研究するひと #30

坂井正人

ペルー文化省が調査、保護を託す
「ナスカの地上絵」研究の第一人者。

2020.09.15

ペルー文化省が調査、保護を託す「ナスカの地上絵」研究の第一人者。

南米ペルーの世界遺産「ナスカの地上絵」研究の最前線に山形大学がいる。文化人類学・アンデス考古学が専門の坂井正人教授を中心とした「ナスカ地上絵プロジェクトチーム」が、2004年からその研究調査と保護活動に取り組んでいるのだ。これまでに新しい地上絵を多数発見し、近年ではAI技術を活用することにより地上絵発見の効率化を図るとともに、保護活動には欠かせない分布図の作成を加速させている。

2004年に研究チームを発足、
学際的に地上絵の謎に迫る。

 巨大なハチドリやコンドルの絵で知られる「ナスカの地上絵」は、1994年に世界遺産に登録されたものの、その調査はほとんど手つかずで、いつ頃、誰によって、何のために、どのような方法で描かれたかなどは謎に包まれていた。約300km2(約20km×15km)の広大なナスカ台地がキャンバスということも実態調査の行く手を阻んだようだ。そんな状況に大きな風穴を開けたのが、2004年に発足した本学の「ナスカ地上絵プロジェクトチーム」。坂井先生を中心に地理学、心理学、情報科学等を専門とする研究者たちが長年の謎の解明に乗り出したのだ。
 地上絵の多くはあまりにも巨大で、上空からでないと全体像が把握できないため、まず高精度人工衛星画像で確認し、次にセスナ機で上空から確認、そして最終的に踏査によって確定するという方法がとられた。プロジェクト始動から2年後の2006年には、100点以上もの新しい地上絵を発見し、世界中から大きな注目を集めた。2012年にはナスカ市内に「山形大学ナスカ研究所」を開所し、2015年に山形大学とペルー文化省の間で学術協力と地上絵の保護に関する特別協定書を締結した。現在も地上絵が集中しているナスカ台地で調査・研究を継続しているが、現地への立ち入り調査を許されているのは世界で山形大学だけである。

代表的な地上絵として知られる「コンドル」をセスナ機で上空から撮影

ハチドリやサル、クモなどと同様、代表的な地上絵として知られる「コンドル」をセスナ機で上空から撮影。全長約135mと大型で、この写真では翼らしきものが見てとれる。

2012年10月にナスカ市に開所した「山形大学ナスカ研究所」

2012年10月にナスカ市に開所した「山形大学ナスカ研究所」。大学スタッフが常駐しており、ペルー政府からの信頼も厚い。現地調査やデータ分析等も効率化が図られている。

世界で唯一、山形大学の研究チームのみが現地での立ち入り調査を認められている

人工衛星画像等で発見された新しい地上絵候補は、最終的には現地調査によって確定される。世界で唯一、山形大学の研究チームのみが現地での立ち入り調査を認められている。

調査の効率化と保護に欠かせない
全容把握と分布図の作成。

 新しい地上絵の発見が大きな話題になりがちだが、本プロジェクトの真の目的は、地上絵が描かれた時代や目的、当時の社会のありかたなどを解明することと、世界遺産ナスカの地上絵の保護。これまでの調査で、地上絵付近の遺跡から出土した土器の制作年代を分析することで、地上絵は紀元前後から約1,500年間にわたって描かれたものと推定されている。そして、それら土器の破片が集中的に分布していることから、土器を意図的に壊す儀礼が地上絵で行われていたことまで突き止めた。
 もう一つのミッションである地上絵保護の観点からは、ナスカ市の急速な発展に伴って市街地が拡大しており、地上絵が描かれた地域のすぐ近くにまで居住地や畑が迫ってきていることが危惧されている。地元の人々の生活と地上絵を共存させるためにも、地上絵の分布域を把握し、広く周知させる必要がある。しかし、ナスカ台地の広大さゆえに地上絵の分布図の完成までにはいまだ至っていない。その一方で、保護活動を推進する上で、現地の人々の理解と協力が不可欠との考えから、ナスカ市内でイタリア調査隊と本学調査隊による講演会を開催するなど、これまでの調査の成果と保護の必要性等についてのアピールを地道に行っている。

遺跡の発掘調査

衛星画像をもとにした地上絵の踏査と並行して実施されているのが、遺跡の発掘調査。地上絵周辺から出土する土器などは、地上絵が描かれた時代や文化などを解明する鍵になる。

ナスカ市内でイタリアと本学の調査隊が共同で開催した講演会の様子

地上絵を保護する上で現地の人々の理解と協力は不可欠。ナスカ市内でイタリアと本学の調査隊が共同で開催した講演会の様子。100人以上の聴衆が集まり、高い関心を示した。

ドローン搭載電池の新旧比較

地上絵が描かれているナスカ台地は約300km2 (フランスの首都パリの約3つ分)。その広大さゆえに地上絵の分布調査は未だ不十分で、破壊が進む地上絵の保護に向けても分布状況の正確な把握が急務である。

この地上絵には、後ろ脚があることから動物が描かれたものと推定されている

「ナスカ地上絵プロジェクトチーム」が100点以上の地上絵を新たに発見。この地上絵には、後ろ脚があることから動物が描かれたものと推定されている。

人間の頭部と見られる地上絵

人間の頭部と見られる地上絵。横約4.2メートル、縦3.1メートルと小さいせいか空からの調査では発見されず、地上調査により発見された。目や口、耳らしきものが確認できる。

2人の人物が並んだ地上絵

2人の人物が並んだ地上絵。3Dスキャナーで調査したところ、左側の人物は手にロープを持っており、その先端に人間の頭部がぶら下がっていることが明らかになった。さらに右側の人物の頭部と胴体の間に大きな隙間があることから、左側の人物が右側の人物の首を切った「斬首の場面」の可能性が大きいと考えられている。

リャマとみられる動物の地上絵

ナスカ市街地近郊で確認されたラクダ科のリャマとみられる動物の地上絵。リャマの全身や一部が描かれたものが少なくとも17点確認され、最大のものは全長約15メートル。

新たに確認された24点の地上絵のうちの1つ

2014年に発見されたリャマの地上絵の近くで新たに確認された24点の地上絵のうちの1つで、同じリャマが描かれている。有名なハチドリやサルより古い地上絵と思われる。

「舌を伸ばした動物」の全長は約30メートル

「舌を伸ばした動物」の全長は約30メートル。胴部には斑点のような文様があり胴部から足のような突起物が伸びている。現実の動物ではなく、空想上の動物と考えられている。

AI導入でスピードアップに期待
ナスカ研究所を中核拠点へ。

 2019年、本プロジェクトチームは143点の新発見の地上絵について発表した。そのうちの1点は、日本IBMとの共同で人工知能(AI)を活用した実証実験によるものだった。これまでも人工衛星画像や3Dスキャナなどの先進技術を活用してきたが、AI活用による地上絵の発見は世界初。このAIの導入によりナスカの地上絵の全体像を把握し、現地調査に基づいた分布図の作成が加速し、保護活動にも拍車がかかるものと期待されている。
 また、山形大学ナスカ研究所が新たに発見した地上絵を保護するために、ペルー文化省と共同で遺跡公園を設立するなど、今後ともペルー政府と協力して地上絵の学術研究と保護活動を展開していく。その一環として、長年の風化によって劣化している地上絵を可視化するための保存処理方法の開発も課題としている。これらの取り組みを通して日本とペルーとの相互理解に寄与した功績が認められ、坂井先生は2017年に外務大臣表彰を受賞している。さらに、坂井先生等は同研究所をナスカ研究に関する世界的な中核センターとするために、今後も米国、イタリア、ペルー、ドイツの研究者と共同研究やシンポジウムを実施し、連携を強化していく方針だ。ナスカの地上絵が物語る太古の人々の創造力や暮らし、風習などの解明を興味深く見守りたい。

2本足で立っている人型の地上絵

日本IBMと共同で行った実証実験では、高解像度空撮写真を人工知能で分析して新しい地上絵の候補を抽出。現地調査を行い、この2本足で立っている人型の地上絵を発見した。

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さかいまさと

さかいまさと●教授/専門は文化人類学・アンデス考古学。千葉県出身。東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。本学着任は1996年。2012年にペルー、ナスカ市に開所した「山形大学ナスカ研究所」副所長を兼任。

※内容や所属等は2020年当時のものです。

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