研究するひと #50
深瀬廉
ベルリン留学を経て、
故郷・山形で「歌」を指導
ドイツ語歌曲の歌いやすさを研究
2023.08.15
研究するひと #50
深瀬廉
2023.08.15
6年間のドイツ留学を経て、2021年より故郷・山形で声楽を指導する深瀬先生。ドイツ語歌曲の歌いやすさについて研究を深め、2022年、第91回日本音楽コンクールで第2位を受賞した。一人ひとりの特徴を掴んだ具体的かつ的確なアドバイスで生徒からの評価も高い。今回は、日々声楽の指導が行われている研究室で、声楽という表現の奥深さや山形大学に就任したきっかけなどについて伺った。
ピアノ講師だった母のもと、ピアノを始めたのは3歳の頃。さらに山形オペラ協会に所属していた母の練習についていくうちに、自然と歌を覚えた。初めて歌った曲は「フィガロの結婚」の「恋とはどんなものかしら」、それが3〜4歳の頃というから驚きだ。
本格的に歌の道を志したのは中学3年生の頃。母に手ほどきを受けるほか、県内や東京の指導者の元で練習を重ねた。高校3年生には頭角を現し、第60回学生音楽コンクールで優勝、その副賞として甲子園で国歌を独唱したこともある。
その後、東京藝術大学音楽学部へ進学。声楽家の留学先はイタリアが主流の中、ドイツを選んだのは、大学3年生の時に出会ったドイツ語の歌曲がきっかけだった。「雷に打たれたような衝撃を受け、登下校の時に何百回も聴き続けました」と当時の印象を話す。そして文化庁等の留学生制度を活用してドイツへ。留学中も時に日本に帰国しステージに立つこともあり、数々の賞を受賞した。プライベートでは大学時代からのパートナーと結婚、子どもにも恵まれ順風満帆な日々を過ごしていたが、ベルリン芸術大学の最終年度の時、世界に新型コロナウィルスが蔓延。引き受けていたオペラの仕事がすべてキャンセルになってしまった。育児と勉強に専念する貴重な時間を過ごしつつも、これからどう生きていこう?という不安が頭をよぎる中、山形大学の声楽講師のポストが空くことを知る。「山形大学には昔、歌の稽古に来てきていたことがあり特別な思い入れがあり応募しました」そして、2021年に講師として山形大学に赴任、故郷・山形での新たな生活が始まった。
深瀬先生の研究分野は、声楽とドイツ歌曲だ。ドイツ語で歌うときに、ドイツ語の子音が発音しやすくなる、聞き取りやすくなるためにはどうしたら良いのかということを研究対象としている。日本人には馴染みのないドイツ語。その子音には堅いイメージがあるが、「子音を柔らかくするために十分に時間をかけてあげるだけで、声の音量を上げなくても聞き取りやすく遠くに飛ばしやすい、よく響くような歌になる」と深瀬先生は言う。
声楽では、声をひとつの楽器として磨き上げる。ただし声と楽器では大きく違う点がある。それは楽器はすでに出来上がっているものであるのに対し、声・歌の場合はその楽器をつくることからスタートすること。「人には皆、喉や肺がありますが、それがどういうものなのか、気道や声帯の長さはどのぐらいなのか、一人ひとり全く違います」深瀬先生はここにさらに、重心の置き方、声や息が出る仕組み、体のつながりといった科学的な視点も加え、生徒一人ひとりの特徴を掴み、それぞれに異なる声がけでアプローチしていく。「声がけをして予測通りに変わると嬉しいですが、変わらなかったらまた悩む。その繰り返しです」そんな学びの日々に、やりがいを感じている。
この日、声楽の指導に立ち会わせてもらったのだが、研究室の空気全体が揺れるような先生の歌の声量と響きに鳥肌が立った。生徒への指導では、音楽論だけではなく、体の使い方などを織り交ぜて具体的なアドバイスが行われていた。瞬時に一人ひとりに合った発声法を指導する深瀬先生の授業は、分かりやすいと生徒からも講評を得ている。
「ドイツ語歌曲の歌いにくさを払拭したい」その突破口こそ前述の「子音」にあるのではないかというのが深瀬先生の見解だ。「子音の時間の長さも落とし込んだ楽譜のようなものが作れると良いのかもしれません」と具体的なイメージも浮かんでいる。今後は「感覚的な歌というものに対し、科学のメスを入れて絶対的な結果が出せるような研究をしていきたい」と意気込む深瀬先生。その瞳にはやる気がみなぎっていた。
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ふかせれん●山形大学地域教育文化学部講師。研究分野は声楽、ドイツ歌曲。東京藝術大学音楽研究科声楽専攻修士課程修了、ベルリン藝術大学へ留学後、山形大学講師へ着任。人体の仕組みにも着目し、ドイツ語やイタリア語歌曲の歌いやすさの研究を行っている。
※内容や所属等は2023年2月当時のものです。