研究するひと #35
松本剛
ペルーの遺跡を発掘調査、
千年前の社会に迫る新発見。
2021.05.30
研究するひと #35
松本剛
2021.05.30
学生時代に出会った「黄金の都シカン発掘展」に衝撃を受け、考古学の道に進もうと決意したという松本剛准教授。南米ペルーのシカン文化研究の第一人者、南イリノイ大学の島田泉教授の指導を求めてアメリカに渡り、シカン遺跡の発掘調査・研究に専心。本学着任後の2017年にも研究チームを率いてシカン遺跡の発掘調査を行い、従来説を覆す新発見をして注目を集めた。千年前の社会や文化を紐解く醍醐味、魅力とは。
大学では言語学を専攻していたものの、ずっと考古学に興味があり、様々な展覧会に足を運んでいたという松本先生。そんな中で出会った「黄金の都シカン発掘展」には特に大きな衝撃を受けた。シカン文化は、ペルー北部沿岸で紀元800年頃~1375年頃までに栄えた文化で、シカン遺跡の発掘調査の第一人者は、日本人考古学者の島田泉教授(南イリノイ大学)。「シカン」(先住民の言葉で「月の神殿」の意味)の名付け親としても知られ、松本先生が衝撃を受けたシカン発掘展の監修を務めた人物でもある。
「この展覧会では、たったひとつの貴族の墓の発掘と出土遺物の分析によって、社会全体を論じていました。遺体の分析から性別、年齢、死因、病歴、血縁関係、食習慣を明らかにしたり、埋葬様式から文化アイデンティティを探ったり、副葬品から交易網を推測したり、色々なことを解明できることがわかり、それまでの考古学のイメージを覆されました」と熱く語る松本先生。ぜひ島田教授のもとで考古学を学びたい、と手紙などで猛アピールし、4年越しで思いがかなってアメリカに渡った。南イリノイ大学で島田教授に学び、発掘調査プロジェクトに参加すること5シーズン。その間、修士及び博士の学位を取得し、同大学やハーバード大学ダンバートンオークス研究所の研究員を経て、2015年に帰国。日本学術振興会特別研究員として本学に着任の後、2017年より准教授として教育・研究に取り組んでいる。
約千年前に高度な冶金技術や大規模な灌漑農耕で栄えたペルーの都市シカン。松本先生率いる研究チームは、2017年8月10日から約7週間に渡り、最盛期の首都であったと考えられるシカン遺跡の発掘調査を実施した。その結果、従来説を覆すような新発見があったとして、日本、ペルーはもとより、アメリカやスペインなど、海外の様々なメディアでも報道され、大きな反響を呼んだ。従来の有力説では、シカン社会は11世紀中頃に起こった大干ばつや大洪水などの気候変動をきっかけに社会混乱が生じ、崩壊したとされてきたのだが……。
研究チームが発掘調査を行なった場所は、右図のピラミッド群に囲まれた大広場の中の数字で示した4カ所。そのうちの発掘区2を5メートル掘り進め、堆積層断面の観察と分析により、いくつもの洪水の痕跡を発見することができた。また、その洪水層からは非常に保存状態の良い10体の生贄遺体が大きな窪地に投げ込まれたような形で出土し、骨分析の結果、いずれも25~30歳の男性であると推定された。さらに、煮炊きで宴をした跡も見つかり、それらに含まれる炭化物から年代測定したところ12~13世紀と推定された。以上の事柄から大きな気候変動後も人々が生活していた可能性があり、自然災害に屈することなく、生贄を神に捧げるという宗教儀礼によって抗おうとしていたと考えられる。自然の脅威にさらされても簡単には滅びない、人間社会の柔軟さや力強さを証明する成果ではないかと松本先生は指摘する。
松本先生の研究グループは、2019年にもシカン遺跡の発掘調査を実施している。2017年に掘った場所を文化遺物が出土しなくなるまで掘り進め、大洪水や地震の痕跡などを追った。さらに、2020年夏には大広場の中央で見つかった未盗掘の墓と思われる遺構を発掘する予定だったが、コロナ禍で現地入りがかなわず、ひとまず2017~2019年の成果発表を昨年末のシンポジウムで行なった。今は信頼のおける現地の学生にリモートで指示を出し、報告を受ける、そんな形で調査を継続している。次回、予定している発掘調査が非常に興味深い内容なだけに、早期の現地入りを願う松本先生。遥かシカンからの新たな発見の報告を楽しみに待つとしよう。
まつもとごう●准教授/専門は人類学、主にアンデス考古学および文化人類学。南イリノイ大学カーボンデイル校博士課程修了。博士(人類学)。南米ペルーのシカン遺跡で発掘調査を重ねた研究成果が注目を集める。2017年より現職。
※内容や所属等は2021年3月当時のものです。