まなぶひと #53

川口愛可

ごっこ遊びを通じ「病院は怖くない」
受診の大切さを伝えるボランティア

2025.01.15

ごっこ遊びを通じ「病院は怖くない」受診の大切さを伝えるボランティア

 医師や看護師を目指す学生たちによるボランティアサークル「山形大学医学部YMSA(Yamagata Medical Student Association)」。ぬいぐるみを患者に見立てた診察・治療のロールプレイング、いわゆる「病院ごっこ遊び」を通じて子どもたちの医療機関への恐怖心を和らげ、診察や治療の大切さや健康への意識を高める活動を行っている。企画・運営を務めるサークル代表の川口愛可さんが活動の魅力や意義を語ってくれた。

もともと小さな子どもたちと関わることができるボランティア活動に興味があったという川口さん。コロナ禍で活動を中止、縮小していた「山形大学医学部YMSA」の前代表から、医学部学生たちに送られたコミュニケーションアプリのメッセージをきっかけに、その存在と活動再開を知り、2年次からYMSAに参加している。

園児とのやりとりに四苦八苦。
試行錯誤を重ね、学生も成長。

 山形大学医学部YMSA(以下YMSA)の主な活動は、幼稚園や保育園へ赴いて開く「ぬいぐるみ病院」。
 園内に病院や薬局のブースを設置し、園児たちに、自宅で愛用しているぬいぐるみを患者として連れ“来院”してもらう。
 医師役、看護師役を務める学生たちに園児それぞれが考え申告する、患者の“症状”は「お腹が痛い」「お熱があります」など、さまざまだ。
 「『骨が折れた』『手が痛い』という子もいるので“レントゲン”も用意しています。『耳が骨折』と意外なパーツを言ってくれる子もいて、とても可愛い」と笑顔で話すのは、サークル代表の川口愛可さん。
 ぬいぐるみを傷つけないように「骨折」の場合もテープなどは使わず、投薬で治療する。「口が達者な子に『これでは治らないよ』と言われることも。自分たちが思う以上に子どもたちに知識があり、矛盾を指摘される場面が結構あって、驚かされます」と川口さん。
 園児たちとのやり取りに学生たちが四苦八苦させられることもあり、試行錯誤しながら対応を変えてきたという。
 「そもそも多くの子どもたちが最初のうちは緊張していて、無口です。初めに『どうしたの、どこが痛いの』だけでなく『いつから』『どんなふうに痛いの』と、質問するのですが、ほとんどの子は『○○が痛い』までは言えても、その先まで考えていなかったり、痛みを言語化するのが難しかったりして、おしゃべりが止まってしまう。初めて参加したときは、私もどうすればいいかわかりませんでした。先輩に教えてもらって『ズキズキ』とか『ガンガン』とか『ギュッとされているような』とか、痛みの表現を複数提案できるようになりました」と川口さん。
 「いつから、どんなふうに、という私たちとのやりとりが、今後子どもたちが実際に病院に行って質問されたときに、『これはやったことがある』と思い出して役立ててもらえれば」と期待する。

学生たちが一方的に診察するのではなく、体温計で熱を測ったり、ぬいぐるみの体を押さえるなど、園児にも協力してもらいながら診療や治療の手順を学んでもらう。2人1組で“来院”した園児の1人が診察している間、もう片方が途中で飽きてしまわないように、できるだけ2人同時に話しかけ興味を引くようになったことも、実践を通して工夫するようになったことの一つだ。

絵や図で分かりやすく解説。
“お約束”で健康意識を育む。

 学生たちにとっては使い慣れた言葉や用語も、園児にはなじみがなく、伝わらないことがあると言い「5歳、6歳の子たちにも分かりやすい言葉を選ぶのは難しい」と川口さん。
 経験を重ねるうちに「絵や図を使った方が説明しやすいな、と気づいたり、聴診器だったら『お腹やお胸を“もしもし”する道具だよ』など園児の使う言葉遣いから学ぶこともありました」と振り返る。
 診察、治療の最後には3日分の薬を渡し、その時々に合わせ園児たちの健康意識を育む“お約束”をするのがYMSAのぬいぐるみ病院の定番スタイルだ。「“お約束”の内容は『手洗い』『早寝』『ごはんをたくさん食べよう』など症状によって変え、おうちでも気をつけて過ごそうね、と伝えます」と川口さん。
 「お子さんたちの病院への恐怖心だったり、不安感だったりをちょっとでも減らしたい、健康に対する意識や知識がつくようにしたい、という気持ちでやっています。それと同時に、学生たちが子どもとかかわるスキルの修得にもなっています」と力を込める。

サークルに参加する学生たちが代々改良を重ね手作りしてきた「ぬいぐるみ病院」の道具の一部。注射器、口内を見るための「舌圧子」やカルテ、処方箋、薬、血液が心臓を中心に巡る様子を説明する図などを用意する。子どもたちに人体について知ってもらおうと手作りの“レントゲン”で健康な骨と折れた骨の違いも見せる。「今は治療の幅がまだあまりないので増やしていきたい」と川口さん。

アンケートで成果に手応え。
今後、さらなる挑戦に意欲。

 YMSAぬいぐるみ病院の反響は上々。参加した園児の保護者から寄せられたアンケートの回答からも、メンバーは手応えを実感している。
 「『(お母さんが)具合が悪いときに心配をして声をかけてくれるようになった』とか『おうちでも病院ごっこをやるようになって可愛くて良かった』とか。『ぬいぐるみ病院があることで、普段は保育園に持っていけないぬいぐるみを持って行けたのが楽しかったようです』 『またやってほしい』といった意見もいただいて、ありがたいなと感じています」と川口さん。
 YMSAの活動は現在、年に数回程度。コロナ禍が落ち着いてからも、その活動はまだ限定的だが、2024年度は、山形大学医学部看護学科の卒業生や大学院研究科修了生たちによる交流会「樹氷会」会場で、OB、OGの子どもたちに向け、初めてぬいぐるみ病院を開設するなど、幼稚園・保育園以外にも少しずつ活動の場を広げている。
 川口さんは、ぬいぐるみ病院の活動を行っている全国の他大学ともオンラインを通じて交流。積極的に情報交換を行い、他大学の取り組みを参考にしながら、YMSAのさらなる挑戦に向け、構想を膨らませる。
 例えば、YMSAは学生が医師役・看護師役を務めているが、他大学では子どもたちにその役を担ってもらう例がある。「キワニスドール」と呼ばれる人の形を模した真っ白なシンプルなぬいぐるみを使い、子どもたちの体への愛着を育む取り組みにも、川口さんは関心を寄せる。
 「私たちの活動はまだ始まったばかり。活動はまだ少ないですが、その分いろいろ増やしていける余地がある、これからできることがたくさんあると感じています」と川口さん。
 YMSAの今後の展開にも、注目したい。

2024年度は医学部、看護学部合わせて31名の学生がYMSA に所属。「ぬいぐるみ病院」出張の要望は、山形市近郊の幼稚園、保育園などから随時受け付けている。

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かわぐちのりか

かわぐちのりか●青森県八戸市出身。高校時代、「国境なき医師団」に関する本を読んで医療業界に興味を持ち、コロナ禍で自身も感染リスクにさらされながら最前線で患者と共に闘う医療従事者の姿を報道で知って看護師を志望するように。住み慣れた東北で学ぼうと、本学医学部看護学科に入学。

※内容や所属等は2024年7月当時のものです。

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