルカードを引くと相手の妨害など有利に進めることができ、 一定の升を自分のタイルで埋めきったら勝ち。クラウドファンディングで資金を集め、商品化することにも成功した。

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あべこういち

あべこういち ●山形県酒田市出身。 2019年工学部システム創成工学科卒。19年3月「インキュベーションポートやまがた株式会社」を立ち上げ。2020年に代表取締役に就任する。自社を経営する傍ら山形県内で飲食店、教育事業などを行う「株式会社やまのむこう」の取締役を務める。

※内容や所属等は2023年4月当時のものです。

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