まなぶひと #21

長崎茜

おいしい「わらびもち」をナノ解析、
材料化学への応用も視野に研究。

2020.02.29

おいしい「わらびもち」をナノ解析、材料化学への応用も視野に研究。

ぷるんぷるんの食感で人気の和菓子“わらびもち”の研究と聞けば、関心を寄せる人も多いはず。そんな狙いもあって「わらびもちのナノスケール高次構造解析と粘弾性挙動の相関」というテーマで研究を行っている、松葉研究室の長崎茜さん(博士前期課程1年)。研究の本質は、でんぷんの構造変化の解明。大型放射光施設SPring-8での実験などを経て得た研究成果は、高分子学会広報委員会パブリシティ賞受賞という高い評価を得た。

小・中学生の頃からリケジョ
興味は宇宙から材料、高分子へ。

 父親が企業の研究職だった影響もあり、家庭での会話にも実験、研究といった言葉がよく出てきたという長崎家。そんな家庭環境で育った長崎さんの興味はごく自然に理系へ。はじめは、宇宙や炭素への興味が大きかったものの、中学生になってバレー部に所属すると、その道具であるシューズやボールなどの素材、特にプラスチックやゴムなど私たちの身近にある高分子へと関心が移っていったという。「材料のことをもっと知りたい」と、その頃からすでに大学院まで進学して研究を行うことを考え、高校は進学校に入るべき、と逆算して進学先の高校を選んだほどだった。自分のやりたいことを高校の先生に相談すると、山形大学にある機能高分子工学科(当時)がぴったりとのアドバイスを受け、工学部に入学。当初の目標を実現し、大学院に進んで現在に至っている。
 本学では、学生一人ひとりに修学・生活両面を支援する、担任のような指導者がつくアドバイザー教員制度がある。長崎さんのアドバイザー教員が高分子物性、高分子機能が専門の松葉豪教授だったという幸運もあり、研究室に配属になる前からいろいろと相談に乗ってもらっていた。そして、自然な流れで松葉研究室のメンバーとなり、でんぷんが糊化する際の構造変化が未だに解明されていないという情報を得て、でんぷんの解析研究をスタートさせた。

糊化プロセスとは

でんぷんの物性に興味を持ち
ナノスケールで結晶構造に迫る。

 長崎さん自身も大好きな“わらびもち”は、でんぷん(片栗粉)と水から作られる和菓子。普段食べているものを物理的に高分子として見る面白さもあって、研究への興味が深まっていった。でんぷんは水に溶けないため、ただ混ぜただけでは、懸濁液(けんだくえき)という片栗粉の微粒子が水の中に分散している水溶き片栗粉状態になるだけ。しかし、その懸濁液を加熱・攪拌させることで急激に粘度が増大し、不透明な糊となり、さらに加熱・攪拌を続けると透明な糊へと変化する。このような変化を「糊化(こか)」と言い、この糊を冷却したものが「わらびもち」になる。本研究では、糊化プロセス中の粘度や透明度の変化がわらびもちの見た目や美味しさにも影響することにも着目し、精密構造解析を進めた。
 まず、粘度を測定する粘弾性測定により、でんぷんの濃度が高くなるにつれて糊化が始まる温度が低くなることが分かった。透明度の変化については糊化プロセスにおける結晶構造に着目すべく、学内での実験に加えて、理化学研究所の大型放射光施設SPring-8(兵庫県)、高エネルギー加速器研究機構の放射光実験施設Photon Factory(茨城県)のX線散乱装置などを用いて、ナノスケールで結晶構造の測定を行った。その結果、糊化プロセスにおいてでんぷん分子の結晶構造は複雑に変化し、透明度や硬さにも影響を与えていることが分かった。

大型放射光施設SPring-8の外観

兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の大型放射光施設SPring-8。国内外の産学官の研究者等に開かれた共同利用施設であり、ナノレベルの研究等に活用されている。

SPring-8の実験設備の写真

SPring-8にあるビームラインBL19B2内の実験設備。極小角X線散乱測定、残留応力測定、 薄膜構造解析、粉末X線回折などに用いられる。長崎さんもここで実験を行い、有効なデータが得られた。

SPring-8にて松葉研究室のメンバーとの写真

ともにSPring-8を訪れ、BL19B2で実験を行った松葉研究室のメンバーと。松葉研究室は、学部生・大学院生合わせて22名の大所帯。協力し合い、切磋琢磨している。

パブリシティ賞を励みに、
視野を広めて、目指せ研究職。

 学部生時代から取り組んできたでんぷんの糊化プロセスの解明という研究テーマを発展させ、2019年5月に大阪で開催された高分子学会年次大会で「わらびもちのナノスケール高次構造解析と粘弾性挙動の相関」を発表。“わらびもち”効果もあってか、多くの人々の関心を集め、全1,485件の中から11件だけ選ばれた高分子学会広報委員会パブリシティ賞を受賞。糊化のメカニズムを詳らかにすることによって食品分野に留まらず、新たな材料開発への展開も期待されての出来事。これを励みに、さらに研究を進めて、修士論文としてまとめる予定だ。
 この研究で得たひとつの物事を突きつめる経験と、既成概念にとらわれず全く別の視点で物事を考えるという発想を生かして、将来は材料メーカー等での研究職を希望しているという長崎さん。実験で何度も利用している前述のSPring-8は、世界最高性能の大型放射光施設で国内外の産学官の研究者等に開放されているにもかかわらず、企業の利用はまだ少ないため、その活用にある程度精通している点も自身のアピールポイントになるのではと目を輝かせる。私たちのごく身近にある食品をナノスケールで実験・解析しながらも、見つめる未来はとても視野が広く可能性に満ちている。今後の活躍にも大いに期待したい。

放高分子学会年次大会のポスター発表の様子

2019年5月に大阪で開催された高分子学会年次大会において、わらびもちに関する研究成果をポスター発表。来場者(写真手前)の向こうで熱心に説明しているのが長崎さん。

パブリシティ賞の賞状をもつ長崎さん

「わらびもちのナノスケール高次構造解析と粘弾性挙動の相関」が高分子学会広報委員会パブリシティ賞を受賞。飽くなき好奇心と地道な実験・研究の賜物と周囲も祝福。

おいしいわらびもちをつくるため
ナノスケールで構造を解明する

ながさきあかね

ながさきあかね●大学院有機材料システム研究科博士前期課程1年。山形県出身。高校時代から高分子材料に興味を持ち、工学部では高分子化学を専攻。卒論を発展させた研究で高分子学会広報委員会パブリシティ賞を受賞。

※内容や所属等は2019年当時のものです。

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