研究するひと #18

浦川修司

地域一体、農工連携で目指す
循環型の食料自給圏モデル。

2019.04.30

地域一体、農工連携で目指す循環型の食料自給圏モデル。

農学部では2016年4月から、寄附講座 「食料自給圏(スマート・テロワール)形成講座」を設置し、庄内地域における食料自給圏の構築に向けた実証研究を行っている。耕畜連携、農工連携、地消地産によって全てを地域内で完結できる循環型の経済圏の形成を目的とする本講座は5ヵ年プロジェクト。3年目を終えた今、これまでの軌跡と実績、今後の課題と展望を知るために「農学部附属やまがたフィールド科学センター」を訪ねた。

スマート・テロワールが掲げる
3つのピースによる循環型経済。

 カルビー株式会社の元会長・社長の故松尾雅彦氏は、自らの著書『スマート・テロワール〜農村消滅論からの大転換〜』の中で提唱した、食料自給圏(スマート・テロワール)理論を実証したいと考え、研究の場を探していた。本学の小山学長が松尾氏と親交があったことから、農学部附属やまがたフィールド科学センターで展開されることが決まり、寄附講座「食料自給圏(スマート・テロワール)形成講座」として5ヵ年プロジェクトがスタートした。プロジェクト運営の中心人物は、同センターエコ農業部門長で畜産学、飼料学が専門の浦川修司教授。
 スマート・テロワールの主軸となるのは、畑作と畜産の連携を図って農畜産物を生産する「耕畜連携」と、加工業者と一体となって厳選素材を利用した加工食品を製造する「農工連携」、そして地域内で販売・消費する「地消地産」の3つのピース。これらすべてを地域内で完結できる循環型の経済圏を形成することを目指している。耕畜連携では、加工用農産物を栽培している畑作農家の規格外農産物や余剰農産物を飼料として畜産農家に供給し、畜産農家からは良質な堆肥を畑作農家へ供給する。また、農工連携では、畑作農家が栽培した農産物から厳選素材を利用して加工業者が味噌、醤油、豆腐、パンなどを製造し、畜産農家が肥育した家畜から畜肉加工業者がハムやソーセージなどを製造する。そして、地消地産とは地域産の厳選素材を使った美味しい加工食品を地域内小売店や地域内外食店、地域内の病院や学校の給食、売店を通じて地域住民に提供すること。これらすべてを地域内で完結させる循環型の経済圏を形成することを「スマート・テロワール」と名付けている。

スマート・テロワールの説明画像

規格外畑作物を飼料として供給
畑作農家と畜産農家が連携。

 本プロジェクトが耕畜連携システムの構築に向けて最初に着手したのは、豚の肥育。農学部のある庄内地区は養豚が盛んであり、畑作農家の規格外農産物や余剰農産物を飼料とする上で何でも食べてくれる豚は都合が良く、農工連携という観点からも畜肉加工に適した豚が最適ということになった。しかし、やまがたフィールド科学センターでは豚の肥育試験を行うための豚舎がなかったため、豚舎建設も含めた大規模な寄附講座となった。しかも、大学の研究・教育に資するものとして一般的なものよりも設備の充実した立派な豚舎を寄附いただいた。

新たに設けられた豚舎の画像

新たに設けられた豚舎 寄附講座の一環として農学部附属やまがたフィールド科学センターの敷地内に建設された設備の充実した豚舎。

 地元の畜産業者から30kg程度の子豚を仕入れ、3〜4ヵ月で約110kgまで肥育して畜肉加工業者に出荷するというサイクル。豚舎の規模からするともっと多くの頭数を飼うことは可能なのだが、適度に運動できるスペースを確保し、ストレスフリーで肥育するために一度に20〜25頭を目安に肥育している。そこで与えられるエサは、大学附属農場と協力農家の月山試験地で栽培されているバレイショ、ダイズ、コムギの規格外品と余剰分および飼料用子実トウモロコシを調製したもの。ダイズ、コムギ、飼料用子実トウモロコシは、乾燥、粉砕、保管するシンプルな乾燥調製、一方、バレイショは、洗浄、破砕、混合、密閉・保管するサイレージ調製のため非常に手間がかかる。規模の小さい試験段階では、学生たちが尽力してくれているが、今後、規模を拡大した場合に備えて簡易な調製技術を確立することが必要と考えられている。
 ここで注目しておきたいことのひとつに、スマート・テロワールの重要ピースである耕畜連携の「耕」が、水田ではなく畑であるということ。なぜなら、米の消費量はどんどん減少し、1960年頃には年間一人あたり米2俵はあった消費量が60年ほどで半減しており、今後も消費の増加は見込めないと松尾氏は考えたからだ。それとは逆にパンや麺類、豆腐などの消費は伸びており、その原料となるコムギやダイズの自給率が非常に低い点に着目した。余剰水田を畑に転換し、これらの加工用農産物を増産して加工用に回し、規格外品や余剰品を飼料として畜産に回す仕組みを目指している。

余剰水田で加工用農産物を栽培
豚糞の良質な堆肥で土壌改善。

 ここは米どころ庄内、浦川先生は水田の畑地への転換を促すこのプロジェクトが受け入れられるかどうか当初は不安だったという。一方で、条件が悪く効率のよくない中山間部を中心に庄内地域にも放棄水田が増えており、約1,400haの余剰水田があるといわれている。そこで、浦川先生が強調するのは農地のゾーニング。庄内平野の豊かな水田はそのままに、条件不利地の中山間部の小区画水田の法面を除去して合筆し、緩やかな傾斜を生かして排水の良い畑地にするというもの。2018年度には、バレイショ、ダイズ、コムギ、飼料用子実トウモロコシの輪作による高収量高品質な加工用農産物の生産を目指して、月山試験地では加工用農産物と飼料用子実トウモロコシを生産するとともに様々な試験や検討を行った。山間地域に適したダイズの品種の選定や完熟ダイズを収穫するための収穫適期の検討、狭畦栽培による農作業の省力化技術の検討、中山間地域における秋播コムギ栽培の検討、庄内地域に適した飼料用子実トウモロコシの品種選定など。また、バレイショ2品種については、飛び地圃場で栽培を行っている。

庄内地方の耕作放棄地の推移グラフ

中山間地域の耕作地の画像

 もちろん、飼料用子実トウモロコシ以外は、加工用農産物としての出荷がメインであり、畑作物の豊凶による需給ギャップは畜産サイドで受け止める。たとえば、バレイショが豊作のときには余剰分を畜産が受け入れてバレイショを増やした配合飼料で肥育し、畑作物の価格安定を図る。逆に凶作時にはバレイショを減らしてコムギやダイズ、トウモロコシを増やした配合飼料で肥育する。現在、日本における豚肉の精肉としての自給率は約50%だが、畜肉加工品用となると約80%を輸入肉に頼っている。さらに、肥育のための飼料に至っては国内産の豚肉でもそのほとんどを海外からの輸入品に頼っていることにより畜産農家の経営を圧迫しているとも言われている。それが耕畜連携によってバレイショやダイズ、コムギなどの規格外品が無償で供給されるようになれば解消され、その一方で畜産農家から畑作農家に豚糞の良質な堆肥が無償で供給されることで土壌改善により増収も期待できる。

豚1頭当たりの生産費構成比のグラフ

濃厚飼料の自給率グラフ

農工連携から地消地産へ
山形大学ブランドが食卓を飾る。

 スマート・テロワールの成果の一つとして先行しているのが、庄内の畑作物を食べて庄内で育った豚を庄内の畜肉加工業者が加工して庄内の消費者に届けるという「オール庄内」のハムやソーセージ、ベーコン作り。スマート・テロワールの農工連携に賛同した地元の畜肉加工業者の協力により大学の豚舎で肥育された豚肉を原料とする、添加物を極力抑えた食品作りが実践されている。2年がかりで完成した山形大学ブランドのハム、ソーセージ、ベーコンは、2018年7月からは鶴岡市と酒田市のスーパー2店舗で定番販売されている。月1回は学生たちがお揃いの法被姿で店頭に立ち、試食販売を行い、大学ブランドとしての安心感や美味しさをアピール。学生たちを応援したいという地元の人々の思いも手伝って毎回ほぼ完売の人気商品となっている。特に、ウインナーソーセージに関しては、「パリッとして噛みごたえはあるのに咀嚼しやすく飲み込みやすい」「あっさりしているのに旨みとコクがある!」など評価が高く、リピーターも多い。
 さらに、昨年末には畜肉加工品に次ぐ農工連携の第2弾として山形大学監修「庄内スマート・テロワールみそ」が完成し、地元スーパーにて販売を開始。鶴岡市羽黒地区の月山試験地にて協力農業者が生産した良質なダイズを原料に地元加工業者の協力によって製造された商品で、こちらも好評を博している。「プロジェクトがスタートしてわずか3年で畜肉加工品と大豆加工品の両方を開発・販売することができたのは、生産者や小売店の人にも商品開発に加わってもらって消費者ニーズを商品に直接反映させ、出荷を柔軟に行うことができているからなんです」と浦川先生。生産者・加工メーカー・小売業が一体となってチームで商品開発に取り組むことができた賜、地元の農家や企業の協力に負うところが非常に大きい。そうした地域の人々、関係者の皆さんへの感謝を込めて、毎年11月には「豊穣感謝祭」を開催し、1年間の取り組みをシンポジウム形式で発表した後に成果物である畜肉加工品や大豆製品などの試食会を行っている。

耕畜連携、農工連携、地消地産の流れの図

30年ビジョンの大きな構想
プロジェクト終了後も継続へ。

 プロジェクト4年目となる2019年度のプランは、まず、耕畜連携を拡大するために養豚農家の協力を得て「スマート・テロワール指定配合飼料」での肥育頭数を増やし、畜肉加工品を増産する。ここで課題となるのが、飼料の原料は規格外品や余剰品で無償とはいえ、その加工にコストがかかってしまう点をどうするか。実証研究レベルでは学生たちが戦力となって調製を行っているが、実際にこのシステムを養豚農家に提案するにあたっては飼料調製の省力化、省コスト化も併せて提案する必要があり、実際、研究課題として取り組んでいる学生もいる。また、豚糞を堆肥化するにあたっても大規模になれば堆肥センターを介した耕畜連携体制の検討も必要になってくる。このプロジェクトに対しては鶴岡市も理解を示し、さまざまな連携、協力が得られることになっている。
 今後は地域での実践に向けて、スマート・テロワールに賛同した農家や企業が安心して参入できるように経営面での実証も必要になってくる。併せて、バレイショ、ダイズ、コムギの厳選品を原料とした新商品の開発にも引き続きチームで取り組んでいく。豆腐や醤油といった大豆製品についてはすでに試作に入っており、バレイショとコムギについては加工アイテムの選定を行っている。
 プロジェクトは残すところあと2年、しかし、松尾氏自身も30年ビジョンと捉えていたほどの大構想。大学としても5年単位で成果を検証しながらさらに5年、10年と継続し、少しずつ輪を広げ、根づかせていく方針で取り組んでいる。

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うらかわしゅうじ

うらかわしゅうじ●教授/専門は作物生産科学、畜産学、飼料学。麻布大学出身。農学博士(京都大学)。三重県職員から農研機構畜産草地研究所を経て本学着任。「農学部附属やまがたフィールド科学センター」エコ農業部門長。

※内容や所属等は2019年3月当時のものです。

みどり樹

この内容は
山形大学広報誌「みどり樹」
Vol.75(2019年3月発行)にも
掲載されています。

[PDF/2.5MB]

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