まなぶひと #45
佐藤亜美&阿部花音
地域が誇る音楽資源を後世に!
県民歌・市町村民歌の魅力を紹介。
2024.04.15
まなぶひと #45
佐藤亜美&阿部花音
2024.04.15
失われゆく県民歌・市町村民歌の魅力を紹介するキャンパスコンサートが2024年2月、山形大学文化ホールで開かれた。プログラムの企画から制作、当日の運営までを手がけたのは、社会文化創造研究科の授業「地域音楽活動実践特論」「地域音楽活動実践特別演習」を受講する大学院生7人。苦労しながら開催にこぎつけたコンサートを通じ、大学院生たちが学んだこととは? 佐藤亜美さん(2年)、阿部花音さん(1年)が語ってくれた。
佐川研究室が2009年に設立した「郷土の音楽素材ライブラリ」は、東北ゆかりの音楽作品や楽譜資料を収集してデジタルアーカイブ化、これを地域の音楽教材などとして活用し音楽素材の「地産地消」を目指す取り組みだ。
音楽素材の収集・デジタルアーカイブ化に向けた試みの一つとして佐川馨教授が指導する「地域音楽活動実践特論」「地域音楽活動実践特別演習」では、音楽芸術分野の大学院生たちがキャンパスコンサートを企画立案。演奏から運営までを実際に体験しながら学ぶ実践型の授業で、地域音楽素材の収集、演奏音源の録音、保存なども行っている。
2022年度、2023年度の受講生たちが、コンサートのプログラムとして選んだのが「県民歌」「市町村民歌」。全国の自治体で制定されているが、歌ったり聴いたりする機会が少なかったり、合併があったりして失われかけた歌が少なくない。
7人の大学院生たちは2年かけて36曲の県民歌、市町村民歌を調査・収集。余目町(現庄内町)や平田町(現酒田市)といった合併前の市町村歌の一部、合併や市制施行など節目ごとに制定された鶴岡市の「3代」の市町村歌も集まった。
「正直、調べる前は、どの曲も似たり寄ったりなのかなと思っていましたが、実際に集めてみると、“市町村民歌らしさ”のような複数の曲に共通する特徴はあるものの、それぞれ個性があって、いい曲が多いなと感じました」と振り返るのは、プログラムの立案者の一人で声楽を学ぶ佐藤亜美さん。
同じく声楽分野を専攻する阿部花音さんは「斎藤茂吉や中田喜直、古関裕而といった著名な作詞家、作曲家の方が手がけた市町村民歌も多く、歌詞には『月山』『蔵王』『霞城』など地域性のある地名が盛り込まれています。歌いながら、その土地のことを学ぶことができました」と話す。
演奏に向けた練習には楽譜が不可欠だ。しかし県民歌や市町村民歌の楽譜の収集は困難を極め、練習に取りかかれたのは本番直前の2週間前に迫ってからだった。
「比較的新しい市町村民歌であれば、紙として楽譜のデータが保管されていて、2017年に作られた鶴岡市の3代目市民歌のようにオンラインで楽譜が見られたり、音源を聴けたりする歌もあります。しかし昭和30年代に作られたような古い歌の中には首長が代わり、職員の方々も異動する中で引き継ぎが行われなかったり処分されたりして紙の楽譜が庁舎に残っていないケースがありました」と阿部さんは説明する。
「『楽譜が見つからない』といわれても、市町村で制定されている歌なので、どこかに何らかの形ではあるはずです。では、どうしたら見つけ出せるのか。佐川馨先生にも相談しながら図書館に収蔵された『市町村史』を手がかりに、役場に訊いて図書館に連絡し、それも駄目だったら歴史博物館へ…と、探す手を広げていきました」
楽譜そのものはすでになく、音源だけが残されていた歌もあり、現地の図書館まで足を運んで録音を聴きながら採譜した担当学生も。また、ようやく見つかった楽譜がオーケストラ編成版でピアノ伴奏版に編曲を依頼したケースもあった。
佐藤さんは「これだけ苦労したからこそ、探究心や粘り強さ、根気強さも身について、へこたれなくなりました」と胸を張る。
こうして迎えたキャンパスコンサート本番。100人収容の会場に135人もの観客が来場し、立ち見が出るほどの盛況ぶりだった。3時間におよぶ長丁場のプログラムにもかかわらず、途中で席を立つ観客もほとんどなく「それだけ山形県県民歌や市町村民歌には個性があって『飽きずに楽しめる』ように作られているのだと感じました」と佐藤さん。
年配の観客からは「小学校とか中学校では聞いていたけれども、最近は歌う機会がなくなってしまって、懐かしい気持ちで聞きました」といった声も寄せられ「これまでも『人の心に届く演奏』を目指してきましたが、こうして多くのお客さんに響いて、やって良かった、と嬉しくなりました。これまでの苦労が報われました」と阿部さん。
阿部さん自身、これまで故郷の登米市の市民歌は聴いたり、歌ったり、伴奏したりした経験があったものの、宮城県の県民歌や周辺市町村民歌を聴く機会はなく「今。どれだけ歌われているのかを知りたくなりました。こうして地域の方に聴いていただいたり、お話したりできる機会を持てたら、と思います。今後、教員として音楽の授業を行う中で、少しずつ伝えていきたい」と力を込める。
一方、高校時代に合唱部として2017年に制定された3代目の鶴岡市民歌の音源録音に参加したという佐藤さん。当時の同級生で今は関東にいる友人が来場し、涙しながら鶴岡市民歌を聴いてくれたことが印象に残ったという。「こういった歌が、故郷を思い返して愛おしくなるきっかけになることを実感しました。私自身、これから山形を離れますが、地元を離れた若い人たちにも故郷を思い出せる曲があるのは素晴らしいこと。もっと発信できる機会があったらいいなと思いました」。
大学院生たちが収集した県民歌と市町村民歌の楽譜や、演奏したキャンパスコンサートの音源などのデジタルアーカイブは「郷土の音楽素材ライブラリ」に収蔵され、今後郷土資料として活用される予定だ。
さとう あみ●山形県三川町出身、山形大学社会文化創造研究科社会文化創造専攻 芸術・スポーツ科学コース修士課程2年。学部時代にコロナ禍で演奏機会が減少してしまったこともあり、学んでいた声楽を大学院で深めようと進学を決意。修士研究は「子守歌」がテーマ。2024年4月から指導者として県外の教育現場へ。
あべ かのん●宮城県登米市出身、山形大学社会文化創造研究科社会文化創造専攻芸術・スポーツ科学コース修士課程1年。学部時代に教員採用試験に合格、自治体の採用猶予制度を利用して大学院に進学。修士研究は「音楽科教育におけるICT活用の研究」をテーマに取り組み、修了後は地元宮城に戻って教壇に立つ。
※内容や所属等は2024年3月当時のものです。