研究するひと #24

江目宏樹

ナノレベルで「ふく射熱」を制御
火災現場の減災目指し共同研究。

2020.02.15

ナノレベルで「ふく射熱」を制御火災現場の減災目指し共同研究。

私たちが太陽の光やたき火を暖かいと感じるのは、その光や炎からの「ふく射熱」によるもの。伝熱工学が専門の江目宏樹助教が取り組むナノ粒子を使って熱が伝わる現象を制御する研究は、2018年度の日本機械学会奨励賞を受賞。火災現場で炎の熱を遮る技術への応用が期待され、2019年度の総務省消防庁の新規課題としても採択された。消防活動の支援を模索し、各方面との連携、共同研究を進めている。

「冷たい黒」の研究から発展
ナノ粒子で火災現場の熱を制御。

 「黒い色=熱い」というイメージがあるのは、黒が太陽の光を吸収するから。太陽の光には目に見える「可視光」と、エネルギーの半分以上を占める目に見えない「近赤外光」があり、この目に見えない近赤外光だけを反射し、可視光の吸収をそのままにすることで「冷たい黒(クールブラック)」を実現する。伝熱工学を専門とする江目先生は、こうした研究に大学院生時代から取り組んできた。そのメカニズムは、ナノマイクロスケールにおいて粒子の散乱現象を制御することで、塗料の反射性能をコントロールするというもの。本学着任後も研究を継続し、ナノマイクロ粒子というミクロな現象を制御することで、住宅や車の冷房負荷を軽減するなど環境問題に貢献することを目指している。
 さらに、この研究の発展形として、ナノマイクロ水粒子を用いて火災現場等におけるふく射熱を遮断する研究「ふく射熱遮断スプリンクラーの開発」が、2019年度の総務省消防庁の消防防災研究助成の新規課題として採択された。火災現場において火炎から放射されるふく射熱を遮断するために、最適な水粒子の層を形成することのできるスプリンクラーの設計指針の構築を目指すというもの。江目研究室を中心に東北大学、置賜広域行政事務組合消防本部、八戸工業高等専門学校との共同研究として進められている。

冷たい黒とは

左は冷たい黒で、右が一般的な黒。同じ条件下で赤外線で見てみると、冷たい黒の方が温度が低いことがわかる。可視光の吸収はそのままに、近赤外光だけを反射することで冷たい黒が実現している。

マイクロ水粒子により、
消防士も消防車も安全に守る。

 実際の火災現場では、ふく射熱の影響で消防車の車体が変形してしまうこともあるため、ふく射熱対策は大変重要な課題とされている。江目先生の研究に強い興味を示したのは工学部のある地元米沢の「置賜広域行政事務組合消防本部」。江目先生はふく射熱遮断に関する講演を依頼され、その後の懇親会においては消防士の方々から研究に対する並々ならぬ期待が語られた。「是非社会実装させて欲しい」との声まであがったという。その熱意に江目先生の研究に対するギアも上がり、火災現場で消火活動を行う消防士たちにヒアリングを行うために学生とともに消防本部を訪ねた。
 当初は、消防士たちの身を守るためのふく射熱遮蔽スプリンクラーのようなものを想定していた江目先生だったが、消防活動の際の装備や規範からするとそこでのニーズは考えにくく、むしろふく射熱で変形してしまうことがある消防車両に対してこそ有効であることがわかった。消防車の側面にスプリンクラー(自衛噴霧装置)が装備されてはいるが、単に火災現場と車両との間に放水しているだけで熱の遮蔽効果までは期待できない。社会実装を目指す上では、ナノマイクロ水粒子を用いたふく射熱遮蔽スプリンクラーを車体用に開発することがもっとも現実的かつ有効と見て、具体的な研究に向けてヒアリングと見学の結果を大学に持ち帰った。

ふく射熱遮蔽性能の実験の様子

ミスト層のふく射熱遮蔽性能を確かめるため、市販のノズルを用いてふく射熱がどれだけ遮られるか評価する実験の様子。

消防士からヒアリングを行う江目先生

消火活動時のふく射熱対策として江目先生の研究への期待の高まりを受けて、米沢消防署で消防士の方々からヒアリングを行う江目先生。現場の声を聞き、研究の方向性を確かめた。

消防車の自衛噴霧装置

火災時のふく射熱から消防車の車体を守るために装備されたスプリンクラー(自衛噴霧装置)。しかし、現状ではふく射熱の遮蔽に充分とはいえない。今後は、より効果的な車体スプリンクラー開発の可能性を探る。

バイオミメティックスも研究対象
学生には発表する力を徹底指導。

 若い江目先生の探求心は伝熱工学に留まらず、近年は動物や植物の機能をまねて利用しようという技術、バイオミメティックス(生体模倣技術)への関心も高まっているという。たとえば、カメレオン。実は、クールブラックの性能向上を目指した研究は、2層の皮膚を持ち、1層目で可視光を制御して体の色を変え、第2層で近赤外光を制御して体温を保つカメレオンの熱保護能力にインスパイアされている。また、グアバの葉に擬態したコノハムシの研究を通して擬態生物のメカニズムを、多肉植物の一種ハオルチアが暗い場所でも育つことからその採光技術を、それぞれの動植物が持つ不思議な機能を解明することで技術への応用につなげることができるのではないかと考えている。
 江目研究室では、卒業論文や修士論文に向けての研究そのものの指導はもとより、特に力を入れているのは、人前で発表する力。江目先生は、聞き手の視点に立った発表の仕方を徹底指導している。2019年11月には、修士の学生にICFD「第16回フローダイナミクス国際会議」という大きな舞台で発表を行う機会を与えた。こうした経験は本人の自信になり、周囲の学生のモチベーションにもなる。スタートして3年目の江目研究室は、研究室としての特色が徐々に築かれる途上にある。今後もさまざまな話題を提供してくれることだろう。

コノハムシとグアバの葉の比較写真

グアバの葉(右)に擬態しているコノハムシ(左)。江目先生の学術的興味はバイオミメティックス(生体模倣技術)にも向けられており、擬態生物メカニズムの技術への応用を目指している。

多肉植物ハオルチアの写真

多肉植物の一種ハオルチアは、丸い葉の先が透明になっていて光を取り込むことができ、暗い所でも育つという。その点に着目し、採光技術を持つ植物として論文化を進めている。

国際会議でポスター発表する大学院生

2019年11月に仙台市で開催されたICFD「第16回フローダイナミクス国際会議」でポスター発表を行う江目研究室の大学院生。受賞には至らなかったものの高い評価が得られた。

つづきを読む

ごうのめひろき

ごうのめひろき●助教/専門は伝熱工学。東北大学大学院工学研究科修了、博士(工学)。「ナノ粒子散乱性媒体によるふく射伝熱制御の研究」で2018年度日本機械学会奨励賞受賞。芝浦工業大学講師等を経て2017年本学着任。

※内容や所属等は2019年当時のものです。

他の記事も読む