研究するひと #57

石川恵生

がんを中心にあらゆる口腔疾患の
早期診断・治療法の確立に尽力。

2024.08.30

がんを中心にあらゆる口腔疾患の早期診断・治療法の確立に尽力。

 医学部歯科口腔外科の石川恵生先生は唾液を用いた疾患スクリーニングを中心に研究。近年では本学工学部との医工連携により、口腔がんを早期に発見するデバイスの開発に挑戦。モニタリングから診断までを担うスマートオーラルヘルスマネージメント研究拠点を目指す。これらの成果により、2023年度本学医学会学術賞を受賞した。また、本学のWell-Being研究所の一員としてキャンパスや学部の垣根を越えた研究を展開している。

本学工学部と連携し、
舌触診モデルを開発。

 石川先生の専門分野は口腔がんの早期発見。口腔がんと一口に言っても、舌にできる舌がん、歯茎にできる歯肉がん、頬の内側にできる頬粘膜(きょうねんまく)がん、舌と下側の歯茎の間にできる口腔底(こうくうてい)がんなどさまざまな種類がある。中でも日本人に最も多いのは舌がんで、全体の55%を占める。日本人の口腔がんは男性が女性の約2倍で、60代、70代に目立つ。発生頻度は全がんの1%とわずかだが、罹患率、死亡率とも年々増加傾向にある。
 原因は解明されていない点が多いものの、喫煙や飲酒、口腔内の不衛生、炎症が大きく影響していると考えられている。治療法は手術による切除が基本。舌は再生しないため、術後に舌が短くなってしまったことで、「食べる」「飲み込む」「話す」という機能が低下する場合がある。
 石川先生は「口腔がんは、手術が成功しても見た目を気にして思い悩み、自殺率が高いことでも知られています」と現状を明かす。さらに「内臓などとは異なり、口腔は目に見える場所のため、病変が小さいうちに見つかるという誤解がされています。口腔がんは罹患しても痛みや症状がほとんどなく、腫瘍は口内炎をはじめ良性腫瘍と判別しにくいでしょう」と指摘する。口腔がんと発覚した時点で、ステージ4まで進んでしまっていた患者は少なくないという。

左写真が舌がんの悪性腫瘍、右写真が良性腫瘍。どちらも白っぽく膨れ上がり、悪性か良性か判別が難しい。「家庭の明かりでは口腔内の深くは見づらいでしょう」と石川先生。

 そこで石川先生は本学工学部と共同で、舌触診モデルの開発を進めている。2025年に完成予定だ。口腔がんの腫瘍は悪性と良性では全く異なる硬さ。悪性腫瘍の方がより硬いため、一般人でも舌触診モデルを使い、腫瘍の硬さを確認できるようにする。石川先生は「乳がん触診モデルのように、自己検診に役立ててほしい」と願う。

開発中の舌触診モデル。悪性腫瘍のしこりの硬さを忠実に再現し、口腔がんの早期発見につなげようとしている。舌触診モデルは乳がん触診モデルに比べ、認知度が低いのが課題だ。

唾液とAIを活用し、
簡単で高精度な診断を実現。

 石川先生は口腔がんの早期発見のため、公立置賜総合病院の病院助教だった2013年頃から、本学工学部や鶴岡市にある慶應義塾大学先端生命科学研究所などと唾液の研究を始めた。2014年4月から2015年3月まで、唾液に関する研究機関として世界的に名高いアメリカのカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に留学。
 帰国後は本学医学部で唾液を用いた口腔がんの研究を行い、2019年にAIを活用した診断の研究を始めた。石川先生が率いる研究チームに在籍する10人前後の研究者の力を結集し、唾液中から口腔がんだと判別できる物質を見つけ出した。

石川先生は臨床医としても働きながら、さまざまな研究に励んでいる。唾液によるがん検診は口腔がんにとどまらず、胃がん等の検出も試みている。基本的に唾液は血液が薄まったものだからだ。

 AIによる判別を容易にできるソフトウェアの開発にも成功。さらに本学工学部と連携し、口腔診断機器のパーツの一つであるセンサーを開発中。実用化は間もなくだ。
 現在は慶應義塾大学先端生命科学研究所と連携し、口腔がんの疑いがあるインド人の唾液をサンプルに、日本人の物質が適合するか確認を繰り返している。「インドは世界的に口腔がん患者が多い国。噛みタバコを使用している人が多く、それが原因で口腔がんの罹患率が高いと推測されています」と解説する。

本学医学部の研究室に、口腔がんの疑いがあるインド人の唾液を大量に冷凍保管している。悪性腫瘍に結びつく唾液中の物質を見つけ、より精度の高い検査方法を普及させるのが狙いだ。

 石川先生が目指すのは、あらゆる口腔疾患の早期診断と早期治療を実現し、患者の生活の質(QOL)や口腔がん患者の生存率を向上させること。そのために、唾液でスクリーニングし、かかりつけ医でのAI診断で精度の高い見極めを実現させる仕組みを整える。普及すれば、検査時の偽陽性の減少が期待できる。偽陽性とは、実際はがんではないのにがんの可能性があると診断されてしまうことだ。
 近年、日本の歯科医院では虫歯や歯周病の予防歯科に力を入れている。同様に、今回開発に成功したAIによる口腔がん検診が普及すれば、がんを早期に発見でき、予防医療につながる。石川先生は「患者の生命はもちろん、医療業界の労働環境の改善にも役立つはず」と医師の負担の軽減も視野に入れている。

健康で幸福な生活のための
Well-being食を共同研究。

 石川先生は口腔がんの研究以外に、「歯数と咀嚼能を考慮した山形県民のための究極のWell-being食の開発」にも取り組み、2024年から研究リーダーを務めている。本学が2023年4月に飯田キャンパスに設置した「Well-Being研究所」のWell-Beingをテーマにした研究の一つだ。Well-Beingは健康で幸福な生活の持続を意味する。Well-Being研究所は本学の研究者がキャンパスや学部の垣根を越え、健康で幸福な生活を送るための手法を研究、開発するプロジェクトだ。
 本学医学部では長年、山形県民約2万人の食生活などの健康データを集めて分析。石川先生がリーダーを務める研究チームには工学部、地域教育文化学部、理学部と、さまざまな分野の研究者が在籍している。心理学的な検証は地域教育文化学部、レシピ考案は医学部の栄養士など、それぞれの強みを生かし、Well-being食を開発する。石川先生の役目は、咀嚼しやすい食品の硬さなど口腔に関わる部分の検証だ。

多項目のWell-Being項目に貢献する食材をランキング。40歳以上の山形県民約2万人から集めたデータを解析し、Well-Beingに良い影響を与える食材の数値をグラフ化。

 「幸せの基準は個人の主観」と前置きした上で、「寿命が延びても自分で咀嚼して食事ができないと、持続的な幸せとは言えないかもしれません。若い世代は食品を噛めないという状況はそうありませんが、60代、70代ぐらいになると思うように食品を咀嚼できず、入れ歯を考え始める方もいます。Well-Being食は基本的に、咀嚼能力に問題ない若い世代向け。持続的な幸せのための食事です」と説明する。
 口腔がんの早期発見やWell-being食の開発など、石川先生は口腔の健康全般に貢献しようと尽力している。

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いしかわしげお

いしかわしげお●医学部歯科口腔外科講師、病院教授/専門は顎変形症。栃木県那珂川町(旧小川町)出身。2009年3月、山形大学医学研究科博士課程修了。2021年4月より現職。研究テーマは口腔がんの早期発見。

※内容や所属等は2024年6月当時のものです。

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