研究するひと #49
内海由美子
共に暮らし、支え合う。
外国出身者と地域のために、日本語教育ができること。
2022.06.30
研究するひと #49
内海由美子
2022.06.30
学士課程基盤教育機構の内海由美子先生の専門は「日本語教育学」。教育機関に所属していない地域の外国出身者の日本語学習を、どう支援していくのかを研究してきた。2022年春には山形・岩手・秋田の関係者と県の垣根を越えて連携し、地域日本語教育専門人材を養成する講座を開設。外国出身者自身の言語・文化を尊重しながら質の高い日本語教育を提供できるプロ教師を育成し、地域日本語教育の体制整備も目指している。
日本で日本語教育を必要とする外国出身者は、留学生だけではない。
内海由美子先生が、教育機関に所属しない外国人のための「地域日本語教育」の必要性を痛感したのは、本学に着任し、山形県の外国出身者の現状に接したことが、きっかけだった。
日本で初めて行政主導の国際結婚が行われた県である山形には、日本人男性と結婚し、日本語ができないままフィリピンや韓国、中国などから移住してきたアジア出身女性が、数多く暮らしている。
ほとんどの女性は生活の中で、家族のために日本語を使ううちに、話したり聞いたりといったコミュニケーションは、ある程度取れるようになる。しかし話せるだけで、読み書きはできないという人も少なくない。生活に必要な情報を文字から自分で得られなければ「情報弱者」となってしまう。
書けないことも、日常生活に支障を来す。例えば、女性たちが書く必要に迫られるのは、どんな場面だろう。
自身も子育てをした経験から「保育園や幼稚園の連絡帳だ」と気付いた内海先生らグループが、全国40数名の外国出身の母親たちの協力を得て完成させたのが、外国出身保護者のための支援サイト「幼稚園・保育園の連絡帳を書こう」(https://renrakucho.net/)だった。
外国出身の女性たちにインタビューし、連絡帳を自分の手で書けないことで、母親としての自信を喪失しているケースがあることを知った。母親たちにとって連絡帳のやり取りは、情報を伝え保育施設と信頼を築く作業だけではなく「自身が子育てを主導し、母親の役割を果たしている」という実感や自己肯定感にも直結していた。
近年、山形県では結婚移住の外国出身者が減る一方、労働者や技能実習生が増え、留学生も多い。
折しも文化庁の「地域日本語教育の総合的な体制づくり推進事業」が始まり、国や地方公共団体、事業主の責務が「日本語教育の推進に関する法律」に明記された。しかし、かつて新庄市に設置されていた「新庄コンピュータ専門学校日本語コース」がなくなって以降、県内に日本語学校は整備されていない。外国出身者たちの日本語学習支援を担ってきた志あるボランティアは、高齢化が進んでいる。法律ができても、地域の体制づくりは進まないままだ。
地域日本語教育を、このままボランティアだけに依存していていいのか。日本語教師を増やさなければ、地域に住む外国出身者が達成感を持って仕事をし、幸せに暮らす状況は生まれないのではないか。山形県内だけで、解決できる問題ではない。
内海先生は20年余り前から東北持ち回りで開催されていた「日本語学習支援ネットワーク会議」のつながりを頼りに、山形県同様に移住者たちの日本語教育の課題を抱える、岩手県の岩手大学国際教育センター、秋田県の国際教養大学専門職大学院グローバル・コミュニケーション実践研究科の先生方に、協力を依頼。学内の仁科浩美先生、今泉智子先生とともに、人材養成に向けた講座開設の構想をまとめた。
目指したのは、単に日本語教師を養成するだけでなく、人材と仕事を結び付ける体制づくり。
人材と企業との橋渡しには岩手・秋田両県と山形市の国際交流協会、山形県の日本語教師による団体「特定非営利活動法人ヤマガタヤポニカ」が協力してくれることになった。これまでも、山形県で日本語教育の市場を開拓してきたヤマガタヤポニカには企業と交渉し、契約を結び、教育の結果を目に見える形で報告する、といった大学にないノウハウがあった。
講座修了生を県や市の人材バンクに「地域日本語教育専門人材」として登録し、カリキュラムや教材、事業者との契約に関して情報交換を行う、ネットワーク構築に向けた道筋が見えてきた。
2022年春に開講した「地域日本語教育専門人材養成講座」は、受講者一人一人を手厚くトレーニングする実習優先のプログラムだ。
単に教科書を読み、練習問題を解くだけの文法中心の従来の日本語教育に不十分だった「身に付けた日本語をどこで、どんな行動で使うのか」という視点を重視。「保育施設に提出する連絡帳を書けるようになる」といった「行動」を中心に据え、地元スーパーマーケットの名称や地元自治体のルールに即したごみの捨て方といった地域社会での生活に必要な情報、知識も盛り込んだ。「勉強した日本語を実際に地域社会で使い、生活の質を上げることができなければ、教育の目的は達成できません」と内海先生。
受講生募集には、関係者の期待を上回る定員の倍以上の希望者が殺到。医療関係者から企業関係者、日本語教育能力検定試験合格者、日本語教師養成講座の受講経験者まで、さまざまな人が集まった。現在は経験や素養のある受講者に限っているが「前段階の基礎講座も開いてほしい」とリクエストが寄せられるなど、反響が広がっている。
内海先生は「日本語教育は、これからの国際化社会を生きる人に必要な素養。日本語教育学を学び、日本語や日本の文化を第三者的な視点で見ること、異文化の視点に立つことで、複数の視点を獲得できます」と話す。
今まで何のつながりもなかった国の出身者と交流し仲良くなれば、その国の災害や事件は他人事でなくなる。「それは大げさに言えば、国際平和に向けた第一歩です」と内海先生。
日本語教育の対象は、外国出身者に限らない。外国出身者が理解しやすい「やさしい日本語」を話すなど、受け入れに必要な意識形成の地域への働き掛けも、期待される役割の一つだ。
近所にどんな外国出身者が暮らし、どんな問題や文化的背景を抱えているのかを、住民に共有してもらうことで、非常識と思われていた行動や状況も理解され、互いの文化・習慣を伝える対話につながる。防災などの地域づくりにも、外国出身者の参加は欠かせない。
日本語教育に携わる人材を地域に増やし、社会的認知度を高める意義は大きい。
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うつみゆみこ●教授/専門は日本語教育学。筑波大学大学院地域研究科修士課程、国際学修士。2004年に着任。山形県内に暮らす外国出身者の教育支援にも尽力。「山形県外国人児童生徒受け入れハンドブック」や、山形市の学校教育について多言語で紹介するウェブサイト「山形市のたのしい学校」(http://y-chuo-lions.jp/school/)も手掛けた。
※内容や所属等は2022年6月当時のものです。