研究するひと #14

嘉山孝正&山下英俊

オーダーメード医療への第一歩。
全国に先駆け、運用スタート。

2018.10.15

オーダーメード医療への第一歩。全国に先駆け、運用スタート。

2018年4月1日に厚生労働省から「がんゲノム医療連携病院」の指定を受けた医学部では、そのわずか2カ月後に全国に先駆け「山形バイオバンク」の運用をスタート。さらに、長年のコホート研究により2万人以上の遺伝子データを蓄積しており、ゲノム医療新時代への大きなアドバンテージを握っている。嘉山孝正医学部参与と山下英俊医学部長とともに、一人ひとりを思うオーダーメード医療の今後を展望した。

なぜ、がんゲノム医療か
ゲノムとがんの関係とは。

 「ゲノムとは何か」、「なぜ、がんゲノム医療なのか」。人間の体は細胞でできており、その細胞の核にはDNA(デオキシリボ核酸)があり、そのDNAの一部分で、細胞を構成する一個一個の物質の作り方を決めている暗号の部分を遺伝子という。「ゲノム」はそういった遺伝子全部を含むDNA全体、細胞そのものの設計図なのだ。
 遺伝子の並び方に変化が起こるとがんができてしまう。例えば、細胞には数が増えすぎないようにブレーキをかける役目の物質があるのだが、その物質をつくるための遺伝子の暗号の一部がなくなるとブレーキ物質が作れなくなり、増殖の暴走が起き、細胞が異常に増えてその塊ががん細胞になる。がん発生を引き起こすヒトの遺伝子異常が初めて突き止められたのは1982年。その後、様々ながん細胞でがん遺伝子、がん抑制遺伝子と呼ばれる遺伝子が発見され、発症のメカニズムやがんの基本的な概念が確立されてきた。しかし、それですべてのがんが治せるわけではない。同じがんでも患者によって〈暗号〉の並びの変化の仕方が異なり、その違いが分からないと対処の仕方が分からなかったからだ。患者一人ひとりの設計図を読み解くには、膨大な時間を必要とした。その後、技術革新により読み解くスピードが格段にアップし、患者一人ひとりの遺伝子〈暗号〉の変化を読み解くことができるようになった。
 さらに、初めてヒトゲノムの全配列を解読することに成功したのは2003年。日米の大プロジェクトで実施され、開始から13年の年月を要した。その後、数多くのがんのゲノムで〈暗号〉が解読され、患者一人ひとり、一つ一つのがんの異常がわかり、それに対応する治療が開発できるようになってきた。

DNA、遺伝子、ゲノムとは?

中核拠点病院よりも早く
バイオバンク早期創設の経緯。

 今や日本人の2人に1人ががんにかかる時代。がんの原因となる遺伝子変異を解析し治療に役立てようとするゲノム医療が世界中で注目を集めている。日本でも2018年4月、厚生労働省は国立がん研究センター中央病院など、全国11カ所の医療機関をゲノム医療の中核拠点病院に選定し、東北ブロックでは東北大学が拠点病院に、山形大学は新潟大学や福島県立医科大学などと共に連携病院に指定された。医学部では、この指定を受ける以前から同意を得た患者から血液などの生体試料を採取、蓄積してゲノム医療に役立てる「山形バイオバンク」の創設準備を進めており、すでに6月1日から運用を開始している。その牽引役となった嘉山孝正医学部参与は、ゲノム医療に取り組まなければ今後先端医療はできないと考え、国立がん研究センターの理事長時代には、6つの国立高度専門医療研究センター(ナショナルセンター)の機能を統合したゲノム・バンク創設に関わった人物。2012年、本学に復職するとすぐに山下英俊医学部長に「山形バイオバンク」の創設を進言、共に準備を進めたという。また、10年以上前から取り組んでいる「山形県コホート研究」用に血液を冷凍保存する設備、施設が整っていたこともバンク事業をいち早くスタートできた要因となっている。 

日本人の2人に1人ががんになる時代

 技術革新によりがんと遺伝子の関係がどんどん解明され、医療現場にフィードバックされている一方で、まだまだ分からないことも多い。バイオバンクの役割としては、患者からサンプルを預かり、細胞の設計図であるゲノムの〈暗号〉を解読し、今まで分からなかった遺伝子の変化を見つけること。一人ひとり違う「変化した遺伝子とその働き」を見つけて、働きを戻してあげるような薬がつくれれば、一人ひとりに合った医療ができる、まさにそれがオーダーメード医療、ゲノム医療だ。

従来の医療とゲノム医療のちがい

コホートで築いた信頼関係
同意率は上々の7割超え。

 「山形バイオバンク」の対象となるのは、附属病院の新規患者で、院内に設けられた専用ブースで看護師がバイオバンクの趣旨を説明し、同意が得られた場合は検査部で診療、研究目的の採血(約7㎖)を行う。それらは医学部内の検体管理センターで冷凍保管され、ゲノム解析した上でデータベース化される。
 運用スタートから数ヶ月、バイオバンクへの協力の同意率は約74%。「ナショナルセンターのゲノム・バンクにおける当初の同意率は80%でしたから若干下回りますが、医療機関としての規模や知名度から考えれば、山形バイオバンクの同意率74%は立派な数字。これは山形県民の医療の発展に貢献したいという純粋な気持ちと、コホート研究を通して培ってきた大学と県民との信頼関係の賜です」と嘉山参与。
 遺伝子情報は、究極の個人情報。それを預かる重大さを十分に認識し、厳重な管理体制を構築している。コホート研究では既に2万人以上の県民から血液などのサンプルを提供してもらい、ミスひとつなく管理している。こうして長年にわたって築いてきた信頼関係が山形バイオバンクの同意率にも反映されたのであろう。
 将来的には、血清や尿などの12万検体の生体試料を保管する検査部バンキングと、15万検体の病理試料を保管する病理部バンキングの両体制を整備する。

山形バイオバンクのフロー

コホート研究とバイオバンク
比較から生まれる研究成果。

 医学部が長年にわたって取り組んでいる「山形県コホート研究」は、病気発症の遺伝的要素と生活習慣の関係を解明することを目的としている。コホート研究のデータは、健常時のデータ2万人分をフォローアップし、その人たちが健診を受けながら、病気を発症していないかどうかを見る、つまり、健常時のデータ。それに対して、バイオバンクは来院者、つまり、病気を発症している人々のデータ。それらを比べることによって、どんな遺伝子が、どういった環境で病気になるかということがわかる。その両方のデータがあるということは大きな強みで、世界レベルで見てもおそらく山形大学だけ。両方のゲノムを比べることによって解明できることは少なくない。
 その一例としては、昨年、医学部ではコホート研究でパーキンソン病の新しい関連遺伝子を発見した。パーキンソン病の約90%を占める弧発性(非遺伝性)パーキンソン病患者から提供された血液から遺伝子解析を行い、ミドノリンというパーキンソン病の新しい関連遺伝子の発見に至った。弧発性パーキンソン病患者の10.5%にミドノリン遺伝子の異常(コピー数の減少)が認められ、健康な人のミドノリン遺伝子には異常が認められなかった。また、一つの遺伝子異常だけで出るがんもあるが、いろんな遺伝子が集まって出てくるがんもある。その場合は、病気の人の遺伝子だけを見ても解らない。本当に異常なのか、正常な人と比べることで初めて結論づけられる。がん以外でも、認知症や生活習慣病、脳腫瘍など、非常に複雑な病態で出てくるものは、両方を比べて解析することが有効である。

各分野の病気の治療に活用されているゲノム情報

最先端の医療を現場で
リアリティをもって学ぶ意義。

 医学部で学ぶ学生たちにとって最先端のゲノム医療に間近で、リアリティをもって触れられる機会は希少で貴重だ。実際にコホートに携わっている講座もたくさんあり、例えば、山下医学部長は、自ら取り組んでいる舟形町研究に学生たちを同行させ、そこで行われていること、それらの成果を体験させている。中には、前述の「パーキンソン病の新しい関連遺伝子の発見」といった世界的な研究もあり、ここ山形から世界の医療を変えることもできるということを目の当たりにしている。さらに、日常診療にゲノム医療が入り込み、実際の現場で学生たちに教えることができるようになった。
 また、若い臨床医も積極的に研究に取り組めるように嘉山参与の発想でアメリカスタイルの「メディカルサイエンス推進研究所」が設置された。テーマ、アイデアがあり、研究の計画書を出せば、医学部のバックアップ体制のもとで研究ができ、他大学や製薬会社等とも闊達に共同研究を行える環境だ。大学院生のいない、あるいは少ない研究室では人手不足で研究が進まないといった若手研究者の研究のしづらさを解消する日本最先端の研究システムと自負している。

先進のオーダーメード医療を
県民の皆さんへ、世界へ。

 バイオバンクへの協力は、自分が病気になった時にはより適切な治療の選択に役立ち、将来、子や孫たちの病気を治す薬の開発に役立つかもしれない。山形バイオバンクは、県民の皆さんの理解と協力によって成り立ち、その研究成果を山形をはじめ全国、そして世界へと還元することをミッションと考えている。ゲノム解析で患者一人ひとりに最適な治療薬、投薬量や回数、副作用について予見できれば、最初からより良い治療法を選択できるため、身体的にも経済的にも患者自身の負担も軽減される。
 さらに、2019年度中の治療開始を目指す重粒子線がん治療施設を柱とした“医療インバウンド”により、地域活性化や産業・観光振興、文化の醸成などに貢献することも形を変えた県民への恩返しの一つと考えている。

山形バイオバンクがオンリーワンの理由

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かやまたかまさ

かやまたかまさ●山形大学医学部参与・医学部ホスピタルゲノムバンク推進委員会委員長/専門は脳神経外科学。医学部附属病院長、医学部長を歴任の後、国立がん研究センターの初代理事長に就任。現在は名誉総長。東北地方初の重粒子線がん治療装置の設置を牽引。

やましたひでとし

やましたひでとし●山形大学医学部長/専門は眼科学。特に糖尿病網膜症においての研究実績を持つ。東京大学医学部医学科卒業。1994年〜1996年スウェーデン、ウプサラ大学へ留学。1999年本学医学部教授に着任。

※内容や所属等は2018年当時のものです。

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