はばたくひと #23

井口雄一&江上聡

卒業生2人が翻訳エンジンの開発で
学生に貴重な体験と雇用を提供。

2022.01.15

卒業生2人が翻訳エンジンの開発で学生に貴重な体験と雇用を提供。

本学人文学部の卒業生であるトランスユーロ社の井口雄一社長とシストランジャパン社の江上聡代表は、共同でAI翻訳エンジン開発に取り組んでいる。そのプロジェクト業務の一部を母校である本学に委託。人文社会科学部の学生が訳文データの処理と翻訳精度の確認に携わっている。そこには、コロナ禍で学業もアルバイトも制限された後輩たちに貴重な体験と経済的支援を届けたいという温かい思いがあった。

プロジェクトの遅延を回避し、
学生の支援にもつながる協力関係

 井口さんが社長を務めるトランスユーロ株式会社では、2020年からAI翻訳エンジンの開発を手掛けることになり、SNSで協力者を探したところAI翻訳の先駆的企業であるシストランジャパン合同会社の江上代表がヒット。偶然にも2人は本学人文学部の卒業生、学年の違いから学内で出会っていた可能性はないが、同じ翻訳業界で活動してきたことが接点となった。初対面は2020年3月、膨大な翻訳データの蓄積があるトランスユーロ社とAI翻訳の開発では実績のあるシストラン社が協働することでプロジェクトチームはより強力な布陣となった。
 当初、訳文データの処理と翻訳精度の確認作業は自社で行うとしていた井口さんだったが、他業務の繁忙さに加えてコロナ禍で企業活動が思うに任せず、開発の遅れが懸念されたため外部団体への依頼を決断。そこで、井口さんの脳裏に浮かんだのは、一番楽しいはずの大学時代にコロナ禍で精神的にも経済的にも厳しい状況に置かれている後輩たちのこと。このプロジェクトの一部業務を母校に委託することで、学生たちにAI翻訳エンジンの開発に関わるという貴重な体験と経済支援を届けられると考え、2021年7月に大学との間で「訳文データ(原文・訳文)の量に応じたAI翻訳エンジンによる翻訳精度の変化」契約を締結した。

井口さん、鈴木享教授、江上さん

学長定例記者会見が行われた2021年11月4日に本学を訪れた際の井口さん(写真左)と江上さん(写真右)。写真中央は、本委託事業の担当者で英語学が専門の鈴木享教授。

文系の産学連携を盛り上げたい
本事業を継続し、学部の伝統へ

 本事業は、英語学が専門の鈴木享教授が受託し、人文社会科学部の学生9名がAI翻訳エンジン(英日・独日)の訳文データの処理と翻訳精度の確認に携わっている。井口さんの会社に蓄積された翻訳データをAIに正しく学習させるために英文と日本文、ドイツ語文と日本文をズレなくきれいに揃えていくという作業で、英語、ドイツ語に精通していることが求められる。学生たちとは定期的にWebミーティングを行なっており、昨年11月には直接の対面もかなった。学生たちの吸収力や柔軟性、質問の的確さから真面目で勉強熱心との印象を受けており、予想以上のパフォーマンスですでに2〜30万の照合を終えている。
 本学には、学生の就業意識の向上や経済的支援を目的に本学の業務・事業に学生を参画させるアドミニストレイティブ・アシスタントという独自の制度があり、本事業もその制度を活用している。学生たちは、最新のAI翻訳エンジンの開発に貢献できるという充実感とともに経済的支援も得られている。コロナ禍でアルバイト収入が激減している学生たちにとってまさに大先輩からの愛ある支援。井口さんからは、「今の学生たちから後輩にノウハウを継承し、今後も安定的に協力いただけると心強い」と、継続的な産学連携の提案がなされている。

人文社会科学部の学生たち

学長定例記者会見の終了後、本事業に携わっている人文社会科学部の学生たちが、井口さん、江上さんのもとを訪れた。Web会議では顔を合わせていたが実際はこれが初対面。

大学での学びを生かし、増幅させ
それぞれに充実した今がある

 母校、そして後輩たち思いの2人の卒業生は、どんな山大生時代を過ごし、どんな経歴を経て現在があるのだろうか。東京出身の井口さんは、まだ山形新幹線もない時代にはるばる山形へ。英文学科ながら哲学や心理学、確率統計論なども熱心に学び、それらは経営者の立場にある今に生きているという。バドミントン部に所属し、その遠征費用を稼ぐためにバイトに励みながら航空業界に就職するという初志も完徹。日米3つの航空会社を渡り歩き、20 代後半にはスチュワードとして世界中を駆け回った。その後、法律事務所での人事責任者等を経て、現在の翻訳会社の設立に至っている。
 一方、江上さんは英語英文学科で英語学を専攻。言語学、言葉と脳、コンピュータ、それらを横断的に学びたいとの思いから米国サンディエゴ州立大学大学院へ留学。「山大で取得した単位の多くが認められ、他の留学生よりも学費が抑えられ感謝しています」と江上さん。在学中からAI翻訳に関して50年以上の歴史を持つシストラン社で働き、そのまま就職。江上さんの帰国に合わせて日本支社が設立され、2020年4月から日本代表を務めている。山形から世界へ、グローバルに活躍する先輩たちは、厳しい環境の中でも後輩たちが大いに学び、楽しみ、手応えのある大学生活を送ってほしいと願い、応援してくれている。

日本航空勤務時代の勇姿

大学卒業後、20年以上にわたって日米3つの航空会社に勤務。20代後半にはスチュワード(男性の客室乗務員)として世界主要都市を巡って活躍していた井口さん。写真は日本航空勤務時代の勇姿。

シストラン社に勤務していた江上さん

米国サンディエゴ州立大学大学院在学中からシストラン社に勤務していた江上さん。長年AI翻訳の仕事に携わり、日本支社設立に大きく貢献。

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いのくちゆういち

いのくちゆういち●東京都出身。1992年人文学部卒業。トランスユーロ株式会社代表取締役。22年間の航空会社勤務を経て2015年に現在社長を務める翻訳会社を設立。AI翻訳エンジンの開発に関わる業務を本学学生に委託。

えのうえさとし

えのうえさとし●山形県出身。1996年人文学部卒業。シストランジャパン合同会社日本代表。計算言語学を学ぶためサンディエゴ州立大学大学院に留学。米国シストラン社勤務を経て2020年に帰国し、同年4月より現職。

※内容や所属等は2021年12月当時のものです。

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