研究するひと #40
奥野貴士
収穫適期や自然災害を予測し、
次世代の果樹栽培をサポート。
2021.11.15
研究するひと #40
奥野貴士
2021.11.15
10年前の着任時から山形大でしかできない研究がしたいと考えていた奥野貴士准教授は、ラ・フランスの一大産地として知られる上山市との共創で果樹栽培支援システム「かるほく」を開発。市内の園地に温度計やカメラを設置し、収集したデータを大学が解析して収穫期や霜害アラート等を伝える。さらに、そのバージョンアップに向けた学生対象のコンテストや小学生対象の「かるほく未来創造ラボ」なども開催している。
数年前の大学祭で研究室を訪れた上山市果樹生産者の「洋梨の収穫適期がわからない」という一言から奥野先生の畑違いの研究は始まった。当初は専門分野であるタンパク質や細胞の研究で何かがわかるかもしれないと考えたが、実際取り組んでみるとその予想は外れた。それでも着任当初から「山形大でしかできない研究、地域のニーズに応える研究がしたい」と考えていた奥野先生は“これだ”という思いで本格的に課題解決に乗り出した。奥野先生が上山市と共同で開発したスマートフォン向けのアプリケーション果樹栽培支援システム「かるほく」は、各園地で計測された温度データと画像から測定された果実のサイズでラ・フランスなどの果実の収穫適期を示すシステム。「かるほく」というネーミングは、園芸作物栽培を意味する英文の頭文字を組み合わせた言葉で、“あかるいとうほく”の意味も込められている。
特にラ・フランスに関しては、県から収穫適期が示されるものの、それぞれの園地の条件によって具体的な収穫日は生産者の判断に委ねられる。これまでは生産者が経験や勘、生産者同士の情報交換等に基づいて各自判断してきたが、それらの基準は今後を担う若い世代にはシェアされていないことが近年問題として浮上していた。つまり、果樹栽培支援システム「かるほく」は、上山市の優れた果樹栽培の技術・文化を次世代に繋げるためのアプリとも言える。
奥野先生が上山市の委託を受けてシステムの開発を本格化させたのは3年前。市農林夢づくり課の職員とミーティングを重ね、実際に利用する生産者のニーズに応えるかたちで改善を重ねていった。機能も使い勝手も充実したタイミングの今年3月頃から広報活動を開始。登録できるのは、市内で果樹栽培に関わる個人・団体で、AppleとGoogleのアプリストアから無料でダウンロード可能。より多くの生産者に利用してもらい、上山の果物の品質向上に繋げるため使用説明会も開催した。現時点でのアプリの機能としては、市内園地数カ所に設置した定点カメラが撮影した果実画像と気象などのデータを奥野先生等が解析し、より良い収穫のタイミングをグラフなどで伝えるシステム。さらに、福田素久教授が開発したプログラムは、画像から果実サイズを精密に計測可能。また、市内5カ所で計測する気温や湿度、日射量、降水量などもリアルタイムで確認できるようになっている。
さらに、上山盆地は夜間の冷気の影響を受けやすく、作物が凍霜害の被害に遭いやすい地域のため、翌朝の低温を予測して注意喚起するアラート機能も搭載。ただし、このサービスは生産者が対策作業を行う上ではまだ十分とは言えず、より精度の高いアラートシステムへのバージョンアップが望まれている。そこで、県内の大学生や高校生を対象に「凍霜害アラートシステム・コンテスト」を企画。若者ならではの柔軟な発想や探究心を凍霜害アラート機能の精度と実用性の向上に活かそうというのだ。優れた作品は、かるほくに実装され、上山の作物栽培の未来に大きく貢献することになる。
果樹栽培支援システム「かるほく」は、ITを活用して果樹栽培の発展に貢献しようという取り組み。その普及に努めるとともに、次世代の生産者を育てる教育も重要と考えた奥野先生は、上山市の生涯学習課と共同で果樹栽培をテーマとした科学技術教育プログラム「かるほく未来創造ラボ」を企画・運営。子どもたちがもっと上山市の果物を好きになり、果樹栽培に興味を持つきっかけになればと考えている。地域に根ざした研究を指向する奥野先生のこれらの取り組みは、地域の人々に喜ばれ、更なる成果も期待されている。
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おくのたかし●准教授/専門は生物物理学。名古屋大学理学研究科博士課程修了。2011年着任。上山市と共創で果実の収穫適期情報等を提供する果樹栽培支援システムを開発。次世代の生産者育成も視野に活動を展開。
※内容や所属等は2021年9月当時のものです。