研究するひと #37

笠松秀輔

テクノロジーを支える材料開発を
シミュレーション研究で高効率化へ。

2021.08.15

テクノロジーを支える材料開発をシミュレーション研究で高効率化へ。

「ロケットが飛ぶのも材料があってこそ」と気づいて宇宙開発から材料科学に興味が移り、大学ではマテリアル工学を専攻したという笠松秀輔助教。2018年に文部科学省の卓越研究員として本学に着任し、「計算物質・材料科学」の研究室を発足させた。研究課題「不規則材料系のマテリアルズ・インフォマティックスへの展開」が科学技術振興機構の創発的研究支援事業に採択され、材料開発の加速化に貢献するものと期待されている。

興味は宇宙開発から材料開発へ
謎多き物質の仕組みに迫る。

 子供の頃は、アポロやスペースシャトルといった宇宙開発への興味が強かったという笠松先生。物質や材料に関心を寄せるようになったのは、高校で出会った化学の先生の影響だった。世の中のテクノロジーを可能にしているのはすべからく材料、物質であり、その物質の性質にはまだまだわかっていないことが多い、ということに好奇心を刺激された。物質の仕組みを知りたい、原子や電子がどんな並びだとどのような機能を持たせられるのか、そんな探究心が膨らみ、大学・大学院では一貫してマテリアル工学を専攻した。その中でも、笠松先生が専門とする「計算物質・材料科学」は、物質をコンピュータの中でシミュレーションし、原子・電子の振る舞いを観察することで、さまざまな物性を解明していく学問だ。
 2018年本学着任と同時に発足した笠松研究室では、コンピュータシミュレーションによって物質の性質(物性)を原子スケールから解明、あるいは予測するための計算物質・材料科学の研究に取り組んでいる。特に、理想結晶では現れない種々の不規則性に由来する機能物性に着目しており、その解明に向けて情報科学と従来の計算物質・材料科学を融合し、スーパーコンピュータを効率的に利用するためのソフトウェアの開発を進めている。

ネットワークでつながり、いつでも利用できる環境

不規則材料系のMIには膨大な計算が必要となるためスーパーコンピュータ「富岳」を活用するケースも。ネットワークでつながり、いつでも利用できる環境が研究を加速させる。

理学部内にある計算機サーバー

理学部内にある計算機サーバー。身近にあってフットワーク軽く利用できる点がメリット。スーパーコンピュータにもっていく前の条件検討、プログラム開発等に活用している。

材料開発の新機軸マテリアルズ・
インフォマティクスとは?

 笠松先生の研究課題「不規則材料系のマテリアルズ・インフォマティクスへの展開」が採択を受けた科学技術振興機構の創発的研究支援事業とは、既存の枠組みにとらわれない自由で挑戦的・融合的な多様な研究に研究者が専念できる環境を提供するために、長期的(最長10年)に支援するというもの。不規則材料とは、結晶の原子の並びが不規則であったり、不純物が混じっていたりする物質のことで、身近なところではガラスやステンレスなど、現在使われている材料のほとんどは不規則材料系に分類される。そして、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)とは、AIや機械学習を材料開発に活用し、求められている特性を持つ新材料を効率的に探索する情報科学分野。近年、特に注目を集めており、規則的に原子が並ぶ材料ではかなりの成功をおさめているものの、不規則材料系では不規則ゆえに無数の可能性があるため、現在のMIでは対応しきれていないというのが現状のようだ。
 そこで、笠松先生は本研究課題の中間目標として、不規則材料系に対応した高速・高精度な物性計算フレームワークの確立を目指している。MIでは、物性計算を情報科学の技術を使って加速させたい、過去のシミュレーションデータや実験データ、論文などを機械学習によって分析させたり、それらをもとにAIに新材料を提案させるわけだが、不規則材料系でこれを行うためには、大元のデータが不足しているのが現状である。スーパーコンピュータを効率的に利用して、膨大なシミュレーションデータを確保し、それを基にMIを展開するためのフレームワークが必要というわけだ。

マテリアルズ・インフォマティクスとは?

従来の材料開発のプロセスが技術者の知識や経験、能力に依存してきたのに対して、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)は、計算科学や情報科学の力で材料開発のスピードアップを図る取り組み。過去の実験や論文のデータをAIに解析させたり、機械学習を含む情報処理技術をフルに活用し、材料開発・研究を高効率化。スーパーコンピュータの高性能化や材料科学データベースの大規模化などがMIを後押ししている。

MIによる材料開発の流れ

スーパーコンピュータ等を活用して不規則性を考慮した計算を大量に行い、データベースを構築し、それを学習したAIが提案する材料をシミュレーションし、性能評価を行う。目的の機能材料が得られるまで新しいデータを加えて同じ工程を繰り返す。

高圧GeO2ガラスの構造

GeO2(二酸化ゲルマニウム)は結晶とアモルファスの両方の形で合成できる無機化合物。図は常圧下でのそれぞれの構造図。高圧下におけるアモルファスの構造転移の詳細は明らかになっていない。

地球深部にも関心、尽きぬ探究心
山形の自然に癒されてリセット。

 中間目標であるフレームワークの確立に到達した後は、いよいよマテリアルズ・インフォマティクスへの展開を目指す。大量計算した不規則材料のシミュレーションデータから特性の微視的起源を抽出・解明するといった方向性と、狙った特性を持つ不規則材料を新たに予測、開発するという方向性、双方でアプローチを進める。いずれにしても、あえて不純物を入れたり、不規則性を持たせたりすることで単結晶では作れない機能材料の開発を加速させたい。アプリケーション先としては、半導体系材料やリチウム電池、燃料電池といった電池材料が有力だ。
 また、笠松先生は本研究にとどまらず、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)をはじめ、他大学および学内の研究室との共同研究にも積極的に取り組んでおり、多方面で成果をあげている。その探究心の根底にあるものは、「混沌としたものをクリアにしたい」「特性や性質を突き止めたい」という思い。宇宙から物質・物性へと移った探究心のベクトルは今、地球深部の物質、マグマやマントルにも向けられている。「今はネットでスーパーコンピュータ富岳も利用できるし、研究環境はどこにいても同じ。パソコンの前でジッとしていることが多いので自然豊かな山形はむしろリフレッシュする上で好環境」と、笠松先生。趣味の写真やドライブを楽しみ、研究へのモチベーションを高めているようだ。

イオン伝導度

リチウム電池や燃料電池向けに、固体の中をイオンが流れる材料の開発が進められている。ここでは、結晶中の原子配置の不規則性を考慮して、イオン伝導度(イオンの流れやすさ)を計算した。 ([T. Fujii et al., Phys. Chem. Chem. Phys., 2021, 23, 5908-5918] – Reproduced by permission of The Royal Society of Chemistry)

不純物濃度ごとの不純物分布図

低温における、不純物濃度ごとの不純物分布図。概ねランダムに材料中に分布すると考えられていた不純物が、その濃度や温度によって分布にある程度の規則性があることを示している。 ([S. Kasamatsu et al., J. Mater. Chem. A, 2020, 8, 12674-12686] – Reproduced by permission of The Royal Society of Chemistry)

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かさまつしゅうすけ

かさまつしゅうすけ●助教/専門は計算物質・材料科学。東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻博士課程修了。2018年12月本学着任。科学技術振興機構の2020年度創発的研究支援事業に採択されるなど、期待の若き研究者。

※内容や所属等は2021年7月当時のものです。

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