研究するひと #23

野々村美宗

オリジナル摩擦評価装置を開発し、
「しっとり感」のメカニズムを解明。

2019.11.30

オリジナル摩擦評価装置を開発し、「しっとり感」のメカニズムを解明。

さらさら、べたべた、しっとりなど、人がモノに触れた時に感じる感覚は個人差があり、あやふやで曖昧な心理現象。特に、「しっとり感」は英語などの他言語では表現が難しい不思議な感覚。野々村美宗教授らの研究グループでは、オリジナルの摩擦評価装置を開発し、「しっとり感」の物理的なメカニズムの解明に成功した。この研究成果は、化粧品や自動車、衣服、バーチャルリアリティなど様々な分野への応用が期待されている。

化粧品や繊維等で重視される
「しっとり感」に着目、解明へ。

 化粧品会社で10年以上にわたって研究員を務めていた経歴を持つ野々村美宗教授は、その経験を生かし、国立大学としては恐らく唯一であろう「化粧品学」の講座を開講している。化粧品開発の一環としてクリームやパウダーの塗り心地、触り心地を評価するうち、手触りといった触感への興味が高まり、研究者として大学に着任するに至ったという。
 野々村先生が特に注目した触感が、化粧品や繊維商品で重視される「しっとり感」。辞書によれば「湿る程度に濡れている様子、適度に水分を含んでいるさま」などと定義されているのだが、布や本革などの液体を含まない物質にもしっとり感を感じるという点に着目。しかも、日本では日常的に使われているにもかかわらず、英語をはじめとする他の言語には、対応する単語すらないという不思議にも研究意欲をそそられた。

オリジナル装置を開発し、
しっとり感を物理学的に解明。

 野々村先生の研究室では、電気通信大学の坂本真樹教授らとの共同研究で「しっとり感」という心理現象の物理的メカニズムの解明に乗り出した。まず、最も鋭敏な触感を持つとされる若い女性20名(学内の20〜25歳)を対象に、化粧用粉体、人工皮革、ゴム、金属など12種類のいろいろな材料について「しっとり感」の官能評価を実施。その結果、「しっとり感」が最も高いのはファンデーションの原料である化粧用粉体で、「湿り感」と「なめらか感」とが組み合わされると「しっとり感」として認知されることを明らかにした。さらに、「しっとり」という単語について、子音・母音の種類、濁音の有無などの音韻学的な特徴を調べ、それをオノマトペ(擬音語・擬態語の総称)52語の印象について調べたデータベースに当てはめて、その印象を予測したところ、音韻学的にも「湿り感」と「なめらか感」「冷感」などと結びついていることが確認された。

官能評価の対象となった様々な物質

官能評価の対象となった様々な物質 「しっとり感」を官能評価する対象となった化粧用粉体・樹脂・人工皮革・金属・布などの様々な材料。同じ材料を、特に感覚が鋭いとされる若い女性と、バイオミメティック触感センシングシステムの両方で評価を行った。

 次に、この湿り感となめらか感がどのような物理的刺激によって発現するのかを解明するために、指のなめらかな動きを再現するオリジナルの摩擦評価装置「バイオミメティック触感センシングシステム」を開発。評価する材料に接触する部分には、皮膚表面に加わる力学現象をモデリングするために人の指の構造・硬さ・表面物性を模倣した「指モデル」を開発し、女性を対象に行った官能評価同様に12の材料について、摩擦特性、熱物性、力学特性、表面形状などあらゆるデータを収集し、解析を行った。そこからは、滑り出しとその後の摩擦抵抗の大きさにギャップがあるほど湿り感が強くなること、摩擦抵抗が一気に減少するほどなめらか感が高くなることがわかり、この2段階の物理現象により「しっとり感」が喚起されることがわかった。

バイオミメティック触感センシングシステム

バイオミメティック触感センシングシステム 野々村研究室で開発を手掛けた、世界でただ一台の摩擦評価装置「バイオミメティック触感センシングシステム」。指のなめらかな動きを再現することでヒトがモノに触れた時に皮膚に加わる物理的刺激を測定することができる。

摩擦刺激の実験に用いた指モデル

摩擦刺激の実験に用いた指モデル バイオミメティック触感センシングシステムの接触部分に使用されている指モデルも、野々村研究室のオリジナル。主な材料はウレタン。ヒトの指の構造・硬さ・表面物性を緻密に再現しており、さまざまな用途に活用されている。

VRやロボットへの応用も視野に
「SHITTORI」触感を海外に発信。

 野々村先生は、2018年末に本研究の成果を英国科学誌Royal Society Open Scienceに投稿。「しっとり」という概念が伝わりにくい英国においては検証が難しく審査に手間取ったようだが、2019年7月10日(現地時間)付けでオンライン掲載された。それによって日本国内はもとより、イギリスや中国、スウェーデンなどからも反響が得られた。さらに今後は、「ぬくもり」「さらさら」などの触感についても解明に取り組む予定だ。こうした触感の物理学的メカニズムの解明は、サイエンスとしてだけではなく、工学的な価値も大きい。既に、高級感あふれる化粧品や繊維、自動車用材料の開発に応用されているほか、よりリアルなバーチャルリアリティや、触感を感じるヒューマノイド型ロボットなどへの応用に関しても、他の大学や企業との共同研究が進んでいる。
 日本人や、日本語の持つ繊細な触感をデータ化、可視化したことで、「KAWAII」や「EMOJI」のように「SHITTORI」も共通言語になりつつあるようだ。

皮膚表面に加わる力学現象の再現

皮膚表面に加わる力学現象の再現 バイオミメティック触感センシングシステムの動作部分をクローズアップ。精巧な指モデルが評価対象物に触れながらなめらかに動くことで、摩擦特性、熱物性、力学特性、表面形状、含水量などを測定することができる。

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ののむらよしむね

ののむらよしむね●教授/専門はバイオ化学工学。慶應義塾大学大学院後期博士課程修了、博士(工学)。花王株式会社勤務を経て、2007年本学着任。「しっとり感」を感じるメカニズムを解明し、注目を集める。

※内容や所属等は2019年当時のものです。

みどり樹

この内容は
山形大学広報誌「みどり樹」
Vol.76(2019年10月発行)にも
掲載されています。

[PDF/3.7MB]

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