研究するひと #20

川上勝

3Dプリンタで介護食革命、
「食べる」を楽しく、介護を楽に。

2019.07.15

3Dプリンタで介護食革命、「食べる」を楽しく、介護を楽に。

3Dプリンタを使った新産業や革新的技術の創出がめざましい昨今、川上勝准教授の提案する研究テーマ「形状、食感を制御したソフト食の製作技術の開発」が、2018年度科学技術振興機構未来社会創造事業(探索加速型)に採択された。高齢社会が加速する中、3Dプリンタにより高齢者の食生活の質的向上を図るとともに介護者の負担軽減にもつながる研究として国内はもとより、海外からも高い関心と期待を集めている。

「川上モデル」から介護食まで
3Dプリンタの可能性、新分野へ。

 もともとは化学が専門でタンパク質等の研究を行ってきた川上先生。研究分野としては3Dプリンタとは無縁だったはずが、化学的な研究を進める上で有効な手法や装置の開発に取り組むうちに、カラー3Dプリンタに大きな可能性を感じるようになった。構造が複雑であるため、立体的・直感的にイメージすることが難しいタンパク質の分子模型を、カラー3Dプリンタで製作する方法を開発。それらは「川上モデル」と呼ばれ、教育や研究の現場ではすっかり馴染みの教材として世界的にも知られている。その後、元来ものづくりが好きな性格も手伝って、徐々に3Dプリンタに関する研究の比重が増し、3Dゲルプリンタの研究が盛んな本学への着任につながった。
 現在は、ソフト&ウェットマター工学研究室SWEL(スウェル)の研究者として、分子模型の発展形としての臓器模型や、より生体に近い材料(ゲル)を使った新規モデルの開発にも取り組んでいる。さらに、食べ物もゲルであることに着目し、地元企業との共同研究で、柔らかい食材をきれいに積み上げていくフードプリンタを開発した。目の前で好きな形の食べ物が立体で出来上がっていく、イベント性、話題性は評価されたものの、コスト的に実用化は難しいと食品メーカーからの支持は得られなかった。しかし、“柔らかい食材”という点に介護食メーカーが興味を示した。

従来の介護食の画像

日本では、大手食品メーカーも参入し、実に多種多様な介護食が市販されているが、その多くがこのようなペースト状。見た目から食べる楽しさを感じることは難しい。

3Dプリンタによる介護食の画像

ニンジンをペースト状にしたものを3Dプリンタで形づくった介護食。一見、輪切りのニンジンが重なっているように見える。食べやすさはそのままに、食欲をそそる形を再現。

見た目も食感も美味しい介護食
食べる楽しみと省力化を両立。

 日本は世界的に見ても高齢化が深刻な国。そういった背景もあって、食べ物を噛む力や飲み込む力が弱くなった人のための介護食の開発・製造に関しては、他国に先駆けている。大手食品メーカーも参入し、市販されている介護食の種類は多種多様だが、そのほとんどがドロドロのペースト状。栄養面や安全性には優れているものの、見た目や食感は決して食欲をそそるものとは言えない。川上先生の研究チームでは、3Dプリンタを使って、食感や見た目が元の食品に近い介護食を作ることを目指している。例えば、ペースト状のニンジンを細い金属製のノズルから押し出し、一筆書きの要領で何層にも積み上げて立体的に仕上げると、一見、輪切りにしたニンジンそのものを並べたような形のソフト食が出来上がる。さらに、複数のノズルを使うことで硬さや味の違う材料を組み合わせて、色味や歯ごたえに変化を持たせることもできる。「将来的には、介護施設や家庭に3Dプリンタが普及し、一人ひとりの好みや体調に合わせた介護食が手軽に作れるようになってほしい」と川上先生。
 この研究は、高齢者の食のQOL(生活の質)向上に貢献するとともに、介護者の負担軽減にもつながることから実用化が期待される研究開発として、2018年度科学技術振興機構未来社会創造事業(探索加速型)に採択された。

食品3Dプリンタの試作機の画像

コンピュータにCADで製作した雪の結晶の設計図を入力。ニンジンのペーストをセットしてスタート。金属製ノズルの下の受け皿が小刻みに動いて、みるみるうちに雪の結晶が出来上がる。

CADなどで製作された設計図の画像

CADなどで製作された設計図を入力するだけで、介護食の形が自由自在。2つのノズルに別々の食材や粘度のものをセットすることで、味や食感に変化を持たせることもできる。

介護食の市場、ニーズは拡大必至
高齢社会の「食」に明るい未来。

 本プロジェクトは、東京の食品メーカー、地元米沢市の射出成形加工メーカーとの共同研究で、それぞれ材料の開発・提供や機器製作で協力を得ている。川上先生の研究チームの今後の役割は、3Dプリンタシステム自体の精度を高め、メニューの充実を図ること。そして、各種データの収集と蓄積。軟らかさが求められる介護食、軟らかいと形が崩れやすい3D、この矛盾を成立させる最適な食材の軟らかさや粘度、温度、ノズルからの吐出速度等を測定してデータ化している。さらに、高齢者に試食してもらい、味や食感、印象などを調査することも重要。その結果をフィードバックし、3Dプリンタの改良につなげる。また、介護施設や各家庭で食品3Dプリンタが他の家電製品の仲間入りをするシーンがイメージしやすいように、モックアップ(実物大の模型)の製作も予定している。
 介護食市場が拡大していくことは確実で、栄養摂取に加えて、食べる楽しみが求められる時代へ。高齢者一人ひとりの好みや体調に合わせた、見た目も食感も美味しい介護食を、手軽にカスタマイズできる食品3Dプリンタ。世界的な日本食ブームとも相まって、海外展開が先行する可能性も考えられる。課題の多い高齢社会に、食という最も身近な分野で明るい話題を提供してくれる「食品3Dプリンタ」の完成と普及が待ち遠しい。

食感や味を改良した
新しい介護食の開発に向けて

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かわかみまさる

かわかみまさる●准教授/専門は生物物理学、構造生物学。神戸大学大学院修了、理学(博士)。3Dプリンタに早くから注目し、タンパク質分子模型の製作方法を開発。現在は、介護食への応用を研究中。2014年本学着任。

※内容や所属等は2019年当時のものです。

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