研究するひと #53
渡部徹
庄内から始まるイノベーション。
食と農をつなぐ共創拠点
アグリフードシステム
先端研究センター(YAAS)が始動。
2023.12.27
研究するひと #53
渡部徹
2023.12.27
2022年7月、4つの学部の教員が参加する「山形大学アグリフードシステム先端研究センター(YAAS)」が鶴岡キャンパスで始動した。未来の社会を支える食と農の実現を使命に新たな仕組みを確立し、持続可能な農業と循環型の社会を目指す。センターのベースとなる活動に尽力してきた農学部の渡部先生に話を聞いた。
2022年、日本の食料自給率が過去最低を更新した。食料自給率が世界でも下位に入るほど低い日本。食卓に並ぶ食品のほか、国産の野菜や肉を生産するための肥料やエサのほとんどを輸入に頼っているのが現状だ。さらに地球規模の気候変動や人口増加、国内農業人口の減少などが追い打ちをかけ、食と農をとりまく危機的状況は悪化の一途を辿っている。
そんな状況を背景に立ち上がったのが「山形大学アグリフードシステム先端研究センター(以下YAAS)」だ。その基盤となったのは、農学部が「スマートテロワール構想」のもとで行ってきた取り組みだ。
スマートテロワール構想は、(株)カルビー元社長の故・松尾雅彦氏が提唱し、地域資源を活用した強く美しい循環型農村経済圏をつくることを目指す。生産・加工・流通を合わせた6次産業に関わる地域のプレーヤーが協働し、地域全体が豊かになることを理想としている。
農学部では2016年より松尾氏からの寄付を得て、『食料自給圏「スマートテロワール」形成講座』を設立し、その研究成果によって得られた技術やサービスを社会実装してきた。
YAASではこれらの研究成果をさらに展開するべく、「食の10次産業化」をビジョンとして掲げている。これはスマートテロワール構想のもとで農学部が築いた6次産業と、山形大学の他学部における先進的な研究成果を4次産業(データサイエンス、コホート予防医学、食のリテラシー、ものづくり工学)として有機的にかけあわせた新たな概念のこと(図)。これにより例えば、データベースを導入して大幅な作業効率化を図る、最新の加工技術を組み合わせ課題解決につながる新たな商品やサービスを生み出す、といったことができるようになる。目下の目標は文部科学省からの支援を受ける5年間で、循環を加速・発展させるバリューチェーン「スマートアグリフードシステム」を構築することだ。その後も研究成果を地域貢献や教育につなげ、国内外で最先端のアグリフードシステム研究拠点になることを目指していく。
センターには、生産・加工・流通、そして社会システムを担う4つの部門がある。ここに山形大学の4学部から24名の教員が所属し、それぞれの専門分野を深め、研究と社会実装を展開していく。学部を超えたオープンな研究体制が特徴だ。またほかにも注目したいのが、広告代理店(株式会社SIGNING)のメンバーが連携研究員として関わり、広報・商品のブランド化のほか、まちづくりを含めた社会変革の役割を担う点だ。ここには、大学や行政が不得意としてきた情報発信や地域への「自分ごと化」の部分を補うことで、研究成果を着実に地域につなげ、地域全体を盛り上げていくという狙いがある。産学官民連携や効果的な社会実装が特に求められている近年、ほかのどの大学でも類を見ないYAASの新しい連携の形に今後の期待が高まる。地域にひらかれた山形大学の新しい挑戦、山形・庄内地域からはじまる食と農のイノベーションは幕を開けたばかりだ。
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わたなべとおる●山形大学農学部教授・副学部長。専門は水環境工学。1998年に東北大学を卒業後、
同大、米国ドレクセル大学、東京大学を経て、2010年に山形大学着任。ビストロ下水道の他、新型コロナウイルスなどの病原微生物の検出・除去についても、多くの研究業績を残している。
※内容や所属等は2023年8月当時のものです。