研究するひと #58

俵谷 圭太郎

植物と共生する土壌微生物から、
持続可能な農林業へアプローチ。

2024.11.15

植物と共生する土壌微生物から、持続可能な農林業へアプローチ。

 俵谷教授が「菌根菌」と出会ったのは、学生時代。「卒業論文の研究テーマを決める、候補の1つが『菌根菌』。それだけ全く知らない、よくわからない内容だったので、あえて選びました」。本学着任後も国内外の学生らとともに菌根菌をはじめとする土壌微生物を研究し続けてきた。その成果は将来、日本の農業・食糧問題はもちろん、世界の環境問題の解決にもつながる可能性がある。

俵谷先生は本学の協定校インドネシアのガジャマダ大学の交流コーディネーターも務めており、農学部全体では2013年以降135人の留学生が本学農学部の修士課程と博士課程で学んできた。「学生の半数が留学生」という俵谷研究室も、鶴岡にいながら異文化交流ができる環境。「東南アジアからの留学生が多く、宗教も文化も違うため、相互理解を大切にしています」と俵谷先生は話す。

土壌微生物を活用して
「減化学肥料」栽培を実現

 骨や細胞などを構成するリンは、人が生きていくために不可欠な元素の一つ。人は野菜などの食物を通してリンを摂取するが、作物に含まれるリンは養分として土壌から吸収される。
 土壌のリンは作物に吸収されて減っていくため、農耕地ではリン鉱石を原料とするリン酸肥料が使われる。肥料の中には使用量が多いと「過剰害」を起こすものもあるが、リン酸肥料はいくら与えても害がなく、安価なため、多めに与えるのが慣行だ。
 一方、リン鉱石が採れない日本では、100 %輸入頼り。しかし、地球上のリン資源はあと50〜100年で枯渇すると見られている。

北大東島でかつて採れた、貴重な国産リン鉱石を手にする俵谷先生。「リン濃度が高い、こうしたリン鉱石を精製して化学肥料が作られます。このリン鉱石を日本は今、中国や北アフリカのモロッコ、中東のヨルダンなど海外から買っている。そのリンが肥料となって作物の根っこから入り、我々が食べているんです。今、我々の体内の骨とか、ATPとか、DNAになっているリンは海外から来た可能性が高い。そういうことを、大体の日本人は知らないのではないかと思います」

 今後、リン鉱石を安定的に輸入できなくなったり、リン酸肥料の価格が高騰したりするリスクがある中、日本の農業を持続させるには、どうすれば良いのか。
 俵谷先生は、3つの対応策を挙げる。
① 農耕地へのリン酸肥料の使用量を削減する
② 作物がリンを吸収しやすくし、作物体内での利用効率を上げる
③ 国内でリン資源を再循環させる
 これらに役立つ“救世主”として期待されているのが、俵谷先生が研究する土壌微生物だ。

野菜や穀物はもちろん、時には樹木も俵谷先生の研究対象。「農業は、“食”の基本。我々の基礎研究が、将来の食糧問題に少しでも貢献できるかもしれない。基礎的なことですが、重要だと考えています」と俵谷先生は語る。

植物の養分吸収を手助け
世界に300種もの「菌根菌」

 例えば、植物と共生する「菌根菌」は、期待の土壌微生物の一つ。
 根の周りに生息する微生物で、共生する植物から光合成によって生成される炭素をもらう代わりに土の中に菌糸を伸ばし、リンや窒素などの養分を吸収する。菌根菌と共生する植物は、菌根菌のいない植物よりも多くの養分を吸収できる。
 俵谷先生が研究しているのは主に、菌糸を伸ばして土壌のリンを吸収する「アーバスキュラー菌根菌」。イネ科からマメ科、ナス科、バラ科のリンゴ、ラ・フランス、ブドウまで8割もの植物と共生している。
 ただし、全てのアーバスキュラー菌根菌が植物と相互に利益をもたらしているとは限らない。中には植物から炭素を受け取りながら養分吸収の働きは鈍い共生菌もある。土着の菌の影響を受けていない、苗から育つ作物が主な研究対象だ。
 例えば、根が長く伸びないために養分を吸収しにくく、これまでの農業で大量の肥料が使われてきたネギ類は対象作物の一つ。俵谷先生の研究で、育苗段階でアーバスキュラー菌根菌を接種することで、ネギ栽培におけるリン酸施肥量を削減できることなどが解明されている。

アーバスキュラー菌根菌を接種したネギの収量

 植物の根には養分を「吸収」するだけでなく、生育を促進する土壌微生物を周りに集めたり、周囲の土壌養分を溶かして吸収しやすくしたりするために糖や有機酸、クエン酸といった代謝物を「分泌」する働きもある。
 こうした分泌の多い品種は、養分が少ない土壌でも育ちやすいのではないか。
 俵谷先生たちは、植物の根から分泌される代謝物に着目。学内理化学研究所の設備を活用したメタボローム解析で、リンの少ない条件下で積極的に代謝物を分泌する米や大豆を確認し、国内で栽培されている中から、特に低リン耐性の高い品種の選別も行っている。

破壊された熱帯林に菌根菌を活用
持続的農林業・環境修復に期待

 インドネシアからの留学生とともに、リン酸濃度の低い熱帯の土壌で樹木に菌根菌を接種し、生育を促進する研究も行った。
 「インドネシアでは今、熱帯林がどんどん減っています。伐採されたり、『露天掘り』といって森林の下に眠る石炭やニッケル、ボーキサイトを採掘したり、プランテーションにしてゴムや、パーム油を作ったり、いろいろな理由で熱帯林が破壊されている。しかし、いったん切ってしまった森林はなかなか元には戻せません。樹木の中にも菌根菌と共生するのがいることに着目し、実際に調べたのが20年ぐらい前。菌根菌を接種したら樹木の生育も良くなりました。最終的には苗を作り、荒廃地に植え、森林の修復につなげられることも分かりました」と俵谷先生は説明する。
 菌根菌を、リン酸肥料を使わない持続的農林業・環境修復に活用できるかもしれない。近年、菌根菌を人口培養する技術も確立された。
 しかし一方、生物である菌根菌の管理は容易ではない。殺虫剤や殺菌剤をまけば、病原菌だけでなく菌根菌も死んでしまうリスクがある。今後、菌根菌を活用した農業の普及に向け、コストを抑えた供給も課題だ。
 「最終的には肥料を減らすだけではなく、国内でリン資源をリサイクルできるようにしなければなりません。しかし一度、植物の中に入ったリンは『有機態』といって、植物がすぐに利用できる形ではなくなってしまう。リンのリサイクルは容易ではありません」と俵谷先生は話す。
 こうした中、先生たちはアーバスキュラー菌根菌の菌糸が土壌中に放出する酸性ホスファターゼによる、新たなリン酸獲得の機構を解明。
 「有機態のリンも獲得できる、使えるかもしれないというところまでわかりました。これまで吸収しにくいとされてきた有機態リン酸も酸性ホスファターゼを分泌するアーバスキュラー菌根菌を利用し、接種できれば、リン酸資源を国内で持続的に循環させられる可能性がある。実際の有機農業に役立てられるのかどうかを今、調べているところです」と俵谷先生。
食と農の未来を変えられるかもしれない研究は、まだまだ続く。

菌根共生系のリン応答と持続的作物生産・環境修復への応用研究で、2020年度日本土壌肥料学会賞を受賞。2024年9月に更新・発表されたスタンフォード大学とエルゼビア社による世界のトップ2%の研究者を特定する包括的なリスト「標準化された引用指標に基づく科学者データベース」にも選出された。

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たわらや けいたろう

たわらや けいたろう●農学部食料生命環境学科教授/札幌市出身。専門は土壌微生物学、植物栄養学・土壌学。菌根共生系のリン応答と持続的作物生産・環境修復への応用研究で、2020年度日本土壌肥料学会賞を受賞。鶴岡市環境審議会委員長。

※内容や所属等は2024年10月当時のものです。

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