研究するひと #56

江部日南子&千葉貴之

高い色純度と輝度を実現。
赤色量子ドットLEDの開発に成功。

2024.06.28

高い色純度と輝度を実現。赤色量子ドットLEDの開発に成功。

  理学部の江部日南子助教、有機材料システム研究科の千葉貴之准教授と現特任教授の城戸淳二教授ら、学部の垣根を越えたメンバーからなる本学研究チームが、赤色ペロブスカイト量子ドットLEDの開発に成功。私たちの身近なものでいえば、テレビやスマートフォン、タブレットなどに使われる材料の一つで、高い色純度と輝度に加え、低消費電力量という特性がある。有機ELディスプレイに続く、次世代ディスプレイに適用できる材料として期待されている。

高性能に加え、省エネ。
次世代ディスプレイへの適用に期待。

 量子ドットは数ナノメートルから数十ナノメートルの半導体ナノ結晶。発光性があり、簡単にいえば「光る粒」だ。結晶のサイズによって、色は赤や青、緑などに変化。この現象を生かした身近なものに、テレビやスマートフォン、タブレットなどがある。
 近年、テレビやスマホに多く搭載されているのは、量子ドットLEDだ。このほど本学研究チームは、有機ELより高色純度な半導体ナノ結晶の開発に成功。これにより「赤色ペロブスカイト量子ドットLED」の高性能化を達成した。
 研究の中心メンバーの一人である江部先生は「有機ELも赤色ペロブスカイト量子ドットLEDも、電気を流して光らせる仕組みは同じ。ですが我々が開発した赤色ペロブスカイト量子ドットLEDはより色の純度が高く、より鮮明な発光色を表現できます」と説明する。
 量子ドットは粒子径によって発光波長が変わる。発光色は「発光スペクトル」で示され、横軸が波長、縦軸が光の強度を表す。この発光スペクトルの幅がシャープであればあるほど、混じりっけのない色を表現できる。従来材料に比べ、赤色ペロブスカイト量子ドットLEDの発光スペクトルはシャープだ。

 

 

さまざまな化学組成比率の量子ドットの発光スペクトル図。横軸が波長、縦軸が光の強度を表し、発光スペクトルがシャープになるほど純度の高い色を生み出すことができる。今回の研究でシャープなスペクトル幅を持つ赤色ペロブスカイト量子ドットを生み出した。の画像
さまざまな化学組成比率の量子ドットの発光スペクトル図。横軸が波長、縦軸が光の強度を表し、発光スペクトルがシャープになるほど純度の高い色を生み出すことができる。今回の研究でシャープなスペクトル幅を持つ赤色ペロブスカイト量子ドットを生み出した。

ペロブスカイト量子ドット分散液の発光の様子。高い色純度と輝度の光を発するため、テレビのディスプレイなどに搭載されれば、有機EL搭載のディスプレイより美しい映像が楽しめるようになる。の画像
ペロブスカイト量子ドット分散液の発光の様子。高い色純度と輝度の光を発するため、テレビのディスプレイなどに搭載されれば、有機EL搭載のディスプレイより美しい映像が楽しめるようになる。

 研究ではフラスコの中で極小の粒を作り、量子ドットのサイズを精密に制御して結晶構造の安定性を大幅に向上できることを明らかにした。高い吸着性のあるグアニジウムを量子ドットの表面に導入し、物質の安定化につながった。
 その結果、赤色ペロブスカイト量子ドットLEDの効率化・長寿化に成功。消費電力は少なく、省エネも実現した画期的な技術といえる。
 江部先生とともに研究を行った千葉先生は「粒子の組成を変えることで、人の目が認識できるディスプレイに使える色を再現できます。2015 年頃からその生成方法が報告されるようになり本学でもさまざまな物質をインク化したり、インクを垂らしてコーティングしたりする技術を生かし、光るナノ結晶を作りました」と解説する。

学部や所属の垣根を越えた、
5年がかりの共同研究が結実。

 高性能赤色ペロブスカイト量子ドットLEDの研究は、江部先生が本学大学院有機材料システム研究科に在籍中、千葉先生が率いる「千葉チーム」に所属し、卒業研究のテーマに選びスタートした。
 千葉先生は有機ELの研究を経て、2017年にペロブスカイト量子ドットLEDの研究を始めた。江部先生は「千葉先生の研究データも参考に、より色鮮やかな映像を生み出す赤色ペロブスカイト量子ドットLEDの開発に挑戦しました」と経緯を話す。

「スピンコーター」と呼ばれる塗布装置を用い、インク化したペロブスカイト量子ドットLEDの膜質の発光強度を確認する江部先生。ライトを当てて、色の純度や輝度を調べている。の画像
「スピンコーター」と呼ばれる塗布装置を用い、インク化したペロブスカイト量子ドットLEDの膜質の発光強度を確認する江部先生。ライトを当てて、色の純度や輝度を調べている。

 江部先生、千葉先生に加え、有機ELの研究・開発の第一人者でもある現特任教授の城戸先生、学部や所属の垣根を越えたメンバーによる共同研究が始まった。
 千葉チームの研究に関わるメンバーは多い時で45人前後もいた。学部によって拠点のキャンパスが異なるため、オンライン会議などで情報を共有した。
 江部先生は修士課程修了後も本学に残り、研究を継続。5年かけて開発に成功し、代表して論文を執筆し発表した。「院生時代から直接指導してくださっている千葉先生をはじめ、城戸先生、他の学生による研究の成果が集まり、開発に成功しました」と周囲の協力に感謝する。
 千葉先生は「本学では異なる学部や所属との共同研究を推奨しています。他との連携で可能性はさらに広がります」と、さまざまな研究者の力が結集することの重要性を指摘する。

千葉先生も本学の卒業生。普段は米沢市にある米沢キャンパスで研究を行っている。「工学部は高分子や有機材料などで実績があり、世界レベルで研究ができます」と本学の強みを紹介する。の画像
千葉先生も本学の卒業生。普段は米沢市にある米沢キャンパスで研究を行っている。「工学部は高分子や有機材料などで実績があり、世界レベルで研究ができます」と本学の強みを紹介する。

研究は次なるステップへ。
医療現場など用途の拡大目指す。

 ペロブスカイト量子ドットLEDは従来の材料に比べて高精細な発光材料。ディスプレイの映像を鮮明にできる技術はテレビやスマホだけではなく、医療業界などでも有効だ。例えば、レントゲンの映像が今以上に高精細になれば、これまで見落としていたかもしれない病気に気付ける可能性が高まる。
 江部先生は「柔軟性のある物質というのも特長の一つ。有機ELは大画面ディスプレイのイメージが定着しているように、ペロブスカイト量子ドットLEDも大面積かつさまざまな形状のアプルケーションへの応用も考えられます」と解説。曲面にフィットする形状も可能で、人の肌に貼り付けるなど携帯性の向上も考えられる。
 今回の共同研究の成功によって、新たな研究が進んでいる。江部先生はペロブスカイト量子ドットLEDならではの光物性を活用し、他の物質と組み合わせて新たな材料を生み出そうと試行錯誤中だ。
 千葉先生はLEDなどを活用したX 線検出の研究に力を入れている。細胞と光る材料を組み合わせて細胞の状態を調べる技術もその一つ。技術が確立すれば、例えば医療現場では腫瘍部分を発光させて病気を発見できるようになるかもしれない。
 ペロブスカイト量子ドットLEDはまだまだ多くの可能性を秘めている。

 

開発に成功した赤色ペロブスカイト量子ドットLEDはさまざまな分野での活用が考えられる。現在、江部先生と千葉先生は別々に研究しているが、定期的に情報を共有している。の画像
開発に成功した赤色ペロブスカイト量子ドットLEDはさまざまな分野での活用が考えられる。現在、江部先生と千葉先生は別々に研究しているが、定期的に情報を共有している。

えべひなこ

えべひなこ●理学部助教/専門はナノマテリアル・材料科学。新潟県南魚沼市出身。2022年3月、山形大学大学院有機材料システム研究科博士後期課程修了。2022年4月より現職。研究テーマは有機-無機複合材料、エネルギー変換材料。

ちばたかゆき

ちばたかゆき●有機材料システム研究科准教授/専門はナノテクノロジー・材料科学。岩手県一関市出身。2011年3月、山形大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。2023年4月より現職。研究テーマは有機エレクトロニクス、有機無機ハイブリッド、ナノ粒子科学。

※内容や所属等は2024年4月当時のものです。

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